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2020年8月 6日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/6

菅野昭正先生の連載第一回の通読+ファイル修正をつづける。6ページ分。第一回、スミ。22ページ分。
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萩原印刷・金子さんよりtel。『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』再校が早く出たので、午前中に持参してくれることに。~11時まえ、来社。再校持参。~引合せ、スミ。齋藤雅俊さんにレターパックプラスで送付。
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中島浩さんよりE-mailで『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の表紙と扉のPDFとどく。~お礼の返信E-mail。扉は2色を希望。~のち、E-mailで扉の修正版、とどく。~受取り、確認の返信E-mail。入校データを送ってもらうよう依頼。
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杉本真維子『三日間の石』読了。『図書新聞』で長いあいだ連載していたらしい〈裏百年まち〉で書かれた随筆を中心に38篇を集めた三部立ての小さな本だが、一篇ごとに身辺のいろいろな問題を感覚的な切れ味のよい文章で読ませてくれる。長野県出身で小学校時代にはかなり奔放な生活を送ったらしく、担任の図工の先生の自由な授業のスタイルは杉本の自由な感覚が育てられるうえで大きな影響を与えたようである。詩集のタイトルにもなっている「裾花」という故郷はそういう子ども時代の記憶を鮮明にとどめている場所のようだ。箸の使い方にうるさかった祖母がいるわりには、パッケージ袋や菓子袋などは歯で切ってしまうのを当然のように考えて育ってきて、人前で平然とそれを実行して驚かれたのに逆に驚くといった、大らかな性格を書いた「『野蛮』の出現」もユーモラスだ。詩とは無縁な会社勤めの経験も社会と人間を知るうえで苦いものでもあったようだ。杉本真維子という詩人を知るには好適なテクストだ。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~。ここでも第二次『走都』3号の鮎川信夫論についての批判的解釈がなされている。

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