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2017年9月10日 (日)

[出版文化再生]II-22 ある編集者の一日

 ひと(他人)の書いたものをメールで受け取り、テキスト編集しながら通読し、行数やページ数を数えたりしては印刷し、電話やFAXで校正を送ったり受け取ったり、これが日々繰り返される。そこに装幀者やデザイナーとの確認、打合せ、催促、また確認、データの受取り、そしてまた確認。こうして毎日が始まり終わる。これがある編集者の一日であり一生つづくかと思われる毎日である。
 編集者とは何だろうか。御用聞きなのか、お産婆役なのか、誰も読まない本をせっせと世に送り出している奇特なクリエーターなのか。こんなに本が売れなくなった時代にも著者と編集者、その予備軍はいっこうに減りそうもない。研究しても創造しても本を出すことがますますむずかしくなっているのに。
 今回は、たとえばきょうという特定の一日を編集という側面に限って反省的にドキュメントしてみるということを思いついた。いよいよアイツも言うべきことがなくなってここまできたか、という声がさっそく聞こえてきそうだが、それも事実だからいっこうにかまわない。そろそろ矛先を収めて自分のやりたいことに専念することにしようかと思っているところだからである。
 そんな気分のなかでこの文章を書いているわけだが、じつはきょうあたりをピークとしてここ何日か「季刊 未来」秋号の編集に追われているからで、その間隙をぬってこの[出版文化再生]コラムの文章も書かなければいけないのである。自分のノルマも果たしていないのにひと(他人)の原稿を追い追われるこの怒濤の時間――「僕って何」(三田誠広)というわけだ。
 ――S氏から論集収録用原稿の見直し分もどる。こちらの校正の指摘にたいしてご不満のお手紙付き。これまで他社では注文をつけられなかったらしい。読みやすさと正確な表記をお願いしたところ編集者の越権行為で不遜な振舞いとされてしまった。ときどき自分の原稿の「完全さ」にケチをつけられたと思うひとがいる。未來社では遠慮なく指摘させてもらう方針なので、こういうひとにあたった場合は運が悪いと思うことですましておく。算用数字の漢数字化などの不備にたいしてはこちらの一括処理を任される。プロとして完璧を期せ、と。こちらは秀丸マクロがあるので、お任せあれ。
 ――同じ論集に収録予定の中国人研究者S氏からは収録依頼状への返信メールも届く。快諾。連絡先不明でようやく連絡ができたので、この原稿も読まなければならない。
 ――もうひとりのSさんから「季刊 未来」連載のゲラの件で初校一〇ページの再修正を速達で送ったとの電話。こちらの勘違いで半ページほど削除を依頼していたところ逆に半ページほど不足だったことがわかり、削除部分の復元もふくめて初校校正のし直しを前日頼んでいたもの。メールアドレスを変更したらしくプロバイダが不親切でメール送信がまだできないらしい。
 ――同じく「季刊 未来」連載のFさんよりメールで原稿とどく。テキスト処理+通読+ファイル修正して印刷。六ページのところ一八行パンク。Fさんに電話してPDFをメール送信。Fさんから電話で、あす午前中に校正をすませると連絡あり。
 ――進行中の本の編著者Aさんよりメールで初版部数などを聞いてくる。電話を入れてその返事。略歴に表記する追加事項を説明。付きものをめぐっていろいろ意見と注文があり、かなり大変。その間にデザイナーと電話でカバー、オビ、表紙などの修正点、意見交換、スケジュール調整などをしたうえで、メールにて付きものの仕様とどく。仕様の確認、表紙の指定を依頼し、印刷所にも電話で束見本に使った用紙を確認する。この間なんども電話とメールの交換。その間にもAさんからメールであれこれ修正点や意見などあり、頭がぐちゃぐちゃになりながらも、なんとか本文と付きもののPDF入稿のメドがつく。あさって入稿してくれれば十二日に色校出校、十五日に印刷、二十五日に見本という予定は前日、印刷所と確認してある。
 ――「季刊 未来」秋号のGさんの連載の初校一〇ページ、出校。確認してとくに問題なし。控えゲラをGさんに送付。Gさんの原稿は精度が高く量も計算通り、ルビ指定などもわかるようにしてくれているので、もっとも安心していられる模範的な執筆者である。もちろん内容もいつも切れ味がいい。若いときからわたしの文章上の指南役である。
 ――Kさんからきのうメールで届いた「季刊 未来」秋号の連載原稿の追加分を取り出し、テキスト処理して追加。挿入された部分以降をKさん宅にFAX。メールで七ページ分の残りの使える行数を連絡。長い長いつきあいだが、原稿はけっこう手がかかる。理系なのにテキスト処理系はあまり得意でない。もっとも理論的理系は工学的理系とちがってコンピュータに強いとは限らないというのが当人の説であるが。今回はたまたま見つけた古い詩を関連する箇所に追加挿入するということになり顰蹙覚悟のうえとか。わたしの今回の文章もそれに倣ったもので顰蹙覚悟ものであるかもしれない。
 そんなわけでほんとうは毎日のように原稿を読みテキスト処理をして準備を進めておかなければならない加藤尚武著作集全一五巻の仮ゲラ作りの仕事もここ二日はまったくストップ状態である。この十一月からスタートしたいこの著作集は各巻四〇〇~四八〇ページぐらいになりそうで隔月刊。総ページ六五〇〇ページ以上となると、相当なストックを作っておかないと追いつかれてしまう。いまのところ一〇〇〇ページに届いたかどうか。プレッシャーがかかりっぱなしの日々なのだが、こんな一日一日を過ごしている「僕って何」をはたから見たら「このひと、何」となるんだろう。(2017/9/7)

 *この文章は「未来」2017年秋号に連載「出版文化再生30」としても掲載の予定です。

2017年6月 9日 (金)

