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2020年8月

2020年8月31日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/31

菅野昭正先生の連載第四回「東は東、西は西――E・M・フォースター『インドへの道』の通読10ページ分でスミ。つづいて第五回~第十一回の残りのそれぞれに菅野専用マクロをかけ、中見出しの一括処理。
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秋山基夫詩集『シリウス文書』通読。これを詩集と呼ぶべきか迷う。というのは「あとがき」で詩と散文をめぐるジャンルの設定の問題が問われているからだ。もちろん本体でも詩、定型詩論、エッセイ的記述などが混在し、秋山らしいジャンルの混淆を試みている。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第二部 モーセを殺す人たち――フロイト、ラカン、デリダ、ブルーム、そして転位の暗黒面」の「第五章 ヤーコプの息子ソロモン=ジークムント」のつづき~。

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2020年8月30日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/30

『季刊 未来』秋号の「レトリックから言語の経験へ――言語隠喩論」を読み直しと最終加筆。45枚分。あすにも入校へ。
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『都留文科大学大学院紀要』第24集抜刷の田口麻奈論文を読む。戦後まもなく姫路での文化運動を担ったIOM同盟という詩人たちの動向。反原爆的な年賀ハガキ、暑中見舞いハガキの展示した運動があったらしい。関連する資料集(田口麻奈編)も見る。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第二部 モーセを殺す人たち――フロイト、ラカン、デリダ、ブルーム、そして転位の暗黒面」の「序言 本の中の本と自然の本」~「第五章 ヤーコプの息子ソロモン=ジークムント」の途中。
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『北海道横超忌 村瀬学〈講演〉録』のつづき~。

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2020年8月29日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/29

『えこし通信』25号に目を通す。山本かずこさんから送ってもらった。岡田幸文の追悼文、ほか。
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『森羅』24号に目を通す。池井昌樹の手書き詩誌。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第四章 テキスト性からの逃避――記号を成就するもの」のつづき~終り。第一部、ようやく読了。
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岡田幸文詩集『そして君と歩いていく』通読。亡き岡田幸文さんの遺稿詩集。山本かずこさんが編集。30年ぶりの詩集ということだが、最後のほうは亡くなる直前まで出していた個人詩誌『冬に花を探し、夏に雪を探せ。』に書いていたもの。『詩学』編集長時代には夫婦とも親しく接していたが、晩年には手紙のやりとり以外に会うことができなかったことが悔やまれる。

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2020年8月28日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/28

『季刊 未来』秋号の「出た本/重版/書評・紹介」ページの原稿をひとまず作成。広告ページで『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』1ページ分、『桜の園』+『マックス・ヴェーバー研究総括』1ページ分下案を作成。『自己責任という暴力』の原稿を萩原印刷・金子さんにE-mail貼付で送付。
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菅野昭正先生の連載第四回「東は東、西は西――E・M・フォースター『インドへの道』の通読5ページ分。
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『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」を読み直しとわずかな加筆。ほとんどこのままでいけることを確認。タイトルは「レトリックから言語の経験へ――言語隠喩論」とする。
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安倍晋三が首相辞任。無能で無責任の権力一辺倒男が厳しい社会状況に対応できず、前回と同じく投げ出したかたちだ。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第四章 テキスト性からの逃避――記号を成就するもの」のつづき~。

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2020年8月27日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/27

萩原印刷・金子さんにtel。、『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の見本ができていることを確認。~11時20分すぎ、萩原印刷へ。見本10冊、『季刊 未来』秋号の連載「残余の夢、夢の回流4 真久田正の隠れレーニン主義」の初校、受取り。
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齋藤雅俊さんに『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』見本4冊をメッセージを付けてレターパックプラスで送付(集荷)。E-mailでも連絡。
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『季刊 未来』秋号の仲里効連載「残余の夢、夢の回流4 真久田正の隠れレーニン主義」の初校のチェック。上村忠男さんの分が11ページだったことに気づき、巻頭におくことに。~仲里さんにE-mailで萩原印刷・金子さんから届いていたPDFを送付。
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菅野昭正先生の連載第四回「東は東、西は西――E・M・フォースター『インドへの道』の通読8ページ分。
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『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」を書きつぐ。台割上12頁半使えることになったのでさらなる加筆。6枚ほど書いて計49枚ほどになる。これで広告も入れてぴったりか。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第四章 テキスト性からの逃避――記号を成就するもの」のつづき~。

