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2020年5月

2020年5月31日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/31

イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の「付録 目的論的判断力の方法論」の83節~84節を読む。
《人間の現実的存在は、それ自身のうちに最高の目的を含んでいる。そして彼は自分のカの及ぷ限り全自然をこの最高目的に従わせることができる、或は少くともかかる目的に反して、彼自身を自然の影響に従わせることは断じて許されないのである、もし世界における物が、いずれもその実在に関して依存的存在者であるところから、目的に従ってはたらくような最高の原因を必要とするならば、人間こそ創造の究極目的である。人間が存在しないと、順次にいっそう高い目的に従属する目的の系列は、決して完結され得ないだろう。》(142ページ)
   *
上村忠男さんよりE-mailで『週刊読書人』で八重洋一郎の詩について書いた文のPDFを送ってくれ、との連絡。2月14日号の書評「石垣島と詩の闘い――鹿野政直『八重洋一郎を辿る――いのちから衝く歴史と文明』」のことと思われるので、PDF化して返信E-mailで送る。
   *
『飾画』123号に目を通す。高橋玖未子さんがエッセイで野沢啓の論について触れている。〈詩をなぜ書くか。なぜ詩でなければならないか〉と。あまりにリゴリスティックに見えるのかも。つづけて『青い花』第四次94号に目を通す。ここでも高橋さんが『単独者鮎川信夫』の書評を書いている。内容紹介をかねで的確にポイントを押さえてくれている。
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時枝誠記『国語学原論 (下)――言語過程説の成立とその展開』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第五章 敬語論」の二節のイ項の途中~ロ項、三節〜四節。第五章、読了。
   *
埴谷雄高『死霊』の「四章 霧のなかで」のつづき~。

 

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2020年5月30日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/30

イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の「付録 目的論的判断力の方法論」の81節~82節。
   *
時枝誠記『国語学原論 (下)――言語過程説の成立とその展開』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第四章 意味論」の二節の途中~三節。~「第五章 敬語論」の一節~二節のイ項の途中。どうも敬語と丁寧語にすぎないものが分別されていない気がする。
   *
埴谷雄高『死霊』の「四章 霧のなかで」のはじめ~。
   *
『現代詩手帖』6月号にざっと目を通す。新鋭詩人特集と石原吉郎の新資料としての質問詩とアンケート回答が何人か。

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2020年5月29日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/29

仲里効さんよりE-mailで論集のあとがきの必要ありかの打診、転載許可の件、など。~論集の仮ゲラ修正もどる。~仲里さんにtel。あとがき2ページ、転載許可の必要なところ5件、タイトルはいちおう『遊撃とボーダー――沖縄68年世代の思想的ラディカリズム』で確定。~テキストを連結し、目次、扉などを付けて全文テキストを作成。ポイエーシス叢書18行形式で320ページになる。
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『図書』6月号に目を通す。船曳建夫さんが「加藤典洋さん」という奇妙な文章を書いている。東大闘争の個人的終結宣言への加藤のこだわりにたいするこだわりがおもしろい。
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時枝誠記『国語学原論 (下)――言語過程説の成立とその展開』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第三章 文法論」〔承前〕の四節のニ項を読む。第三章、終り。つづけて「第四章 意味論」の一節~二節の途中。
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埴谷雄高『死霊』の「三章 屋根裏部屋」のつづき~。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の「付録 目的論的判断力の方法論」の79節~80節。

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2020年5月28日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/28