「出版文化再生」II-21 加藤尚武著作集いよいよ刊行へ

 この五月に「[新版]日本の民話」シリーズ全七九巻が完結した。一昨年四月から巻数順に毎月三冊ずつの刊行ペースを維持してきたわけで、わたしも実質二年半にわたって二万ページ超のゲラを読みつづけてきたことになる。民話という内容の性格上それほど専門的知識を必要とせず、読みやすさもあってなんとかクリアしたが、それでも日々一定のページ数をこなすというノルマは日常的にプレッシャーとなっていたことは事実である。それに見合う発見もいろいろあって楽しかったから、それなりに民話通になったこともたしかだろう。
 編集者とは因果なもので、なにかつねに仕事に追われていないと気がすまないものらしい。昨年、民話の刊行もメドがついてきたころ、別件で哲学者の加藤尚武さんの家へお邪魔したときに、以前からお願いできないものかと考えていた著作集刊行の話を持ち出したところ、加藤さんからも色よい返事がもらえた。わたしは加藤さんの歯切れのいい明快な文章が好きで、ヘーゲルなどもあまりよく読んでいないのにわかったような気にさせてもらえるところがあって、これを機会にあらためて勉強させてもらおうという編集者特権を活かした企画でもあった。
 小社ではすでに加藤さんの第一論文集『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』(一九八〇年、山崎賞受賞)、『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』(一九九二年、和辻哲郎文化賞受賞)、『哲学原理の転換――白紙論から自然的アプリオリ論へ』(二〇一二年)といったヘーゲル関係書のほか、生命倫理学関連の日本におけるパイオニア的告知書『バイオエシックスとは何か』(一九八六年)、『二十一世紀のエチカ』(一九九三年)などを刊行させてもらってきている。このうち『哲学の使命』『哲学原理の転換』はわたしが企画・編集したものである。
 偶然だが、加藤さんはしばらく文京区小石川の小社のすぐ裏のマンションに住んでいらしたこともあって、よくコピーを取りに来社されたり、道でばったりお会いすることもあった。山形大学、東北大学、千葉大学、京都大学から鳥取環境大学初代学長などの経歴のほか、日本ヘーゲル学会会長、元日本哲学会会長といった要職をかねて指導的立場をこなされてこられたうえにいまも現役バリバリの著作活動をつづけておられるにもかかわらず、まったく気さくで驕らない人となりは、わたしのようなヘーゲル門外漢でも近づきやすいところがあって、けっこう言いたい放題や無理を言わせてもらいつつ、あいまをぬってなんとか著作集のプランを練り、データや本を受け取りながらようやく著作集の全容が固まりつつある。
 加藤さんの膨大な著作、論文の整理がなかなか進まないのは、コンピュータの発展によって原稿が手書きからパソコン入力に変わっていったことが理由のひとつにあげられる。パソコン以前の本とそれ以後の本ではデータの有無と再現可能性が問題になる。出版の技術革新もめざましく、活版印刷からオフセット印刷に変わるなかで著者の元データが本のデータとしてかなりの程度まで再現可能になったことによって、著者がもっている初期データを利用することができるようになったというわけである。当然ながら、この初期データが本として完成する段階までで校正その他によって改変されているので、あくまでも慎重な処理が必要だが、いずれにせよ、著作集に収録ということになればあらためて原稿の再チェックが必要になるわけだから、この時点で内容を再構成するつもりで進めるしかない。単行本や雑誌の出版社の都合で最初の原稿が大幅に削減されたことなどもあるとのことなので、今回これを復元することもありうるし、出版当時の書誌情報が古くなっている場合は最新情報を取り込む作業も必要になる。全面的に書き換えることは不可能だが、最大限の編集努力をするのは読者にたいする義務であろう。
 そういうなかで、いまはとにかく収録の確定している原稿を著作集仕様予定のページで通読を進めながらストック作りをしているところである。今回も一日のノルマを一〇ページと想定してファイル処理や編集タグ付けもかねて通読をこつこつと続けている。こういうときにはわたしが作った編集用マクロ(一括検索・置換処理プログラム)が物を言うのであって、テキストのファイル一括処理ができないと効率も精度も圧倒的に悪くなる。というより、この専門度の高い内容で、想定しているA5版四〇〇ページ超、全一五巻を隔月刊、つまり二年半で六〇〇〇ページ超の著作集を完結できることなどひとりの編集者の仕事としてはありえない。久しぶりにこのマクロ処理をしながらまだまだバグのあるプログラムを修正して精度を上げる追加処理も加えるなど、半分はわが趣味であるテクスト処理プログラムの改訂も同時におこなっている。もちろん、加藤さんの文章のクセや内容上の特性にあわせた専用の「加藤尚武マクロ」も作ってこちらの精度も上げるようにしているところ。繰り返すが、加藤尚武さんの文章は読んでいてわかりやすいし、歯切れもよく、読んでいるとこちらのアタマが良くなっていくことを感じさせてくれる感度のいいものなので、なんとか早く実現したいし、読者と喜びを共有したいというのがいま心底思っていることである。
 さいわいこの七月にはわれわれの共同復刊事業をおこなっている書物復権の会が新企画説明会を開いて取次関係者、主要書店のひとたちに集まってもらい、それぞれの社から新しい企画を直接アピールする会が予定されている。昨年から準備をしてきてまだ全容を発表できるところまできていないこの加藤尚武著作集を、企画説明会でおおいに宣伝するための整理にラストスパートをかけているところである。そしてできればことしの秋ぐらいから刊行開始といきたいと望んでいる。

 *この文章は「未来」2017年夏号に連載「出版文化再生29」としても掲載の予定です。

2017年3月 9日 (木)

[出版文化再生]II-20 大いなる裏切り――辺野古埋立て承認取消しの取消し

「高江のヘリパッド基地工事の強行に見られるように、二〇一六年七月の参院選後の安倍改造内閣の強権が沖縄においてとみに顕著になっている状況がある。その権力意思の源流がこの裁判の法廷の中にまで流出していたと考えられる」と仲宗根勇さんは「越境広場」3号で書いている(「辺野古=高江・我が闘争――裁判抗争にあらがい、闘いの現場に立つ」)。「この裁判」とは、昨年七月二十二日に国土交通大臣が、翁長知事の辺野古埋立て承認の取消しに対する国の是正指示に応じないのは違法だとして翁長知事を相手とする「違法確認訴訟」を福岡高裁那覇支部に提訴した裁判を指す。昨年三月四日に成立した国と沖縄県との形式的な和解条項をたてに、国家権力が自分の意のままにならない怒りと焦りから沖縄県知事を訴えた訴訟であって、そもそも和解条項とは無縁な訴訟であるにもかかわらず、和解条項の手続き上の問題を利用するかたちで権力的に沖縄県知事をねじ伏せようとした見え透いた策略である。しかしすでにこの訴訟のために政府にべったりの裁判官を一か月前に那覇支部に赴任させたうえで、超短期間であたかも既定の事実であるかのごとく、「県が国の是正指示に従わないのは違法であることを確認する」という判決主文でもって、沖縄県の辺野古・高江の闘いとそれを支持する翁長知事の埋立て承認取消しを違法とする、というまことに政治的な裁判であった。この権力によって送り込まれた多見谷寿郎という裁判長は、成田空港建設をめぐる裁判のさいにも証拠調べもろくにせず、国の権力意思をそのままに判決を下すという札付きの権力代弁人にすぎない裁判官で、上ばかり見ている「ヒラメ裁判官」(仲宗根勇)の典型である。
 沖縄の圧倒的な民意を無視するこうした安倍強権政治は、アメリカの最悪の大統領にも世界じゅうの顰蹙を買いながら誰よりも先に尻尾を振りにアメリカに出向き、内向きには沖縄に対してこれまでのどんな首相もしてこれなかった権力意識丸出しの暴力的圧力をかけ、その挙げ句に「家庭内野党」などと欺瞞と嘘っぱちで固まった昭恵【あきえ】夫人が悪乗りしたあげくシッポを出した森友学園問題で、みずからの私欲のためにいかに国民を欺いているかを暴露されているしまつである。野党議員から「アッキード事件」と揶揄され、血相を変えてもし事実なら首相を辞職するとタンカを切ってみせた。日本支配を裏で企む日本会議からも迷惑だと言われている森友学園とやらは、児童に長州藩の天下乗っ取りの芝居までさせているという。この長州藩覇権主義の亡霊、これほど無知で薄汚い男を冠に乗せている国がいったいどこにあるのか。いや、金正恩とトランプがいるから、いまや唯一とは言えないが、同類かそれ以下であろう。――こんな正当なことを書くと、第一次安倍政権のさいに、こんな男は一年ももたないだろうと予測した文章を発表したら、そんなことを書くおまえこそ日本から出て行け、という匿名の恫喝のハガキ(「未来」の挟み込みハガキで)を頂戴したことがあるから、今回も期待したい。実際、わたしの予想したとおり、「心身耗弱」とかいう深刻なビョーキでみずから退陣したが、現首相にはそのビョーキがますます昂進しているのじゃないか。精神科医の大井玄氏はトランプのことを「嘘つきで、人種差別を行ない、強者の論理を弱者に押しつけるガキ大将的精神年齢の持ち主である」と適切に指摘している(「みすず」3月号)が、そのまま安倍首相にも言えるのがこわいところだ。
 さて、そんな緊迫した沖縄の政治情勢のなかで、仲宗根勇・仲里効編『沖縄思想のラディックス』という論集が緊急出版される。これは本誌でリレー連載《オキナワをめぐる思想のラディックスを問う》というかたちで都合六人の筆者(編者のほかに八重洋一郎、桃原一彦、宮平真弥、川満信一の諸氏)に、現代沖縄の政治的・歴史的・文化的諸問題を思想的に深めるかたちで論じてもらうという意図のもとで二年ほどのあいだに書かれた論考を元に集めたものだが、これにくわえて最新の政治情勢や思想問題をふくめて両編者に「総括的まえがき」(仲宗根)と「展望的あとがき」(仲里)を書き下ろしてもらった。このアイデアとネーミングはわたしが発案したものだが、それに呼応して書かれたそれぞれの文章は、深く沖縄の思想の根底(ラディックス)に届いていると思う。
 とりわけ巻頭におかれた仲宗根さんの「総括的まえがき」は、昨年十二月二十六日に発覚した翁長県知事の、前知事による辺野古埋立て承認の取消し処分のさらなる取消しという、沖縄県民の期待を大きく裏切り、その後の辺野古の新基地建設工事再開に道を開いてしまう決定的な錯誤につながる行為を、専門の法律の知識を動員して徹底的に批判している。権力の茶番である「違法確認訴訟」前後の経過から知事による辺野古埋立て承認の取消しの取消しという歴史的な策動までの本質を的確に暴き出しているという意味で本書の白眉であると言っても過言ではない。とりかえしのつかない政治的錯誤のあとの、それでも闘いを継続していかなければならない沖縄のひとたち、それを支持するひとたちとその闘いの方法論たるラディカルな思考の歩みはとどまるところを知ることはないからである。
 本書はその意味でこれからの沖縄の思想が向かうべきところを多様なかたちで示唆しているはずである。わたしがこれまでその思想のアクチュアリティの面で力を入れてきたポイエーシス叢書に本書を加えることにしたのも、心ある思想系の読者たちに沖縄の問題のリアリティとアクチュアリティをもっと知ってほしいからでもあった。
 そして本書をめぐってこの四月十五日に那覇の県立博物館講座室で両編者による(おそらく)熾烈な講演と対談がおこなわれる予定であることをお知らせしておきたい。