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2020年8月26日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/26

菅野昭正先生の連載第三回「革命に敗れたひとびと――ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』の通読+ファイル修正6ページ分でスミ。つづいて第四回「東は東、西は西――E・M・フォースター『インドへの道』に改訂した「菅野専用マクロ」をかけ、ざっと確認と修正をしたうえで仮ゲラ印刷31ページ。通読9ページ分。この回からファイル修正は高橋君がやってくれることに。
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折原浩さんにtel。『マックス・ヴェーバー研究総括』の予定について。年末のヴェーバー没後100年集会は延期になりそうとのことで、刊行は来春ぐらいでいいとのこと。『季刊 未来』秋号の予告はごく簡単におこなうことに。できているところまで原稿データを送ってくれることに。
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『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」を書きつぐ。6枚弱ほど書いて計43枚ほどになる。台割上10頁半しか使えない可能性あり。ここで打ち切り。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第三章 ラビ的解釈体系のいくつかの哲学的な面」のつづき~「第四章 テキスト性からの逃避――記号を成就するもの」の途中。

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2020年8月25日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/25

仲里効さんの『季刊 未来』秋号の連載「残余の夢、夢の回流4 真久田正の隠れレーニン主義」の仮ゲラ赤字をファイル修正~仮ゲラ再印刷。~PDF化し、原稿とともに萩原印刷・金子さんにE-mailで入校。
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菅野昭正先生の連載第三回「革命に敗れたひとびと――ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』の通読+ファイル修正16ページ分。
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『北海道横超忌 村瀬学〈講演〉録』読みはじめる。コロナウィルス問題で開催されなかった吉本隆明忌の講演予定原稿。
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『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」の読み直しと加筆。すこし削除。

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2020年8月24日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/24

細見和之詩集『ほとぼりが冷めるまで』通読。家族をテーマにしたものが多く、かなりリアルなまたシリアスな事象を細かく書き込んでいる。こんなことまで書いて大丈夫かなと思うところもあり、細見の覚悟が知れる。
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菅野昭正先生の連載第二回「知られざる裁き手を求めて――フランツ・カフカ『審判』」の通読+ファイル修正のつづき~終り。10ページ分。この回は26ページ分。つづけて第三回「革命に敗れたひとびと――ボリス・パステルナーク『ドクトル・ジバゴ』に改訂した「菅野専用マクロ」をかけ、ざっと確認と修正をしたうえで仮ゲラ印刷。通読+ファイル修正8ページ分。
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仲里効さんよりE-mailで『季刊 未来』秋号の連載原稿「残余の夢、夢の回流4 真久田正の隠れレーニン主義」の仮ゲラ修正とどく。~仮ゲラに赤字転記。
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高見順文学振興会事務局より記録集とともに高見賞終了のお知らせ。
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La Sainte BibleでLe Le+'vitique(レビ記)の5章(Les sacrifices d'expiation 贖罪の捧げ物。罪を犯した者の贖罪の方法規定のつづき~Les sacrifices de culpabiite+'罪状の生贄)を読む。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第三章 ラビ的解釈体系のいくつかの哲学的な面」のつづき~。

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2020年8月23日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/23

『現代詩手帖』8月号、読了。
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仲里効さんよりE-mailで『季刊 未来』秋号の連載原稿「残余の夢、夢の回流4 真久田正の隠れレーニン主義」とどく。~印刷してテキスト化。さらに通読+ファイル修正。広告を入れて7行削除すれば9ページ分になる。~返信E-mailでPDFを送付。
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『りんごの木』55号に目を通す。荒木寧子編集誌。
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『兆』187号に目を通す。いつも小松弘愛さんから届くが、林嗣夫発行詩誌。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第三章 ラビ的解釈体系のいくつかの哲学的な面」のつづき~。

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2020年8月22日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/22