ポーランド・ホロコースト論集のヤン・ブウォンスキ(小原雅俊訳)「哀れなポーランド人がゲットーを見つめている」の高橋君修正のファイルのチェックと追加修正、スミ。とりあえず52字×19行で仮ゲラ印刷24ページ。
   *
黒川検事長問題。自衛隊員の賭け麻雀でさえ停職処分なら、このひとは免職処分があたりまえ。6700万の退職金も役満(テンピンで32000円相当)2000回超の振込みでパアとなる計算だ。マカオまでひまさえあればギャンブル出張していたほどのマニアだから天罰というところだろう。この黒川を強引に推した安倍はいよいよ終りだ。
   *
萩原印刷・金子さんよりE-mailで『季刊 未来』夏号の仲里効「残余の夢、夢の回流3――松島朝義の『乗り越えの論理』」と「執筆者紹介+編集後記」の初校PDFとどく。それぞれ印刷。仲里さんはピッタリ。「執筆者紹介+編集後記」は従来通りの組み方だったので、すこし余るので加筆。
   *
仲里効さんよりE-mailで論集の新しい目次構成とどく。タイトル案を構想。~仲里さんにtel。とりあえずの書名案として『遊撃と(思想の)ボーダー――沖縄68年世代の批評(または思想)的ラジカリズム』としてみる。『季刊 未来』の初校をE-mailで送付。
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きょう届いた『週刊読書人』5月29日号に『デュラス×ミッテラン対談集 パリ6区デュパン街の郵便局』の書評(陣野俊史評)掲載。ソツのない批評だ。
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読売新聞より「読売人物データベース」登録データ表とどく。去年のデータを記入して返信。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の77節~78節。第二篇の本文、終り。残すは「付論」のみ。
   *
埴谷雄高『死霊』の「三章 屋根裏部屋」のつづき~。
   *
時枝誠記『国語学原論 (下)――言語過程説の成立とその展開』(岩波文庫) 読みはじめる。「第二篇 各論」の「第三章 文法論」〔承前〕の三節~四節のイ項~ハ項を読む。
《文が思想の表現であり、思想は……客体界と主体との結合した体験にあるとするならば、文は即ち詞と辞との結合に於いて表現されるといい得るであろう。》(49頁)

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2020年5月27日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/27

きょう届いた『詩と思想』6月号に日本詩人クラブ詩界賞の「受賞の言葉」掲載。あたりさわりのないことを書いたものだ。関心のあるところをざっと読む。
   *
時枝誠記『国語学原論 (上)』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第三章 文法論」の二節のニの途中~ヘを読む。二節、終り。このあたり専門的すぎて難解。これで上巻、読了。あすから下巻へ。
   *
埴谷雄高『死霊』の「三章 屋根裏部屋」のつづき~。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の74節~76節。

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2020年5月26日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/26

きょうから都の「緊急事態宣言」解除。世の中はこれで一斉に動き出すとも思えないが、わたしのように1年以上テレワーク状態の人間にとってはよくわからない。まあ、世の中の人間も安倍政権なんか信用していないからみずから警戒するだろう。もっともいまだに29%も安倍を支持するひとが残っているこの国の人間もどうかね。たんに保身と小心だけじゃないの。
   *
きのう仮ゲラ校正を終えた『季刊 未来』夏号の仲里効「残余の夢、夢の回流3――松島朝義の『乗り越えの論理』」のPDF化。データとともに萩原印刷・金子さんにE-mailで送付。入校へ。
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『季刊 未来』夏号の広告ページをできるところまで作成。さらに「執筆者紹介+編集後記」ページを作成&印刷。~この原稿もとりあえず萩原印刷・金子さんにE-mail送付で入校。
   *
『東北女子大学 紀要』58号別冊の藤田晴央「エーリヒ・ケストナー~叙情を核心に抱いた反骨精神」を読む。ナチス時代を生きた詩人・児童文学者の軌跡をよくとらえている。
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埴谷雄高『死霊』の「三章 屋根裏部屋」のはじめ~。
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時枝誠記『国語学原論 (上)』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第三章 文法論」の一節、二節の途中まで読む。

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2020年5月25日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/25

ポーランド・ホロコースト論集の加藤有子「『日本におけるホロコーストの受容と第二次世界大戦の記憶――〈ヒロシマ、アウシュヴィッツ〉の平和主義言説」の原稿通読+チェック、23枚、スミ。この論文はとてもいい。PDF化。加藤有子さんにE-mail添付で送付。書名のこと、など。
   *
仲里効さんより戻った『季刊 未来』夏号の「残余の夢、夢の回流3――松島朝義の『乗り越えの論理』」の仮ゲラの赤字をファイル修正。2行減っただけ。~仲里さんにtel入れ。折り返しtelあり。加藤尚武著作集関連の文章の都合でこのまま9ページでいくか微妙。後ろにまわすこともあり。
   *
きょう宮内憲夫さんから届いた『時刻表』7号に目を通す。『単独者鮎川信夫』を読んでいる由。たかとう匡子編集誌。
   *
時枝誠記『国語学原論 (上)』(岩波文庫) の「第二篇 各論」の「第一章 音声論」~「第二章 文字論」を読む。
   *
埴谷雄高『死霊』の「二章 『死の理論』」のつづき~二章、終り。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の71節~73節。