 *この文章は「未来」2017年春号に連載「出版文化再生28」としても掲載の予定です。

2016年12月13日 (火)

[出版文化再生]II-19 それでも専門書を売る――柴田信さんを偲んで

 書店業界のシンボルとも言うべき柴田信さんが急逝され、それにつづいて柴田さんが会長をつとめてきた岩波ブックセンター信山社が倒産に追い込まれたことは、二〇一六年末におけるもっとも暗い話題である。柴田さんにかんしてはわたしなどよりもっと長くもっと深くつきあってきたひとたちがたくさんいるので、できればそういうひとたちの考えを聞かせてほしいぐらいで、わたし自身としてはあまり書きたくないテーマであるが、この問題をこのまま沈黙してやり過ごすことは、生前に柴田さんとなんらかのかかわりをもった人間として避けて通ることは許されないと思うのである。
 最初から歯切れが悪くなってしまうのは、倒産の問題は結局、当事者にしかわからない事情がいろいろあるからで、客観的な状況がわかったとしても最後の決断は当事者がなすべきであるからだ。負債額が一億三千万円弱あったからといって、このぐらいの歴史と知名度のある企業の場合、どうにもならないような額では必ずしもない。現に柴田さんは私財を投じて経営を支えてきたとも言われており、その柴田さん本人が亡くなってしまった以上、その意志を受け継ぐ力量も意欲もあるひとがいなかったということになる。関係の深かった岩波書店や取次の大阪屋栗田などの業界的なバックアップが可能であれば、こんなにあっという間の倒産劇は避けられたのではないか、と思わないわけでもない。柴田さんが高齢とはいえ突然の死であったために、十分な準備も申し送りもできていなかったのかもしれないが、あるいはすでに家族や周辺ではそうした覚悟をあらかじめしていたのかもしれない。すべては推測になってしまうが、どうにも納得しがたいものを感じる。
 晩年の柴田信さんと親しく接していた元「新文化」編集長の石橋毅史によれば、柴田さんは「経営とは資金繰りの苦しみを楽しむことだ、そうした日々を送りながら、いつかどこかで野垂れ死にする覚悟でいるのが経営者だ」と語っていたそうである。(「本屋な日々46/物語はつづく」)まあ、どこまで本気で言っていたのかはもはや不明だが、なんとも身につまされる話だ。書店業界(だけではないのはもちろんだが)の絶望的な不況のなかで、岩波ブックセンター信山社も売上げは最後のころは相当に低迷していたようで、倒産は時間の問題にすぎなかったのかもしれないが。
 信山社の(柴田さんの)意図していた書店展開は専門書を棚で関連づけて売る、というきわめてオーソドックスな手法である。神保町といういまでも本の町として通用している数少ない立地だからこそかろうじて可能かもしれない「専門書の専門書店」という実験的コンセプトは、書店としては理想的な形態である。現代の書店としてはワンフロア一〇〇坪にも満たない店構えではけっして十分なスペースではない。だからこそ限られたスペースのなかでできるだけ無駄のない選書で勝負するしかない。それが柴田さんのもくろんだ「専門書の専門書店」のイメージであっただろう。しかし、いまでもよくわからないのは、そのなかの相当なスペースを岩波書店の本が占めており、柴田さんによれば、実効性としてはきわめて厳しいものだったにもかかわらず、なぜ棚の配分をもっと抜本的に変えようとしなかったのだろうかということである。岩波ブックセンター信山社は岩波の名を冠しているとはいえ、資本的には完全に切れていたはずで、そこまで岩波書店に義理を立てる必要があったのか。それとも柴田さんはやはり専門書とは岩波書店の本が中心にあるべきで、その他の専門書出版社の本はその衛星のようなものだと考えていたのだろうか。ちなみに未來社の本などは常備として二〇冊程度しか置いてもらっていなかった。それはないだろうといつも思っていたが、それはスペースの配分を大きく変えてしまわないかぎり、不可能だったはずである。
 それでも店の入口の平台スペースを使って書物復権の会や人文会、歴史書懇話会のフェアなどを頻繁におこなって店に合ったロングセラーアイテムの発掘に力を入れていた時期もあり、出版社も協力してそれなりの成果も上がったようだが、そうしたノウハウも継続的に店の展開力を高めていったのか、わたしが書店現場に疎くなっていることもあって、そのあたりはもうひとつはっきりしない。仕入れのための資金などの問題もあっただろうが、新刊仕入れにそれほど積極的に取り組んでいたとも思われないところがあったのも事実で、そうした既刊本と新刊の組合せの関連づけと展開力不足に、柴田さんの「専門書を棚で売る」戦略イメージとのギャップがあったのではないか。
 いまさらこんなことを書きつらねたところでどうしようもないのだが、なんとか柴田さんが実験的に実現しようとしていたことを既存の書店が、たとえその一部でも取り込んでみてほしいと思わざるをえない。書店のなかに「専門書店」を意識的に作り出すことである。経営効率上は現実的でないかもしれないが、すくなくとも人文会が定期的に作っている専門書の必須アイテムリストなどを参考に、専門書を棚で関連づけて売る、という基本的な棚作りを心がけてほしい。アマゾンがヴァーチャルなかたちで読者へのお薦め本を関連づけてくるように、現物を並べて見せているリアル書店(何度も言うが、いやなことばだ!)の、そこに本があるという強みを生かして読者を動かせてほしい。そのことを最初からあきらめない姿勢こそが柴田さんの実験的意志を積極的に受け継ぐことになるはずである。出版社だって売れないだろう専門書をそれでも信じて世の中に送り出しているのだから、関連づけで客単価を上げるかたちで連携してもらう以外にないのである。
 ここまで言えば、柴田さんなら、「その通り!」と返事してくれそうな気がする。