『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」の読み直しと加筆。氷見敦子の詩の引用をふくめ13枚ほど書いて合計37枚ちょっとになる。『季刊 未来』で換算すると10ページ半ほど。台割上もう2ページ分書けるかも。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第二章 ラビ的発想――テキストの神性」のつづき~「第三章 ラビ的解釈体系のいくつかの哲学的な面」の途中。このあたり、ラビの伝統とキリスト教との関係の話がつづく。

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2020年8月21日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/21

『アビラ』3号に目を通す。後藤光治個人詩誌。
   *
菅野昭正先生の連載第二回「知られざる裁き手を求めて――フランツ・カフカ『審判』」を「菅野専用マクロ」をかけたうえで、印刷+通読+ファイル修正をはじめる。17ページ分。
   *
安達紀子さんより『桜の園』本文原稿、解説仮ゲラ修正もどし、とどく。

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2020年8月20日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/20

矢澤準二詩集『チョロス』通読。あまりにもさらさらと読めてしまう。たんなる行変えではない詩を考えなければならない。
   *
菅野昭正先生の連載最終回(第一二回)「時代を映す薔薇――ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』」の通読+ファイル修正のつづき。11ページ分でスミ。この回、37ページもある。
   *
安達紀子さんよりE-mailで『桜の園』の原稿データとどく。プリントと解説仮ゲラ修正は別途郵送した由。あとがきのことも聞いてくる。
   *
『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」の読み直しと加筆。13枚ちょっとで24枚ほどになる。
   *
スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第二章 ラビ的発想――テキストの神性」のつづき~。
   *
『現代詩手帖』8月号読みつぐ。

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2020年8月19日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/19

『一冊の本』8月号に目を通す。
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菅野昭正先生の連載最終回(第一二回)「時代を映す薔薇――ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』」の通読+ファイル修正を再開。11ページ分。

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2020年8月18日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/18

安達紀子さんの『桜の園』解説の仮ゲラPDFを作成し、E-mail添付で安達さんに送付。本文の原稿データを送るように伝える。刊行希望日の問合せも。
   *
『詩と思想』編集部宛てに「名詩集発掘」ページへの執筆承諾の返信ハガキ。
   *
『みすず』8月号の郷原佳以、西成彦を読む。
   *
進藤ひろこ詩集『森がたり』通読。森のことばに身を開き、そこに生息する植物との共生をめざしているひとなのか。母や愛猫の死をしっかり見とどける後半の描写も安定している。
   *
スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第二章 ラビ的発想――テキストの神性」のはじめ~。

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2020年8月17日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/17

谷内修三よりFACEBOOKで連絡あり。第二次『走都』5号の「詩を書くことの主体的選択――言語隠喩論」について「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」ページで長大な感想コメントを書いてくれる。いつもながらありがたい。
   *
おととい書きはじめた『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」の読み直しと加筆。7枚半ほどで11枚弱になる。
   *
スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』の「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第一章 ギリシア哲学とことばの超克」の途中~終り。アリストテレス批判はかなり強烈。隠喩論もなかなかで、予想以上におもしろい。

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2020年8月16日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/16

中島浩さんよりE-mailで『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の色校校正を確認。本機印刷で、インクのヴォリュームが浅くならないように注意していただければ、とのこと。~中島さんにお礼の返信E-mail。萩原印刷・金子さんに転送E-mail。
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高橋君作成の安達紀子さんの『桜の園』解説の仮ゲラ19ページ、通読。赤字入れ。要請したレベルの内容になっている。
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スーザン・A・ハンデルマン『誰がモーセを殺したか――現代文学理論におけるラビ的解釈の出現』読みはじめる。「日本の読者に」「はしがき」「まえがき――方法論について」、さらには「第一部 歴史的背景――ギリシア人、ユダヤ人、キリスト教徒の解釈的アゴーン」の「第一章 ギリシア哲学とことばの超克」の途中まで。ハンデルマンはユダヤ人で解釈学的アプローチを展開しているようだ。「まえがき」によれば、ラビ的解釈をめぐってフロイト、デリダらのユダヤ知識人の言説批判が見られそうだ。
   *
『現代詩手帖』8月号の討議「現代詩アンソロジー2000-2009」を読む。ひとりの先生に3人が教えを受けている感じ。

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2020年8月15日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/15