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2020年5月24日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/24

『一冊の本』5月号に目を通す。
   *
埴谷雄高『死霊』の「二章 『死の理論』」のつづき~。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第一篇 目的論的判断力の分析論」の68節を読む。第一篇、終り。つづけて「第二篇 目的論的判断力の弁証論」の69節~70節。
   *
時枝誠記『国語学原論 (上)』(岩波文庫) の「第一篇 総論」の五節の途中~十二節。第一篇、読了。

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2020年5月23日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/23

イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) の「第二部 目的論的判断力の批判」の「第一篇 目的論的判断力の分析論」の64節~67節を読む。
   *
埴谷雄高『死霊』の「二章 『死の理論』」のつづき~。
   *
時枝誠記『国語学原論 (上)』(岩波文庫) 読みはじめる。「序」~「第一篇 総論」の一節~五節の途中。
《言語過程説というのは、言語の本質を心的過程と見る言語本質観の理論的構成であって、それは構成主義的言語本質観或は言語実体観に対立するものであり、言語を、専ら言語主体がその心的過程を外部に表現する過程と、その形式に於いて把握しようとするものである。》(序の冒頭、9頁)
 さらに「言語に対する主体的立場と観察的立場」という視点は言語隠喩論にとって本質的な問題である。

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2020年5月22日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/22

ポーランド・ホロコースト論集のピョートル・フォレツキ「『正義の人』のポーランド共和国――ホロコースト期におけるユダヤ人救済をめぐる言説の構造と機能」の原稿通読+チェック、23枚、スミ。きのう終わった東琢磨論文とあわせてPDF化。加藤有子さんにE-mail添付で送付。~加藤さんより受取りの返信E-mail。
   *
高橋君に『季刊 未来』夏号の書物復権広告のページ用の原稿整理を頼む。~テキストデータを受取り。確認と修正をして、書物復権2020ロゴとともに萩原印刷・金子さんにE-mailで送付。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第二篇 美学的判断力の弁証論」の55節~60節を読む。訳者の「あとがき」も読み、読了。ゲーテのこの本への評価はさもありなん、という気がする。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (下)』(岩波文庫) をつづけて読みはじめる。「第二部 目的論的判断力の批判」の61節~「第一篇 目的論的判断力の分析論」の62節~63節。
   *
埴谷雄高『死霊』の「二章 『死の理論』」のつづき~。

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2020年5月21日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/21

ポーランド・ホロコースト論集の東琢磨「『ヒロシマ』というシンボルを再考する」の原稿通読+チェック、スミ。
   *
日本現代詩人会より「第2次選考委員会の延期の現状について」という書状がとどく。現代詩人賞、H氏賞の候補者に出されたもの。8-9月ごろの選考、それがだめなら9-10月ごろに書面選考、授賞式と表彰は次年度の詩祭にて同時におこなう予定、と。
   *
きょうとどいた『多島海』37号に目を通す。江口節編集誌。江口さんが第二次『走都』4号の「世界という隠喩」から引用してくれている。
   *
埴谷雄高『死霊』の「二章 『死の理論』」のはじめ~。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「V 言語における人間」の「分析哲学とことば」~「VI 語彙と文か」の「再構成における意味論上の諸問題」「婉曲語法:昔と今」「印欧語彙における贈与と交換」を読む。監訳者の「あとがき」も読み、読了。世界じゅうの言語が対象になるだけにかなり厳しかった。

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2020年5月20日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/20

きのう仲里効さんよりE-mailで『季刊 未来』夏号の原稿「残余の夢、夢の回流3――松島朝義の〈帰還と脱出〉」とどく。~印刷+テキスト処理+通読+ファイル修正、スミ。8ページを3/4ページ分もオーバー。仮ゲラを印刷、PDF化して仲里さんにE-mailで送付。
   *
『gaga』20号に目を通す。戸谷崗編集誌。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の54節を読む。第二章、第一篇、読了。
   *
埴谷雄高『死霊』の「一章 癲狂院にて」のつづき~終り。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「V 言語における人間」の「代名詞の性質」「ことばにおける主体性について」を読む。

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2020年5月19日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/19

