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2020年8月 4日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/4

湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社選書メチエ) のエピローグ、文献一覧、あとがきを読む。読了。湯浅博雄らしく、やや過剰なほどの丁寧さと執拗さで〈贈与〉〈サクリファイス〉の問題を論じている。贈与やサクリファイスとは本来、見返りを求めるものではなく、純粋な贈与、〈贈与としての贈与〉でなければならないはずのものであるのだが、実際には、経済的な交換価値を内在化させたものであり、たとえ時期的にあとになるにせよ、贈与された者からの返礼を要求するものになってしまう。贈られた者は贈られたことそのものによって負担やら心理的劣位を感じざるをえないことによって、返済を不可避のものと感じる。そこに湯浅は〈贈与〉〈サクリファイス〉の不可能性を指摘するのだが、しかしなおそこに純粋な贈与たらんとすることへの反復的な問い直しを重ねることによって、その不可能性を乗り越えられるものにしようと試みるのである。この問いをカント、ニーチェからモース、マリノフスキーまでの知を動員して跡づけようとしている。
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『どぅるかまら』28号に目を通す。
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菅野昭正先生の連載第一回の通読+ファイル修正をつづける。ここまでで15ページ分。
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『図書』8月号に目を通す。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~。『走都』の鮎川信夫論についての言及あり。

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