75回目の敗戦記念日。
   *
チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の補遺IIのF. G. クルックシャンク「医学研究における記号論と言語批評との重要性」のつづき~終り。さらに外山滋比古の「解説」を読み、ようやくこの大著も読了。
   *
冨岡悦子詩集『反暴力考』通読。
〈どうしたのって言われたくない 破裂したスイカ とか 押しつぶされたイチゴ とか 落下したザクロ とか 想像して がまんしてるのに 私がどうしてる なんて言えない そのままありのまま言ってしまって いいんですか〉(「01」冒頭)
――と、最初からいきなりのブチかまし。ここで言われている〈破裂したスイカ〉とかいうのはおそらく不愉快な相手のイメージの想像なのだろう。
〈クラスの女子が 大声で笑っている 大きな穴を あんなに大きくして 恥ずかしくないのか あるとき 隣の席の子が なんでも 隠さずに 話そうよ と言った なぜ隠さずに すべてを 話せると思うのか 三白眼で睨んだら すばやく 目をそらした〉(「02」部分)
――こんな調子で人間関係の見えすいたことばの浅さを鋭く衝いている。タイトルなしの31篇の断章が並ぶ小気味よい啖呵がつづくが、人間心理をよく見据えた観察眼が光る小詩集だ。
   *
第二次『走都』5号の「詩を書くことの主体的選択――言語隠喩論」を読み直し。上村忠男さんの指摘にそって、ヴィーコにかんする部分を手直しする必要がありそうだ。
   *
『季刊 未来』秋号の「言語隠喩論」の原稿、書きはじめる。とりあえず3枚半ほど。

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2020年8月14日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/14

土屋一彦詩集『唖』読了。五〇音順のタイトルを付け、その内部でも語頭を五〇音順にずらしてはじめるなど遊びをふんだんにふくんでいる。社会批評も織りまぜた詩もあるが、これは教条的すぎてつまらない。
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『void』2号に目を通す。原田道子編集発行。
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『新・山形詩人』4号に目を通す。高橋英司編集発行。
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チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の補遺Iのブロニスロー・マリノウスキー「原始言語における意味の問題」のV節の途中~VI節。この論文、終り。さらに補遺IIのF. G. クルックシャンク「医学研究における記号論と言語批評との重要性」のはじめ~。

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思考のポイエーシス・日録篇2020/8/13

上村忠男さんよりE-mail。第二次『走都』5号がとどき、さっそく読んでくれたとのことで、ヴィーコへの引用のところで異論あり。ヴィーコの詩人にたいする評価はデリダの隠喩=哲学の「女中」説とはちがうという指摘。そういうつもりはなかったが、そう読めてしまうかも。

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2020年8月12日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/12

第二次『走都』5号155通を送付。
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『glass』1号、通読。峯澤典子個人詩誌。とてもいい抒情詩だが、悲恋でもあったのかな。期待できる詩誌だ。
   *
中村不二夫さんより『詩と思想』7月号、8月号とともに12月号への執筆依頼状(一色真理詩集『純粋病』書評4. 8枚)送ってくる。

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2020年8月11日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/11

齋藤雅俊さんから『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の校正部分、FAXでとどく。~E-mailできた分とも照合し、手元のゲラに赤字を転記。責了に。
   *
1時、萩原印刷へ。『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の責了紙を渡す。手形支払い。第二次『走都』5号237冊、受取り。

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2020年8月10日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/10

齋藤雅俊さんよりE-mailで『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の校正の連絡。~返信E-mailであす印刷所にもどすさいに確認すると返事。表記の問題でE-mailをやりとりして確定。
   *
チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の補遺Iのブロニスロー・マリノウスキー「原始言語における意味の問題」の概要、I~IV節を読む。

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2020年8月 9日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/9