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の51節~53節を読む。
《_¨詩¨_は、構想力の自由な遊びをあたかも悟性の仕事であるかのように営む芸術である。》(280-281ページ)
《詩人は、ほとんど何ごとも約束せずに、観念の単なる遊びを標榜するだけであるが、しかしまた何か或ること――換言すれば、遊びつつ悟性に営養を給し、また構想力を用いて悟性の概念に生気を与えるという仕事を成就するのである。》(282ページ)
《およそ一切の芸術のうちで、最高の地位を占めるものは_¨詩¨_である(詩はその発生をほとんどまったく天才にまつものであり、また指定や実例の指導を蒙ることを最も好まぬ芸術である)。詩は心を開張する、この芸術は構想力を自由に遊ばせ、また与えられた概念の埒内で、この概念と合致する無限に多様な可能的形式のなかから、或る種の形式――換言すればこの概念の表示を、言語によってはとうてい完全に表現せられ得ないほど豊富な思想と結びつけるような形式を抽出し、こうして自分自身を理念にまで高めるのである。》(290ページ)
 現代詩人はこのカントの絶賛に悪乗りしないようにしなければならない。
   *
『兆』186号に目を通す。林嗣夫発行。
   *
「言語隠喩論」4章の読みなおしとさらなる加筆。45枚ほどになる。『季刊 未来』の書式に流し込んでみると11ページ半か。広告をくわえて12ページにする?
   *
『CROSS ROAD』15号を一気に読む。北川朱実個人誌。このひとのエッセイは洒落ていて秀抜だ。マイルス・デヴィスの好きな曲がすべて一致する。
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エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「V 言語における人間」の「動詞における人称関係の構造」「フランス語動詞における時称の関係」を読む。
   *
埴谷雄高『死霊』の「一章 癲狂院にて」のつづき~。

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2020年5月18日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/18

萩原印刷へ。小林康夫『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』見本14冊、受取り。~昼すぎ、未來社流通センターへ。見本10冊渡し。そのうち2冊を著者に見本として送付。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「IV 統辞機能」の「《be》動詞と《have》動詞の言語機能」を読む。印欧語の細かい説明はむずかしい。
   *
埴谷雄高『死霊』の「一章 癲狂院にて」のつづき~。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の49節~50節を読む。
《趣味は欠くことのできない条件(conditio sine qua non)として最も主要なものであり、美的技術としての芸術の判定においては、もっぱらこれに着目されねばならない。美にとっては、理念が豊富であり独創的であるということよりも、むしろ自由にはたらく構想力が悟性の合法則性に適合することのほうがいっそう必要なのである。構想力がいかに豊富であっても、そのはたらきが無法則的な自由であれば、それから生じるものは取るに足りない無意味なものでしかないが、これに反して判断力は、構想力を悟性に適合させる能力だからである。》(278ページ)
 カントにおいて〈趣味〉とは芸術の判定=判断力なのであり、芸術に必要なのは構想力、悟性、精神、趣味の四つとなるわけである。このあたりが『判断力批判』のカナメか。

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2020年5月17日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/17

エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「IV 統辞機能」の「名詞文について」の途中~終り。さらに「動詞の能動態と中動態」を読む。
   *
「言語隠喩論」4章の読みなおしと加筆。43枚になる。これだと『季刊 未来』で11ページ分になってしまうので、ここでいったん切り上げ。そのまま5章へ進むことに。
   *
埴谷雄高『死霊』ようやく読みはじめる。「自序」「新版への自序」「最新版への自序」~「一」のはじめ~。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の45節~48節を読む。
《芸術は、我々がこれを人工であると知りながら、それにも拘らず我々に自然であるかのように見える場合にのみ美と称せられるのである。》(254ページ)

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2020年5月16日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/16

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の41節~43節を読む。
   *
神田さよ詩集『海のほつれ』通読。初めて読む同世代詩人。関西在住。東日本大震災、阪神神戸大震災、辺野古の埋立てなどを想像の起点に夢魔的なイメージを広げていく。
   *
La Sainte Bible でLe Le+'vitique(レビ記)の4章(Les sacrifices d'expiation 贖罪の捧げ物。罪を犯した者の贖罪の方法規定)を読む。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「III 構造と分析」の「言語の分類」「言語分析のレベル」を読む。このあたりまで言語の記号分析でおもしろくなかったが、最後にようやくディスクールの言語学の話になる。
《文は無際限の創造、限界のない多様性であって、活動していることばの生命そのものである。このことからわれわれは、文を最後として記号体系としての言語の領域に決別して、他の世界、話【わ】discoursをその表現とする、コミュニケーションの道具としての言語の世界に入るとの結論を得る。》(140ページ)
 それにしてもディスクールを「話」と訳すのはいただけない。いまなら「言説」または「言述」とするところだろう。ヤコブソン『一般言語学』では「談話」と訳されていて、もっとひどかったが。
   *
「権威」という詩ができる。まえからの書きかけの一篇をとりあえず「本」として仕上げる。

