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2020年9月18日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/18

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第十回「国家管理と暴力の行方――アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』」仮ゲラ通読+ファイル修正7ページ分。
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森文子詩集『野あざみの栞』通読。未知の福井の詩人。花や野菜といった土に育つものを個別に丁寧に詠う。ケレン味のない率直さがほほえましい。
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フレドリック・ジェイムソン『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』の「III 構造主義の冒険」の5節の途中~7節。本文、読了。さらに訳者あとがきも読む。ジェイムソンのこの本は1972年に刊行されている。いわば構造主義の全盛期、サルトルの実存主義もまだ勢いを失っていなかったころで、そのせいか著者のマルクス主義的立場からの構造主義の批判的紹介といった趣きがあり、デリダへの言及も初期のものが対象。その意味でやや古びた印象は拭えない。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』読みはじめる。恥ずかしいタイトルだが、原題は「われわれがそれによって生きているメタファー」である。「人生」というのは決定的な誤り。名著なのに台なしにしている。横組みも邪道だ。とりあえず「まえがき」「謝辞」と「1」~「4」の途中。例文がやたら多い。

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