 *この文章は「未来」2017年冬号に連載「出版文化再生27」としても掲載の予定です。

2016年9月24日 (土)

[出版文化再生]II-18 翻訳出版の危機

 明るい話題に事欠く昨今の出版界にまたひとつあまり感心しない問題を提示しなければならないことになった。今後の出版文化において――すくなくとも日本の翻訳出版文化のありかたにおいて――大きな変化というか停滞が余儀なくされる可能性が出てきたということである。
 というのは、ここ最近のことだが、人文系専門書の翻訳出版において、原書にはない訳者解説、訳者あとがきなどの収録にたいして原出版社側ないし原著作権者側から(あらかじめ版権契約の段階で)厳しい制約が課されるようになってきたことであり、そうした文書を付加する場合には事前にその内容、分量、そうした文書を付加する理由書を原出版社に提示し、著作権者の許諾を得なければならず、しかも通常はよほどのことがなければ、承諾を得られないだろうというのである。かれらからすれば、日本語で書かれたその種の文書はそもそも判読が困難であり、場合によっては原書の内容を損なうものになりかねない、というのがその理由のようである。
 この問題を一般に理解してもらうためには、出版におけるさまざまな歴史的・技術的な問題点をきちんと指摘しておかなければならない。そして読者の側においても、こうした問題の所在を知っておいてもらいたいのである。
 どうしてこういう問題が生じたかというと、まずなによりも単純な理由は、翻訳作業が横文字(アルファベット)を縦文字(日本語)に転換することの困難さにあることである。翻訳という作業はある言語(ラング)を別の言語に置き換えることであるが、欧米語間の翻訳は広い意味でインド【=】ヨーロッパ語族と呼ばれる言語同士の翻訳であるから、さまざまなニュアンスのちがいもあるとはいえ、同じ語源をもつ単語も多いし、翻訳の問題は同族言語間の差異を克服することが中心となる。平たくいえば、言語間の移動であると言っていいが、日本語化という作業はそもそも共通するところがほとんどない言語間の変換であり、日本語特有の膠着語法とも呼ばれる文法的な形態的差異がなんとも大きく、そこにさらに歴史的文化的差異もくわわって、翻訳作業をいちじるしく困難なものにしている。欧米語間の翻訳では翻訳者の名前さえ掲出されないことがあるのは、翻訳という作業がそれほど重視されていないという理由でもあるのかもしれないが、日本語ではそう簡単なものではない。とりわけ専門書の翻訳では、言語的能力のみならず、原書の置かれている歴史的文化的社会的背景を十分に理解する知識と能力を必要とする。それがないと日本語として読めるものにならないばかりか、とんでもない誤訳だらけの本になりかねない。ヴァルター・ベンヤミンが「翻訳者の使命」で言うような、諸言語を貫いて抽出されうる〈純粋言語〉といった理想の言語の概念はここでは別の話であり、現実的には翻訳上のさまざまな工夫によってこの差異を埋めるべく日本語の翻訳者たちは悪戦苦闘しているのである。それでもどうしても訳文のうえでは実現できない、文脈上の背景の違いや問題点の所在などを読者に「解説」しなければ翻訳者としてのつとめを果たすことができないと考える訳者の姿勢は、翻訳者として誠実だと思う。読者もそうした「解説」を通じてその翻訳が信頼できるものであるかどうかを判断することができるし、そうならばその「解説」をおおいに参考にして理解につとめようとするのである。
 こうした言語間の差異、文化間の差異を埋める翻訳者たちの努力こそが、明治以来の日本の翻訳文化を形成してきたし、そのことを通じて欧米とのさまざまな格差やギャップを縮めてきた歴史がある。もちろん、それらを踏まえた多くの論者たちの研究や論説を通じて世界との知的交通が拓けてきたことも忘れるわけにいかない。長い自国文化をもつとはいえ、これまた長い鎖国状態を脱して明治以来せいぜい一五〇年間に日本がここまで世界水準の文化を(再)形成してくることができたのは、こうした独自の翻訳文化を実現してきたことにも一因がある。これは世界的には相当に稀有のことであるかもしれない。訳者たちの努力の蓄積、またそれを出版物として実現してきた各出版社の努力がなければ、こうした水準の実現は不可能であっただろうし、この努力はいまだ未完のプロジェクトとして今後も推し進めていかないわけにはいかないのである。
 こうした近代日本文化形成の特殊性にたいして欧米の原出版社はもうすこし関心をもってほしい。欧米語間の翻訳とちがって知的土壌の違う風土における文化的移植の営みが日本語への翻訳なのだということへの理解が十分とは言えない。日本語への根気の必要な翻訳とそれと一体化した理解への努力とはひとつの〈創造行為〉でもあるのだ。そうした認識のうえで対処してもらわないと、今後、訳者はそうした創造的努力をする気力を喪失してしまうだろう。
 また出版の条件として、刊行間際にならないと提出しづらい本文訳文や装幀プランの提出、付加文書の内容説明ないしその訳文提出も課され、それらの点検をするために二週間から一か月ぐらいの待機時間を必要とするとなると、出版社も刊行予定が立てにくくなってしまい、そこまでするのなら面倒な翻訳書出版を断念してしまう方向に傾いてしまいかねない。こうなると、これまでせっかく相互の文化的歴史的差異を縮めるべく努力してきた出版文化の歴史とは逆の方向に向かうことになってしまう。たとえば小社で刊行を準備しているジャック・デリダの宗教論が意図しているような、いまこそ相互理解を深めあうことを必要とする世界的状況のなかで、原著作権の防御的な法的権利ばかりが主張され、相互の無理解のほうに拍車をかけてしまうならば、歴史的にも社会的にも大きな禍根を残すことになるだろう。
 *この文章は「未来」2016年秋号に連載「出版文化再生26」としても掲載の予定です。

2016年6月13日 (月)