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2020年5月15日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/15

ポーランド・ホロコースト論集のヤツェク・レオチャク「カトリック・ナショナリズムから見たポーランドのユダヤ人大虐殺の記憶」の原稿通読+チェック、11枚分、スミ。赤字原稿のPDF化。既読の西成彦氏、バルバラ・エンゲルキングの分もPDF化し、あわせて加藤有子さんにE-mail添付で送る。20MBもあるので、届くかどうか。
   *
萩原印刷・金子さんよりE-mailで『季刊 未来』夏号の上村忠男《独学の思想》の「11 《沖縄の記憶/日本の歴史》プロジェクト」初校PDFとどく。広告なしで12行ほど余る。~上村忠男さんにE-mailで送付。
   *
福田恒昭詩集『よるのくに』通読。「GATE」同人。50歳で最初の詩集。生と死、恋とさまざまな別れ、〈ここがここであることの/必然性をかすめて過ぎる〉(「自転車旅行主義」)詩人の生きざまが全篇にあふれている。
   *
『月刊百科』1998年2月号(網野善彦特集)に目を通す。
   *
La Sainte Bible でLe Le+'vitique(レビ記)の3章(Les sacrifices d'action de gra^ces 感謝の祈りの捧げ物規定)を読む。しつこい繰り返し。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「II コミュニケーション」の「フロイトの発見におけることばの機能についての考察」~「III 構造と分析」の「言語学における《構造》」を読む。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の38節、注、39節~40節を読む。

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2020年5月14日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/14

ポーランド・ホロコースト論集のバルバラ・エンゲルキング「『戸を叩く道義的問題』――ユダヤ人大虐殺に対するポーランド人の姿勢」の原稿通読+チェック、17枚分、スミ。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』の「I 言語学の変換」の「ソシュール没後半世紀」を読む。ソシュールを言語学の祖とするオマージュ。さらに「II コミュニケーション」の「言語記号の性質」を読む。この初期の論文では記号の恣意性について批判的である。つづけて「動物のコミュニケーションと人間のことば」を読む。蜜蜂の仲間とのコミュニケーション。「思考の範疇と言語の範疇」も読む。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「純粋な美学的反省判断の演繹」の30節~37節。
《趣味判断は、_¨自由にはたらく¨_構想力と_¨合法則性¨_を有する悟性とが互いに生気を与え合っているという単なる感覚に基づいていなければならない、したがってまた対象を一方では表象(それによって我々に対象が与えられるところの)の合目的性に従い、また他方では自由な遊びの状態にある認識能力の促進を目安として判定させるような感情に基づくものでなければならない》(221ページ、強調はカント)

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2020年5月13日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/13

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「美学的反省判断の解明に対する総注」のつづき~終り。
   *
『季刊 未来』夏号の上村忠男連載《独学の思想》の「11 《沖縄の記憶/日本の歴史》プロジェクト」の原稿印刷~テキスト処理+通読+ファイル修正。12ページ弱でスミ。仮ゲラ印刷をしてPDF化。原稿データとともに萩原印刷・金子さんにE-mailで送付。
   *
エミール・バンヴェニスト『一般言語学の諸問題』再読はじめる。「はしがき」~「I 言語学の変換」の「一般言語学の最近の傾向」「言語学の発展を顧みて」を読む。

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2020年5月12日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/12