『ミて』151号に目を通す。
   *
『詩遊』66号に目を通す。冨上芳秀編集・発行。
   *
宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~終り。ようやく読了。宗近の詩論はなじみにくいタームを乱発するクセがあるのでとっつきが悪いが、批評的センスはあるので強引に読ませる膂力がある。しかし主として最近の時評や書評などから成っている本書のような、しかも嵩のある論集は、その対象となっているものが未読のものか既読でも記憶に残っていないようなものが多く、読むのはいささかつらいものがある。書名にも見られるように気の入った論集ではあるのだが、時評というものの性格からかかなり無理して肯定的な読みになっていて本当かなと思えるところもあり、もっと厳しく批判してもいいのではないか。のちに単行本になったわたしの『単独者鮎川信夫』の第二次『走都』連載が二度にわたって論じられていてありがたいのだが、《肩で風を切るような強気の批判論脈》(327頁)などと言われても、そうですかとしか言いようがない。宗近には被拘束的な時評ではなく、みずからの思考の根底をさらすような本格的な詩論を書いてもらいたいと思う。
   *
菅野昭正先生の連載最終回(第一二回)「時代を映す薔薇――ウンベルト・エーコ『薔薇の名前』」の通読+ファイル修正のつづき。7ページ分。
   *
チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の付録の「C アエネシデムスの記号論」、「D 幾人かの現代人」の1~6、「E 否定的事実について」を読む。付録、終り。

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2020年8月 8日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/8

『UP』8月号に目を通す。
   *
高野尭詩集『逃散――ふぞろいの面々 瓜より公界へ』読了。260頁を超える、詩集としては大著。この詩人にはむかし会った記憶がある。あとがきとも言える「転回点から始める」と略歴のなかでも記されているように、一九八〇年代はじめに長谷川宏さん宅での私的な読書会に参加しているときに来ていたひとである。その後、いろいろあって最近になって詩作を再開したらしい。「逃散」というタイトルポエムがいわゆる饒舌体で脈絡がつかみにくいが、部分的におもしろいところをふくんでいる。もうすこし文脈というものを整理しないといけないのじゃないか。
   *
チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の「概要」~付録の「A 文法について」「B 脈絡について」を読む。

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2020年8月 7日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/7

菅野昭正先生の連載最終回(第一二回)の高橋君作成のOCRデータにいくつかのファイル整形用マクロをかけたうえで、通読+ファイル修正をはじめる。9ページ分。

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2020年8月 6日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/6

菅野昭正先生の連載第一回の通読+ファイル修正をつづける。6ページ分。第一回、スミ。22ページ分。
   *
萩原印刷・金子さんよりtel。『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』再校が早く出たので、午前中に持参してくれることに。~11時まえ、来社。再校持参。~引合せ、スミ。齋藤雅俊さんにレターパックプラスで送付。
   *
中島浩さんよりE-mailで『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』の表紙と扉のPDFとどく。~お礼の返信E-mail。扉は2色を希望。~のち、E-mailで扉の修正版、とどく。~受取り、確認の返信E-mail。入校データを送ってもらうよう依頼。
   *
杉本真維子『三日間の石』読了。『図書新聞』で長いあいだ連載していたらしい〈裏百年まち〉で書かれた随筆を中心に38篇を集めた三部立ての小さな本だが、一篇ごとに身辺のいろいろな問題を感覚的な切れ味のよい文章で読ませてくれる。長野県出身で小学校時代にはかなり奔放な生活を送ったらしく、担任の図工の先生の自由な授業のスタイルは杉本の自由な感覚が育てられるうえで大きな影響を与えたようである。詩集のタイトルにもなっている「裾花」という故郷はそういう子ども時代の記憶を鮮明にとどめている場所のようだ。箸の使い方にうるさかった祖母がいるわりには、パッケージ袋や菓子袋などは歯で切ってしまうのを当然のように考えて育ってきて、人前で平然とそれを実行して驚かれたのに逆に驚くといった、大らかな性格を書いた「『野蛮』の出現」もユーモラスだ。詩とは無縁な会社勤めの経験も社会と人間を知るうえで苦いものでもあったようだ。杉本真維子という詩人を知るには好適なテクストだ。
   *
宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~。ここでも第二次『走都』3号の鮎川信夫論についての批判的解釈がなされている。

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2020年8月 5日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/5

菅野昭正先生の連載第一回の通読+ファイル修正をつづける。7ページ分。
   *
杉本真維子『三日間の石』読みはじめる。『図書新聞』ほかに連載したエッセイ集。日常的な出来事、記憶に残る出来事を切れ味のよいタッチで書いている。
   *
宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~。