[出版文化再生II-17:20周年の書物復権――いろいろ思い出すこと

 ことしは専門書の復刊を主な目的として始まった書物復権運動の20周年にあたる。これを記念していつもの専門書復刊にくわえて、これまでに復刊してきた書籍のなかからオプションで連動フェアを全国の書店で展開してもらっている。これまでに復刊してきた書籍は毎年各社5点、総点数で700点ほど。そのうち在庫のあるものが500点ぐらいはあるようなので、そのなかから書店が選択して(あるいはおまかせで)ことし分の復刊書籍と並べて販売してくれている。大規模に展開してくれているところもあり、20年間の集大成として、どのような結果が出てくるか楽しみでもあり不安でもある。
 ともあれ、昨今の書物復権の会は一昨年から青土社、吉川弘文館が参加して10社の会となっており、それとともに会の構成メンバーもずいぶん様変わりしてきた。わたしなどはいつのまにか最年長者になってしまい、いまや唯一の創立時メンバーであるみすず書房・持谷寿夫社長ともども、実務的な活性化を進める若い世代の台頭に押されっぱなしである。そうしたこともあって、この20年という節目をひとつの機会としてあらためて書物復権運動を回顧してみようかという気になった。すでにこの会については何度も書いてきているが、重複をおそれずいまの時点で振り返ってみるのも悪くない。
 そもそもこの会の成り立ちは、みすず書房元社長の小熊勇次さんが専門書の危機をなんとか打開する必要を感じて提唱した〈書物復権〉という考えにもとづいている。小熊さんの考えでは岩波書店をどうしても巻き込まなければ始まらないということで、当時の岩波の安江社長に談判して実現したのである。専門書取次の鈴木書店が倒産するすこしまえのころで、いまよりはまだ本が売れてはいた時代ではあったが、それでも専門書業界では出版不況を先取りして、専門書に厳しい状況が始まっていたのである。ある新年会だったと思うが、当時の岩波の辣腕営業部長であった後藤勝治さんと坂口専務から「今度ちょっと相談したいことがある」と言われたことがあるが、どうもこの会の発足にかんする話だったのではないかと思っている。ともあれ書物復権の会は1996年に岩波書店、東京大学出版会、法政大学出版局、みすず書房の4社でスタートすることになり、未來社は勁草書房、白水社とともに声がかかり、二年目から参加することになる。そのさらに翌年、紀伊國屋書店出版部が参加して、それから十数年はこの8社の会の体制がつづくことになるのだが、紀伊國屋書店の参加によって、図書館への働きかけなど販売において大きな成果があげられてきたことは特筆しておいてよい。
 とはいえ、いまでもはっきり覚えているのは、(こんなこと書いていいのかな)後藤部長があるときしみじみ「もう岩波も独力ではむずかしくなって、みなさんの協力なしではやっていけなくなったんですよ」とわたしに言ったことである。岩波の営業の顔であった後藤さんがそんなことを言うのか、と驚いた記憶が鮮明だ。そういう状況認識のなかでの書物復権の会の出発だったわけである。
 会の活動の当初はマスコミの受けもよく、初回配本も350~400セットぐらいだったし、返品率もいまよりはだいぶ低かったように思う。ハガキによる読者リクエストなどもはるかに活発であって、参加した最初の年に復刊したE. H. カーの新組版『カール・マルクス』が読者リクエストで堂々ダントツの第一位となったこともあって、各社の驚きを呼んだことなどを誇らしく思い出す。マルクス本が売れなくなりはじめていたころで、思い切って新組にして出したところが思った以上の反応もあって驚いたが、もともとたしか43刷か44刷までいっていた本だっただけにこれはいわば「隠し球」のようなものだったかもしれない。
 2004年から東京国際ブックフェアへの共同出展という試みも始まっていまにいたっている(残念ながら未來社は2013年から出展をとりやめている)。また各地の書店や生協での編集者と読者の集いとか、紀伊國屋ホールを使っての各社主催連続セミナーの催しなど、編集者や著者を巻き込んでの大々的なイベントの取組みなども実現した。400人超のホールをある程度以上一杯にするためには事前の準備から宣伝にいたるまで、たいへんな努力を強いられたわけで、いまからみれば、相当にすごい活動をしてきた観がある。あるときには紀伊國屋書店からの急な提案を受けて会ではいったんキャンセルせざるをえなかったイベントを翌日にかけてわたしのコネクションを動員し、旧友の宮下志朗さん、鹿島茂さんらに声をかけて土壇場で実現させてみたこともあった。書物に造詣の深い著者たちによる、本にかかわる者たちの「総決起集会」ということばが壇上から発せられるようなホットな会になったこともいま思い出すとなんともおかしい。
 わたしも若かったんだな、という思いがよぎるが、しんどかった反面、けっこう楽しかったとも言える時代だったのかもしれない。それなりに時間もあったわけで、いまのように経営や本作りに追われまくっていろいろなケアができないことが残念でならない。編集した本が売れてこそ、喜びも倍増するのだが、そういうオイシイ場面を「編集」する楽しみが得られなくなっているからである。まあ老兵の出番ではなくなったのだろうが。
 自社だけではとうていできない(とくに未來社のような小さい所帯では考えられもしない)企画を考えられるのがこの会のいいところであって、最近は大学の図書館員などとも連携して読者との接点を作ろうとする動きも出てきており、そんな試みのなかからなにか新しい可能性が生まれてくることを期待したいと思うのである。

2016年3月 9日 (水)

出版文化再生II-16:いまこそ出版の原点へ

 月刊PR誌「未来」を「季刊 未来」に変更してからほぼ一年半になる。それにともない、この[出版文化再生]ブログの執筆回数も減少しているが、必要と思われる文章はそのつど書いて発表してきたので、当人にとってはさほど変化があるとは思っていない。むしろ強制が少なくなった分だけ、書きたいことだけを書けるようになってきている。
 さいわいなことにこの[出版文化再生]ブログのアクセス数はコンスタントに毎月2000~3000となっているので、なにかしら参照してくれているらしい。執筆の間があいてきているにもかかわらず、定期的にチェックしてくれているひとがいるのである。すでに『出版文化再生――あらためて本の力を考える』としてまとめてある[未来の窓]ブログのほうもいまだに毎月300超のアクセスがあるのが不思議で、刊行時に付けた注などを見てもらう価値があると思っているのだが、本のほうはあまり動きがない。その後に書いたブログをまとめた『出版とは闘争である』(論創社)のほうもいまひとつ。出版にかんする本は売れない、という常識があるらしいが、ブログのアクセス数との不均衡が気になる。
 それはともかく、「未来」季刊化にともなって新刊にかけられる編集の時間が増えたせいか、昨年はかなりの新刊を刊行することができた。わたしが仮ゲラ(未來社独自の編集タグ付きプリント)ないし初校ゲラで通読をするかたちでかかわった新刊は、4月から毎月3点の刊行をつづけてきている「[新版]日本の民話」シリーズの昨年刊行分27冊をふくめて44冊を数えた。ほとんどの本はほかの編集者との連携で進めたものだから、実際のところはかなり割り引いて考えなければならないだろうが、なかにはマーク・マゾワーの待望の『暗黒の大陸――ヨーロッパの20世紀』やダニエル・ベンサイド『時ならぬマルクス――批判的冒険の偉大と逆境(十九―二十世紀)』などといったいずれも550ページ以上の大著もふくまれているから、経理業務などにとられる時間のことも考えれば、これは相当な仕事量だろう。ことしは順調にいけば、この数はさらにもうすこし増えるだろう。いいトシをしてこんなに編集の仕事をしていいのだろうか、と我ながら恥ずかしいほどである。
 昨年からことしにかけて栗田出版販売の民事再生申請に始まる一連の騒動、ここへきての太洋社の自主廃業といった中堅取次会社の経営破綻をみるにつけ出版業界の先行きはますます厳しくなっているが、そういうなかで未來社では新刊点数の増加ということもあって、このところ売上げはまずまず伸びてきている。もっとも製作費も相対的に増えているから、差引き勘定からすればまだそれほど好転しているわけではないが、先行投資的に進めてきた「[新版]日本の民話」シリーズが、ようやくここへきて刊行継続を知られだしたらしく読者の支持もふえつつあり、図書館の購入数も上がってきているので、この方向で推移してくれれば、かなりバランスがとれてくるだろう。ことしの最初からアマゾンと有償契約をしたベンダー・セントラルでも売行きの情報がつかめるようになった結果、こうした傾向が確認できるようになった。
 問題はいわゆるリアル書店(ふつうの書店)の元気のなさである。わたしは「[新版]日本の民話」シリーズの書店での売れ行きを、現在の書店の活性力のひとつのバロメーターとみているが、このシリーズの販売においても、せっかく期待して仕入れてくれた書店(大都市の大型書店、ご当地の地方書店)での販売が当初期待したほどの成果を上げるまでにいたらず、配本開始した時点から徐々に新刊配本部数が減ってきている。その反面、取次の専門書センターなどからの補充はどの巻もコンスタントにあり、既刊にさかのぼっての全巻購入などもあるので、どこかの書店経由で売れていることになるが、そのあたりがよく見えないところがこのシリーズが通常の書籍とちがうところなのかもしれない。これは元版のロングセラー「日本の民話」シリーズが、地元の一番店、二番店と言われるような老舗書店を中心に大きく販売実績を上げてくれた昔の事情とは食い違ってきている。そもそもそういったかつての老舗書店が低迷し、つぎつぎと廃業に追いやられつつある現在、いまや地方でもナショナル・チェーンの書店が支配的になり、そういうところではそれほど力を入れて販売してくれているように思えない店が多いように感じられる。とはいえ、巻数によっては、その地に根づいている地元書店がおおいに気を入れて売ってくれようとしているところも出始めているので、かつてほどではないにせよ、ご当地本として喜ばれるようになることも期待できる。わたしとしては幼いときから本を読む習慣を身につけるには絶好のシリーズだと思っているし、「ふるさと再生」ではないが、その地方ならではの方言を生かした地方文化の再生と活性化に寄与できるものと考えてきたので、これはなんとしても広く読まれてほしいのである。
 ここまで書いてきて、やはり出版というものはひとつの力になりうるし、ならなければならないとあらためて痛感する。出版界の不況はさまざまな要因があるので解決は簡単ではないが、出版されるべき企画はこんな時代であるからこそなおさら多種多様に存在しているとみるべきである。読者はそういうものをこそ待ってくれている。最近刊行された木村友祐『イサの氾濫』なども、小社ではめずらしい小説だが、東日本大震災による東北のダメージとそれにたいする中央政府の無策(というより無作為の放置)にたいする心底からの怒りを方言を駆使してぶつけた異色の作品で、初期の反応もいい。本が社会をよりよくしていく力となる可能性をあらためて教えてくれる本となるかもしれない。いまや東北は沖縄とともに、日本の政治的経済的矛盾の集約点と化しており、そうした問題の所在を明らかにしていく使命が出版に課されている。そういうものに応える出版こそが時代の隘路を切り開けるのではないか。出版とはまさに闘争なのだから。(2016/3/6)
 *この文章は「未来」2016年春号に連載「出版文化再生24」としても掲載の予定です。