早寝早起きで4時まえから読書。
   *
『丸山眞男手帖』4号の講演「一九五〇年前後の平和問題」のつづき、その舞台裏を元『世界』編集者の緑川亨が書いているのも読む。丸山が全共闘の「専門馬鹿」批判を受けとめるべき発言を二度にわたって発言しているのが、いまさらながらおもしろい。
   *
『続・石原吉郎詩集』(現代詩文庫) 読みつぐ~読了。詩篇の残りと詩人論・作品論で吉本隆明・鮎川信夫対談、大野新の石原論を読む。
   *
ポーランド・ホロコースト論集の西成彦「処刑人、犠牲者、傍観者――三つのジェノサイドの現場で」の原稿通読+チェック、再開。15ページ分でスミ。
   *
「言語隠喩論」4章の石原吉郎についての項にすこし加筆。ここまでで36. 6枚。
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『i feel』3号(装幀特集号)に目を通す。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の第五部の「言語学と隣接諸科学」を読む。これはフランス語原書にはないもの。言語学と隣接諸科学との関連の最新情報。これで読了。

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2020年5月11日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/11

『丸山眞男手帖』4号の講演「一九五〇年前後の平和問題」の途中まで読む。
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小林康夫さんにE-mailで『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』が5月18日見本ということを知らせる。代送があればリストを早めに。『若い人のための10冊の本』のお礼も。~返信E-mailで近況いろいろ。

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2020年5月10日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/10

きのう書いた「言語隠喩論」4章の石原吉郎についての項を読み直し、加筆と修正して印刷。ここまでで29枚弱。
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『ミて』150号に目を通す。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「第三部 文法」の「転換子と動詞範疇とロシア語動詞」「文法的意味についてのボーアズの見解」を読む。
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『続・石原吉郎詩集』(現代詩文庫) 読みつぐ。

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2020年5月 9日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/9

『石原吉郎詩集』(現代詩文庫) 再読つづける。詩篇、終り。後半の詩は初期のものより求心力がはるかに落ちてくるのがわかる。つづけて『続・石原吉郎詩集』(現代詩文庫) も読みはじめる。
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『愛敬浩一詩集』(新・日本現代詩文庫) のエッセイの残り、解説、年譜を読み、このほぼ同時刊行2冊目の文庫も読了。愛敬はこの4月にあいついで現代詩人文庫(砂子屋書房)と新・日本現代詩文庫(土曜美術社出版販売)から『愛敬浩一詩集』を刊行した。昨年4月にも自選詩集『真昼に』(詩的現代叢書)を刊行している。書名もまぎらわしいが、直近二冊の「文庫」では重複は避けられている。さて、これまでわたしは愛敬のさほどいい読者ではなかったが、今回あらためてその批評の力、問題意識にはなみなみならぬものを感じた。~この間の感想をまとめて「『走都』書評欄」に追加1枚分。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「第二部 音韻論」の「張りと緩み」~「第三部 文法」の「言語の音素的相と文法的相との相互関係」を読む。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「美学的反省判断の解明に対する総注」のはじめ~。
《崇高とは、(自然における)或る種の対象――即ち_¨その表象が到達せられ得ないような自然を理念の表示と思いなすように我々の心意識を規定する対象のことである¨_》(186ページ、強調は原文)
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「言語隠喩論」4章の石原吉郎についての項を朝まで一気に20枚ほど書く。ひさびさの爆発。

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2020年5月 8日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/8

「みすず」5月号に目を通す。
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『愛敬浩一詩集』(新・日本現代詩文庫) 読みはじめる。未収録詩篇、エッセイの途中まで。群馬の詩人たちについての評論が中心で丹念に論じている。
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『石原吉郎詩集』(現代詩文庫) 再読つづける。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「第二部 音韻論」の「音韻論と音声学」の途中~終り。

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2020年5月 7日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/7

仲里効さんにtel。先日送った論集の仮ゲラは無事とどいている由。今月いっぱいで戻してもらう。論文の取捨選択、配列、書名をそのさいに決定する。ポイエーシス叢書に入れたいことも伝える。
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ポーランド・ホロコースト論集の西成彦「処刑人、犠牲者、傍観者――三つのジェノサイドの現場で」の原稿通読+チェック、つづき。1ページしか読めず。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「言語学と通信理論」の途中~終り。ここまでが「第一部 一般問題」。つづけて「第二部 音韻論」の「音韻論と音声学」の途中まで。これはかなり厄介だ。
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『愛敬浩一詩集』(現代詩人文庫) の詩論・エッセイで大橋政人論のつづき~終り。吉本隆明にかんするエッセイ、作品論・詩人論も読む。「暗喩の冬」テイク1~9も読み、読了。愛敬の詩も詩論も勢いがあるが、そのぶん饒舌に走る傾向が長所であり欠点かもしれない。とにかく筆力とパワーがある。同時に選集文庫を二冊出すというのもその現われだろう。
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きのう書きはじめた「言語隠喩論」の4章冒頭部分の追加修正をすこし。ばかげた隠喩類型論を批判する部分を補強。
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『石原吉郎詩集』(現代詩文庫) 再読はじめる。