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2020年8月 4日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/4

湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社選書メチエ) のエピローグ、文献一覧、あとがきを読む。読了。湯浅博雄らしく、やや過剰なほどの丁寧さと執拗さで〈贈与〉〈サクリファイス〉の問題を論じている。贈与やサクリファイスとは本来、見返りを求めるものではなく、純粋な贈与、〈贈与としての贈与〉でなければならないはずのものであるのだが、実際には、経済的な交換価値を内在化させたものであり、たとえ時期的にあとになるにせよ、贈与された者からの返礼を要求するものになってしまう。贈られた者は贈られたことそのものによって負担やら心理的劣位を感じざるをえないことによって、返済を不可避のものと感じる。そこに湯浅は〈贈与〉〈サクリファイス〉の不可能性を指摘するのだが、しかしなおそこに純粋な贈与たらんとすることへの反復的な問い直しを重ねることによって、その不可能性を乗り越えられるものにしようと試みるのである。この問いをカント、ニーチェからモース、マリノフスキーまでの知を動員して跡づけようとしている。
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『どぅるかまら』28号に目を通す。
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菅野昭正先生の連載第一回の通読+ファイル修正をつづける。ここまでで15ページ分。
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『図書』8月号に目を通す。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIVの詩論時評のつづき~。『走都』の鮎川信夫論についての言及あり。

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2020年8月 3日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/3

齋藤雅俊さんより『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』初校校正もどる。~赤字は少ないが、1行あけの箇所がかなりあり、傍注もふくめて移動がになり、ややこしいので再校をとることに。~齋藤さんに返信E-mailでゲラ受取り、データファイルの件その他の不明点につき、問合せ。~萩原印刷・金子さんにtel。いちおう要再校でもどすことにし、帰りに取りに来てもらう。
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中島浩さんよりE-mailで四六判のサイズの確認。『自己責任という暴力――コロナ禍にみる日本という国の怖さ』のデザインは進めてくれている由。~返信E-mailで連絡。~中島さんより再E-mailで、あすには見せられる由。~のち、E-mailで装幀案とどく。斬新。~中島さんに返信E-mailで、これですすめてほしいと返事。
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湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社選書メチエ) の第IV章の2節~4節を読む。第IV章、終り。贈与、サクリファイスの不可能性とそれゆえの可能性。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIIIのレヴュー集のつづき~IVの時評の途中。

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2020年8月 2日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/2

チチャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の「第十章 象徴場」のつづき~終り。《詩と散文との対立のかわりに、言語の象徴的用法と喚情的用法との対立をもちいるがよい。》(312ページ)というだけで、それ以上の展開はない。これで本文、読了。あとは付録など。
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岬多可子詩集『あかるい水になるように』通読。小さな虫や動植物、季節の動きのなかでひっそりと変化する土や水などに細微な神経を通わせる静かな境地のなかになにか不穏な情を通わせているような世界。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIIIのレヴュー集のつづき~。
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湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社選書メチエ) の第IV章の1節をを読む。

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2020年8月 1日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/8/1

上村忠男さんより返信E-mailで『季刊 未来』秋号の「《独学の思想12》大学行政への関与」の初校修正の連絡。
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一色真理さんよりE-mailで『詩と思想』の「名詩集発掘」というページで『純粋病』を取り上げることになり、依頼される。10月20日締切。~返信E-mailで承諾。
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代々木ゼミナールより著作権使用許諾の申請書。『季刊 未来』春号の「隠喩の暴力性――言語隠喩論」から3ページ分を模擬試験の問題文に使いたい由。回答書に承認の記入。
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中井絵美詩集『タンサンのパンケーキ』通読。岩手県奥州市の未知の詩人だが、まだ若い感性が静かに成熟へ向かっているような、自然さがめずらしい。
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湯浅博雄『贈与の系譜学』(講談社選書メチエ) の第III章を読む。
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宗近真一郎『詩は戦っている。誰もそれを知らない。』のIIIのレヴュー集のはじめ~。
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チャールズ・K・オグデン/アイヴァー・A・リチャーズ『意味の意味』(叢書名著の復興)の「第十章 象徴場」のつづき~。

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