2015年12月 8日 (火)

出版文化再生ブログII-15:編集者というメチエ

 思いがけないことがいろいろあって、あらためて編集というメチエについて考えている。この「メチエ」ということばは、たまたまホルヘ・センプルンの『人間という仕事――フッサール、ブロック、オーウェルの抵抗のモラル』(小林康夫、大池惣太郎訳)という翻訳を刊行したばかりだからかもしれないが、この本の原題は「Me+'tier d'homme」で、つまり人間のメチエ(仕事、職業、職能といった意味をもつ)とは何かということを二十世紀前半の知識人や作家三人の仕事の検討をつうじて問い直す本に触発されたからである。戦争やナチズム、全体主義といった暗い影の支配した時代のヨーロッパを〈人間〉の本来的なありかたを追求し生き抜いたそれぞれの生のありようを論じた本で、ヒトはいかに生きるべきかを考えるうえで非常に強い刺戟を与えられる。たまたま編集者、出版人として人生の相当な時間を過ごしてきてしまった人間として、いまさらのように過去を振り返りつつ、編集者ときには書き手としての自分のメチエを考えておくのも悪くないと思った次第である。
 そもそもはたして自分は編集者としての資質があるのだろうか、という根源的な反省をしてみる。というより、そんなものはもともとなかったのではないかと思う。家業を引き継いでしまうまえから文学や哲学を好んで読んだり書くまねごとをしていたから、活字の世界が自分のすぐ目の前で開けていくことに当初は驚きはしたものの、どうしてもこれでなければならない、という思いがあったわけではない。いろいろやりたいことがあったせいかもしれないが、よく知っている編集者には根っからの編集者というしかない優秀なひとたちがときたまいる。そういうひとを見ていると、自分はなんといい加減なことをやっているのかと思わざるをえないことはしばしばある。
 そんなわたしだが、これまでなんとかこの道を歩むことができたのは、なにも天職に目覚めたわけでもなにか大きな発見があったわけでもない。わたしのような不向きな人間でも必要に迫られれば、それなりに努力もし我慢もしてきた結果、どうやらこのままこの世界にいつづけるメドが立ってきたようにも思えてくる。必要と思える本(誰に? 誰が?)を作り、必要なひとに手渡していく。本を書きたいひとがいて、読みたいひとがいるかぎり、書物の世界はつづいていくだろう。ただそれがいまや従来のようには採算の合いにくい業種、業態になってきただけのことだ。わたしのように後天的にしか編集や出版にかかわることのできないできた人間には、べつにひとよりよく売れる企画を思いつく才覚もなければ、よりうまく売る方途を見出せるわけでもない。言ってみれば、バカみたいに売りにくい本を作り、それでもなんとかやりくりする芸だけは磨いてここまできたのだが、そうした道程を振り返ればなにがしかの痕跡とも轍とも言えないこともない経歴の厚みだけは増して、なんだかあちこちに人間関係のネットワークばかりがこんぐらがって、そのなかには友情とも腐れ縁とも言えるかもしれないさまざまな綾がついてきただけである。
 こういうなかで編集というメチエはやはりいまの時代、かなりおもしろいものなのかもしれないと思うようになってきたのだから、わたしも相当におめでたいのだろう。編集者の端くれとしてこれまでも行き当たりばったり、思いついたり思いつかれたりして著者とは同床異夢かもしれない真理探究をしてきたわけである。内外ともに数多くの編集者や編集志望者を見てきたが、どうやら編集者というメチエは、わたしのようなのらくら者を別にすると、どうも先天的にあるいは素質的に編集に向いたひとでないと成功しにくいのかもしれない。どういうことかと言えば、どんなささいな情報に接しても企画のアイデアが閃くとか、書き手に何を書いてもらえばいい本が生まれるか想像が自由に動くひとじゃないと、天性の編集者とは言えないのじゃないか、ということである。著者が書きたいテーマやまとめたい論文集を作るなんていうのは、別に創造的な仕事ではなく、せいぜいのところお産婆役をつとめるにすぎない。圧倒的に多数の編集者はこういう水準かそれ以下にとどまっている。そもそも自分が編集にかかわった本が話題になったり売れたりすることに人一倍関心をもてないようなひとは編集者むきじゃないと思う。そうでないと、他人が作った本がどうして話題を呼び、売れるのかがいつまでも見えてこないからだ。なにかに気づく、ということが編集者たる者のなによりもの才能なのではなかろうか。
 いまの時代、販売実績もデジタル化されてしまって取次でも書店でも上がってくる数字ばかりを見ているのでは、ほんとうに必要な売れ線の発見はおぼつかないだろう。自社出版物の売れ方だって、同じことだ。わたしなどは、若いころは取次が毎日持ってくる注文伝票の束をためつすがめつめくって、いったい何がどこで誰に買われているのかを目を凝らして見たものだった。そういう注文伝票の束との出会いだってりっぱなマーケットリサーチになっていたのである。流通倉庫が別のところにあるようないまの編集者にはそういう出会いの場面がないから、そういった手触り感をもたずに本を作っているだけになる。だから自分がかかわった本にさえいまひとつ愛着がわかないのではないだろうか。デジタル化されたデータにさえ関心をもっていない編集者の話をある大手学術出版社の幹部からも聞いたことがあるが、ひとごとではない。もっともそういう関心をもて、ということ自体が矛盾しているのであって、そういう営業感覚のない編集者に売上げに関心をもつように言ったり、いろいろな企画に気づくように言うことは、当人にとっては無理な要求なのである。
 まあ、こんな与太話をしてもしょうがない。わたしなんかは非才のゆえに体力と時間で仕事量をこなしているだけで、外から見ると(自分から見ても)働きづめの日々を送るしかない。業界の親しい友人にわたしはなんと「24時間編集者」と名づけられてしまったことがある(持谷寿夫「交遊抄」、「日本経済新聞」2011年10月5日号)。まったく冗談ではないでしょう。そりゃ無理だし、事実としてもありえないことだけど、編集者というか出版人というか、文字を読んだり書いたりするのが好きなことだけは間違いないので、これをあえて甘受して、編集者のメチエならぬ、出版の虫としての存在をおおいに自己主張しておこう。(2015/12/7)