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2020年5月 6日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/6

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「B 自然における力学的崇高について」の二八節、二九節を読む。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「類型学とその比較言語学への貢献」「翻訳の言語学的側面について」を読む。
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『愛敬浩一詩集』(現代詩人文庫) の詩論・エッセイで大橋政人論を読むが、これがなかなかおもしろい。
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「言語隠喩論」の4章を書きはじめる。エピグラフをふくめてとりあえず7枚半ほど。石原吉郎について言及しようとするところまで。

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2020年5月 5日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/5

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の「A 数学的崇高について」の二六節、二七節を読む。
《いかなる感性的基準も理性による量的判定に適合するものでないという我々の内的知覚が、そのまま理性の法則と一致するのである。かかる内的知覚は、確かに一種の不快である、しかしこの不快が、我々の超感性的本分の感情を我々のうちに喚起するのである。ところがまたこの超感性的本分に従うと、いっさいの感性的基準は理性理念に適合しうるものでない、と知ることが即ち合目的であり、したがってまた快なのである。》(168ページ)
 つまり、自然の崇高さの巨大さが通常の理性理念を超えて超感性的な感情に触れると不快であり、なおかつこの不快さが理性理念の合目的性に適合することにおいて快に転ずる、ということになる。
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小林康夫『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書) の第3部第9章の途中~第10章、おわりに、ほかを読み、読了。送るという予告を受けながらいつまでも届かないので著者に催促して送ってもらった本。みずから「道化本」というが、なかなかどうして若い読者への懇切丁寧な読書のすすめになっていて、みずからの体験を織りまぜながら、本への愛着を語っている。編集者の依頼にもよるのだろうし、テーマがテーマだから、いまの時代、若い読者を開発するにはこういった道化的パフォーマンスが必要なのかもしれないが、文体もポップ調で軽いし、わたしなどには恥ずかしくてとうていできない。しかし、長年にわたって東大表象文化論の「看板」教授という立場をベースに、〈知的アクティヴィスト〉を標榜してきた著者ならではのサーヴィス精神がぎりぎりの矜持をもって想定した若い読者への対面をはたしているのはさすが。人生の節目節目における軌跡とともに読書遍歴の知らなかった側面をいろいろ見せてもらった。
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石井宏紀詩集『聖堂』通読。未知の詩人で高齢で書いたらしい詩集。行間に亡き妻への思いが漂うが、単純な哀悼詩集ではない。外部風景を心象としてとらえかえず手法はどこか深い共感を誘うものがある。
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書きかけのままだった詩「師匠」をカントのことばを補って完成する。つぎの『走都』に掲載するか。
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ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』の「言語学と詩学」の途中~終り。
《詩的機能は等価の原理を選択の軸から結合の軸へ投影する。》(194ページ)
ヤコブソンの詩的言語論の公式。この講演の最後でヤコブソンは言語学のなかで詩学をおおいに顕彰している。
《言語学の詩学を抱擁する能力をいまだに疑う批評家があるとしたら、それは一部の偏屈な言語学者の詩に対する無能力を言語科学自体の不適性と誤認したためだと私は密かに信ずる者である。しかし、ここに会合したわれわれ一同は、言語の詩的機能に聞く耳をもたない言語学者も、言語学的問題に無関心で言語学の方法に不案内な文学研究者も、ともにはなはだしい時代錯誤の代物であることを明確に了解する者である。》(221ページ)
 そのまえに、或る宣教師がアフリカの信徒たちに裸で歩き回ることをとがめたときに、この信徒たちが宣教師の顔を指して裸の部分があると言い返し、宣教師が顔だと抗弁すると、自分たちの裸はからだ全部が顔なんだ、と反論したどこかで読んだエピソードが出てくる。

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思考のポイエーシス・日録篇2020/5/4

ロマーン・ヤーコブソン『一般言語学』再読はじめる。訳者の「まえがき」、「人類学者・言語学者会議の成果」、「言語の二つの面と失語症の二つのタイプ」を読む。
《失語症性障害のすべての形式が、選択と代置の能力か、あるいは結合と結構の能力かの、多少ともひどい損傷に存する。前者はメタ言語的操作の退化を来たし、後者は言語単位の階層を維持する能力を損なう。相似性の関係が前者の、隣接性の関係が後者の型の失語症で抑止される。隠喩は相似性の異常と、換喩は隣接性の異常と、相容れない。》(39ページ)
《詩には隠喩、散文には換喩というのが、最少抵抗の線であり、その結果、詩の譬喩の研究は主として隠喩に向けられる。》(44ページ)
 さらに「言語学と詩学」の途中まで。
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小林康夫『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書) の第2部第7章、間奏曲3、第3部第8章を読む。

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2020年5月 3日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/3

『UP』5月号に目を通す。
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La Sainte Bible でLe Le+'vitique(レビ記)の2章(Les offrandes主への捧げ物規定)を読む。
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アリストテレース/ホラーティウス『詩学/詩論』(岩波文庫) の『詩学』の再読つづき。第一七章~第二六章。これで読了。いよいよ言語隠喩論の新しい章の準備に入れる。
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折原浩さんからE-mail。『マックス・ヴェーバー研究総括』途中稿、添付。近況いろいろと12月20日に「マックス・ヴェーバー没後百年シンポジウム」が計画されているとのことで、それまでに『東大闘争総括――戦後責任・ヴェーバー研究・現場実践』の姉妹篇として刊行したいとのこと。8月に脱稿予定。~Wordで取り込み、はじめのほうを印刷して読む。意外に短いが、これでいいのかな。~折原さんにtel入れ。いろいろ話を聞く。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第二章 崇高の分析論」の二三節~二四節、「A 数学的崇高について」の二五節を読む。
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小林康夫『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書) の第2部の間奏曲2、第5章~第6章、を読む。

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2020年5月 2日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/2

イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第一章 美の分析論」の一八節~二二節を読む。ここまでが「趣味判断の第四様式――対象に対する適意の『様態』」。さらに「分析論第一章に対する総注」も読む。円や正方形などの規則正しい形態への美学的判断は概念を生むが、退屈であり、多様性のほうが構想力の自由にとってより美学的な趣味判断となる、といったことを言わんとしているようで、イギリス式庭園とかバロック趣味が挙げられる。第一章、終り。
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たかとう匡子詩集『耳凪ぎ目凪ぎ』通読。老境のなかで肉体の軋みをかかえ、ふと蘇る阪神神戸大震災の記憶といまも残る体感はやはり経験のないひとでないとわからないかもしれない。生きることの切実さがひしひしと迫る。
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杉本真維子さんより手紙と「東京新聞」3月7日号夕刊の「杉本真維子のあくまで、詩」のコピーを送ってくれる。「北海道新聞」のものと同じ内容。こちらが元になっていたようだ。
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小林康夫『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書) の第1部第3章~第4章、間奏曲1を読む。第1部、終り。小林康夫はここで徹底的に教師であり、啓蒙家であることが判明する。
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アリストテレース/ホラーティウス『詩学/詩論』(岩波文庫) の『詩学』の再読はじめる。第一章~第一六章。本文以上のページ数のある詳細な訳注が便利だが、進まない。

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2020年5月 1日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/5/1

『季刊びーぐる 詩の海へ』48号用の「長谷川龍生という方法――言語隠喩論・番外篇」の最終加筆。~細見和之さん(または山田兼士さん?)あてにE-mail添付で送付。
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ポーランド・ホロコースト論集の西成彦「処刑人、犠牲者、傍観者――三つのジェノサイドの現場で」の原稿通読+チェック、はじめる。最初の3枚分。
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アリストテレス『弁論術』(岩波文庫) の第三巻の再読つづき。第一〇章~第一九章を読み、読了。この巻は弁論の展開をその表現技術、表現する場所などについて論じており、詩学的にはあまり得るところはないのを確認した。
《比喩は、なによりも特に、明瞭さと快さと斬新さを文章に与えるものであり、しかも、それは他の人から学ぶことのできないものなのである。》(312ページ)
と『詩学』で言っていることを再度強調したぐらいである。
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小林康夫『若い人のための10冊の本』(ちくまプリマー新書) 読みはじめる。「はじめに」~第1部第2章。

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