2015年9月14日 (月)

出版文化再生ブログII-14:『聞け!オキナワの声』をめぐる奇々怪々な販売協力拒否発言問題にかんする中間総括

 きょう(9月12日)の新聞報道によれば、安倍強権政府は、9日まで一か月休戦していた沖縄県名護市辺野古での基地移設作業をついに再開した。これにたいして翁長県知事は週明けにも辺野古の埋立て承認取消しに向けた手続きを開始することになった。予想された全面対決の事態だが、安倍晋三という戦後最悪最低の首相は、沖縄県民の基地移設反対の圧倒的な民意を踏みにじり、日本国憲法によって保障された「表現・思想の自由」としての基地ゲート前での抗議行動にたいしてもいっそう凶悪な牙をむいてくるのではないかと懸念される。もしそんな事態になれば、県民は断固として反撃するだろうし、安倍によって内乱=内戦状態が引き起こされることになろう。いまの安倍がやろうとしているのは、そういった憲法無視の独裁による戦争国家化の先取りされた国内実践予行演習版にほかならない。
 すでに本ブログの「II-12 いまや内乱状態の憲法危機――仲宗根勇『聞け!オキナワの声』の緊急出版の意義」で述べたように、この安倍政権の「憲法クーデター」による悪質な憲法改悪の狙いは、まず安保法制なる戦争国家法案化を突破口とすることであり、その端的な具体的実現の第一歩である辺野古基地移設強行工事再開がセットになっている。アメリカ政府への手みやげとして空威張りしてきた安保法制の立法化は、安倍自身にとってもみずからの政権護持の試金石となるから、なにがなんでも法制化の強行採決と辺野古の工事強行再開にはその政治生命がかかっているのである。本来なら東条英機とともにA級戦犯として絞首刑になるべきだった岸信介の孫として日本の政治になどかかわる資格のない超右翼が、この国を内乱=内戦状態に陥れようとしているのである。
 こうしたタイミングで元熱血裁判官の仲宗根勇氏の新刊『聞け!オキナワの声――闘争現場に立つ元裁判官が辺野古新基地と憲法クーデターを斬る』がこの14日に刊行される。辺野古の基地ゲート前での憲法論にもとづく安倍政権批判演説32本と戦争法案にかんする講演3本を起こして緊急出版されるこの本は、専門家として安倍自民党の憲法改悪の本質を鋭く暴き、現場の警察機動隊や海上保安官による憲法違反の暴力行為を現行の警察法や海上保安庁法にもとづいて断罪する法的正当性をもち、一方で現場で抗議するひとびとの闘争に強力な理論的根拠と勇気を与えているという意味で、まさにいまもっとも必要かつ影響力の大きい、待ちに待たれた本なのである。
 この本の刊行自体がひとつの社会的事件であると考えるのは、そうした本の力が社会的政治的意味でただちにひとびとの辺野古基地移設反対のための理論闘争の役に立ち、人びとの実践的行動を鼓舞する力になるからである。
 ところが、こうした本にたいしてここにきわめて奇々怪々な対応が現われた。これも「もうひとつの沖縄差別」であり、その裏にはなにかしら権力のキナくさい圧力を感じさせるだけに、放っておけない問題である。この件についてはすでに断片的に公表し、そのことによって引き起こされたその後の問題について、ここではその経緯を明らかにし、中間総括をしておかなければならない。
『聞け!オキナワの声』は既述したように、七月から八月にかけて音源からの原稿起こしにはじまる突貫作業によってなんとか九月刊行のメドがたち、本の概要(ページ数、予価など)が見えてきたところで8月25日にようやく書店用新刊案内の原稿を作成し、いそぎ新刊案内を作って各書店および各取次にFAXで告知した。刊行が迫っており、なるべく早めの注文をお願いしたのはそういう事情があった。とくに沖縄の書店・取次には期待するものがあったのは当然である。そういうなかで、8月27日に、以前から親しくしているうえに販売協力に積極的なジュンク堂那覇店にはわたしみずから店長に電話をかけ、刊行の予定と内容を知らせたところ、店長は本の意義と売れ行き判断から即座に120部の注文をしてくれた。時間の問題もあるのでこの分はお店に直送することにした。沖縄には通常は船便で配送されるので、ヤマトの書店とくらべて一週間以上の遅れが出ることをこれまでの経験から知っていたからである。事態の急迫にあわせて作った本を一刻も早く沖縄に届けたいという一心から特別サービスとして直送するという判断なのである。
 その注文に力を得て、これもこれまで親しくしている担当者のいるトーハン沖縄営業所に電話をかけたところ、その担当者が不在だったために代わりに電話に出たひとにこの本の意義とジュンク堂那覇店での初回配本部数を知らせ、もし営業所で部数を集められたら、ジュンク堂那覇店の分とあわせてこちらから直送する便宜を伝えておいた。沖縄ではトーハンのシェアが一番大きいし、同じトーハンの書店同士で売行きの見込める新刊入荷に差が生ずるのは不公平になると判断したからでもあった。
 ところが、翌28日の午前中にトーハン沖縄営業所長から未來社営業部長あてにメールが入り、この本は「一般的でない」ので販売協力はできない、今回は書店への販促は見送らせてくれ、という文面があり、わたしは自分の目を疑った。緊迫状況にあるいまの沖縄、辺野古情勢においてこれほどタイムリーで、ひとびとが読みたいと思ってくれるはずの本を、簡単な内容紹介を見ただけで一営業所長レベルの人間が「一般的でない」と判断し、なおかつメールとはいえ、証拠を残すかたちで、取次のひとつの業務である「販売協力」をはっきりと拒否してくるというのは、異例中の異例である。たしかに未來社は注文制(買切制)であり、特別な「販売協力」をお願いしたわけではないし、たいして期待もしていない。だから協力というのは書店から自主的に上がってくる注文部数を刊行日までにとりまとめ、こちらに連絡することぐらいでしかないのである。それをどう勘違いしたのか、一方的に「一般的でない」から協力しないとわざわざ言ってきたのである。
 わたしがただちにトーハン沖縄営業所の旧知の担当者に連絡をし、真意を確かめようとしていたところ、状況を察知したらしい柴田篤弘所長が電話を代わって出てきたので、それならということで、どういうわけでこれほどの本が「一般的でない」という判断をしたのかその根拠を質したところ、「わたしが一般的でないと判断したからだ」と言い張るのみで(そのことをくりかえし3回も言った)いっこうに答えにならない。どういうことかとさらに聞いたら、「自分のところはジュンク堂ばかりとつきあっているのではなくて、一般の書店も多くあり、そういう店で一般のひとが読めるようなものではない」とまったく無意味なことを言いつのるばかりである。一般的でない本とは、一般のひとが読めないような本を言うことはあたりまえだから、トートロジーでしかない。こんな認識のひとが営業所長でいいのだろうか。確認のため、この本の拡販にはいっさい協力しないということですね、と聞いたところ、しません、とはっきり答える始末。いくら言ってもラチがあかないので、こういうことはわたしは言説の人間として公表してもいいかと確認したところ、平然と「どうぞ」と言うので、とりあえずツイッター、フェイスブック、ブログ等でこの異常事態をオープンにしたのである。
 このいずれかを読んだひとが知り合いの著者を通じてどういうことかと問合せをしてきたところから問題が大きくなった。事実を知った「沖縄タイムス」と「琉球新報」があいついで取材してくることになり、この営業所長にも取材が入った。新報はトーハン本社(広報課)にまで取材しているが、本社ではすでに状況は把握しており、上層部で大問題になっているということだった。あとで仕入担当者から聞いた話では、この件は「社長預かり事案」になっているという。トーハンの社員がわたしのブログを見て役員に報告したらしいことと、どうもこの営業所長も報告しているらしい。ただし、この所長は自分に不都合なことはいっさい報告していないようだ。トーハンの仕入担当者から沖縄営業所ではするべき仕事はちゃんとやっているので、そのことをわたしに伝えてくれと未來社営業部長を通じて言ってきたが、トーハン側からは当事者のわたしにたいしてなにひとつ問合せもせず、身内の沖縄営業所長の報告だけを信じこんでいるようである。
 そうした非協力的な事実の一例を挙げよう。それまでなぜかトーハン系の書店から(わたしが注文を直接もらったジュンク堂那覇店以外は)まったく注文が入ってこないのが不思議だったのが、9月4日になってようやく最初のFAX注文が入った。そのFAXの日付を見ると、トーハン沖縄営業所から送られた受注用FAXの時間がなんと9月2日の20時33分。じつはその日は沖縄タイムスの記者が夕方に所長に取材に行った日である。わたしが電話を入れて抗議してから5日後で、その間、所長は「販売協力」を拒否していたことになる。取材を受けて、事の重大さにようやく気がついた所長がその晩になって(所員が退社したあと)本社への言い訳のためにあわてて書店へのFAXを送ったことは明らかである。あとで当人に確認したところ、そのことは自分はやっていないし、指示もしていない、誰がやったかもわからないと明言していたが、事がこんなに大きくなってからほかの所員が所長への断わりなしでこんなことができるはずがないのは火を見るより明らかなことである。「一般的でない」などとは言っていないと取材にも答えたりしているらしく、しかも西谷に「恫喝」されたとまで言っているそうだ。
 わたしが問題だと確信しているのは、よほどのことがないかぎり、一営業所長が断言するには、あまりに大胆すぎること、不遜すぎることであり、その裏にはこうした発言を促す圧力があったからではないか、ということである。こうした一営業所長レベルの人間の「失言」にしては、この一件がふつうでは考えられない本社の「社長預かり事案」になっており、「琉球新報」の取材にたいして見解を公式発表することなっていたにもかかわらず、それがいまだなされていないことも疑問である。以前にトーハンをふくむ取次各社が鹿砦社のある原発批判本にたいして委託配本拒否という問題を引き起こしており、その理由として個人情報が本に記載されていたからという些細な理由をあげているが、今回は安倍晋三そのものを憲法論の立場から徹底的に批判している本だけに、そういう圧力がどこかから(言うまでもなく安倍政権から)かかっていたとしてもなんら不思議はない。いまの安倍政権ならメディア介入の一環として出版の自由の蹂躙ぐらいならいくらでもやりかねない疑いをもつからである。
 わたしはなにもひとりの地方営業所長の妄言をやり玉にあげるためにこんなことを書いているのではない。こういう本の出現をよく思わない権力に迎合した人間が取次のなかにいるのではないか、と危惧しているだけである。長年の取引先であるトーハンがまさかそんなことはしていないと思うが、もし原発批判本にたいする委託配本拒否と同じようなことがこの本にもなされようとしたのだとしたら、これは独占禁止法上の「優越的地位の濫用」にほかならないからである。
 さらに気になるのは、9月7日になって本社からの指示ということで柴田所長がわたしに電話をかけてきたのだが、自分の発言にも問題があったかもしれないがこちらの誤解もある、と言ってきたので、わたしは「あなたの『一般的でない』発言がまったく問題にならない理由にもとづいていることにたいして正しく理解している」ことをはっきり伝え、もしお詫びをしたいというならしかるべく納得できるような文書を提出することを求めたところ、上司に相談する、との返事であった。その後また連絡があり、その結果、「文書を出す必要はない」と言われたとのこと、その発言はトーハンの公式発言として考えていいのかと質したところ「そうだ」との返事。この件が「社長預かり事案」になっている以上、この判断は社長判断ということになる。所長にお詫び電話をさせることで、事をなし崩しに終わらせようとしたと解釈するしかない。
 未來社の社長ごときならこれぐらいでたくさんだとでも思っているのだろうか。いずれ責任者のきちんとした考えを聞く必要があるだろう。(2015/9/12-13)

2015年9月12日 (土)

出版文化再生ブログII-13:本を読むというすばらしい経験

 この四月から「[新版]日本の民話」シリーズを毎月十五日に三巻ずつ定期配本している。すでに第一巻の瀬川拓男・松谷みよ子編『信濃の民話』を皮切りに第一五巻『飛騨の民話』(江馬三枝子編)まで、元版(一九五七~八〇年)の巻数順に刊行してきた。

[新版]シリーズでは、これまでのサイズをハンディにし、活字も読みやすく、価格も求めやすくした。旧版で好評だった挿絵もすべて再現したので、このシリーズの民俗的香りはそっくり保存されている。

 ある程度以上の年配の方ならご記憶にあろうかと思われるが、一九七五年にはじまったTBSテレビ放映のアニメ「まんが日本昔ばなし」が市原悦子さんと常田富士男さんの名語りで毎週ゴールデンアワーに放映され、空前の「民話」ブームを巻き起こしたことがある。その原案として活用されたのが旧版「日本の民話」であった。

 誰でも知っている桃太郎や浦島太郎の伝説などが日本各地に少しずつ形を変えて語りつがれていることがわかるのもこのシリーズの特長である。劇作家木下順二が民話劇に取り組み、その代表作『夕鶴』は各地に伝わる「鶴女房」伝説から生まれている。

 戦後すぐに復活した生活綴り方運動などとともに、松谷みよ子を中心とする「日本民話の会」を母胎とした民話発掘の文化運動は広く各地の民話を採集、編集、記録してきた。これらの成果はこの「日本の民話」シリーズに結集された。このシリーズは民衆文化を対象とする民俗学などによっても高く評価されてきた。

 いま日本の政治は安倍晋三というウルトラ右翼ファシスト政治家によって、空前の危機状態にさらされている。すでに教育現場は、長年にわたる自民党の教育政策によって荒廃させられ、文字を満足に読めず、本を読まない世代がどんどん生まれてきている。大学では国策に沿わない文科系学問などはどんどん切り捨てられ、ゆがんだ歴史教育によって間違った歴史認識が押しつけられている。

 この[新版]シリーズの再刊は、こうした政治や教育の荒廃に抗して、日本人のこころのふるさととも言うべき民話の豊かな民衆的伝承の世界を再構築し、これからの日本を背負っていく若いひとたちを中心にぜひ読んで語りついでいってもらいたい、という願いをこめている。

 本を読むことはおのずから自分が生きることの意味を考え、世の中の矛盾や問題にたいして批判的に対処する精神を涵養するものである。本を読むことのすばらしい経験をきっかけに、今後も読書する習慣を身につけ豊かな人間になってほしい。それが本シリーズ再刊の最大の希望なのである。(2015/9/6~9/12)

*この文章は「しんぶん赤旗」からの依頼によって書かれたものである。

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