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2020年4月

2020年4月30日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/30

『潮流詩派』261号に目を通す。石毛拓郎の魯迅論ほか。『アリゼ』196号にも目を通す。
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きのう書いた『季刊びーぐる 詩の海へ』48号用の長谷川龍生論を読み直し、加筆。タイトルは「長谷川龍生という方法――言語隠喩論・番外篇」に変更。ファイルを修正。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第一章 美の分析論」の一五節~一七節を読む。この一七節「美の理想について」はきわめて重要だ。
《_¨理想¨_は、理念に完全に適合すると見なされるような個別的存在者の表象を意味する。ところで趣味のかかる原型は、最高のものという不定な理性理念に基づきはするが、しかし概念によって表示されるのではなくて個別的にのみ表現されるのである。それだからこのような原型は、美の理想と呼ばれるほうが適切である。……美の理想は、とりもなおさず構想力の理想にほかならない。この理想は概念に基づくのではなくて、表現に依拠するものだからである、そしてかかる表現の能力がすなわち構想力なのである。》(121-122ページ)
 ここまでが「趣味判断の第三様式――趣味判断において考察される目的の『関係』」。
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アリストテレス『弁論術』(岩波文庫) の第三巻の再読はじめる。第一章~第九章を読む。

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2020年4月29日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/29

『季刊びーぐる 詩の海へ』に頼まれた長谷川龍生論をとりあえず書く。12. 5枚。タイトルは「長谷川龍生というスタイル――言語隠喩論・番外篇」とするが凡庸かな。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第一章 美の分析論」の一〇節~一四節を読む。
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『現代詩手帖』5月号、読みつぐ。〜終り。湾岸戦争詩論争をめぐる討論はなかなかよかった。

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2020年4月28日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/28

仲里効論集の「作文と歌と欲望された〈日本〉――沖縄戦後世代の模倣と鏡」の通読+ファイル追加修正のつづき、残り24ページ、スミ。これですべて読了。全部で310ページ。そのうちカット可能が47ページ。仮ゲラ印刷。~仲里さんにtel。仮ゲラを送る予定などいろいろ。~送付。
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ロラン・バルト『旧修辞学――便覧』再読つづき~了。付録の書誌も読み、読了。便利な修辞学史でもあるが、その後のヌーヴェル・レトリックの動きもあまり反映していない。
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『現代詩手帖』5月号、読みはじめる。

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2020年4月27日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/27

萩原印刷・金子さんよりtel。『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』のツキモノをバイク便で送るとのこと。~のち、届いたのを見る。確認すべきところがあり、濱浦恵美子さんにtel。修正することになり、金子さんに連絡して責了に。
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仲里効論集の高橋君がファイル修正ずみの「作文と歌と欲望された〈日本〉――沖縄戦後世代の模倣と鏡」の通読+ファイル追加修正、10ページ分。
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『新選 長谷川龍生詩集』(現代詩文庫) の詩篇の部、再読スミ。なかなか論じにくい詩人だ。
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ロラン・バルト『旧修辞学――便覧』再読はじめる。これは“Communications”16(レトリック特集号)で一挙掲載されたものでむかし読んでいる。邦訳は読んでなかったかもしれない。

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2020年4月26日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/26

久米博『隠喩論――思索と詩作のあいだ』再読つづける。第十一章「言語的創造としての隠喩」と「あとがき」を読み、読了。この本は久米にとっての総括的な書であるだけでなく、隠喩をめぐる議論、とりわけ哲学と詩作にとっての概括書になっていることをあらためて確認した。ただし、詩人としての論点は不在なのはいたしかたないが。ここから先がわたしの仕事だ。
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『歴程』610/611合併号に目を通す。最近はどういうわけか合併号ばかりだな。
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“Communications” 16(レトリック特集号)のGe+'rard Genette: La rhe+'torique restreinte(「制限されたレトリック」)を再読。
《詩的言語の、そして言語一般の本質的な隠喩性》(pp. 168-169) についての言及がある。
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『新選 長谷川龍生詩集』(現代詩文庫) 再読はじめる。

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2020年4月25日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/25

仲里効論集の高橋君がファイル修正ずみの「『無の造型』から〈虚数〉の海まで」の通読+ファイル追加修正の残り6ページ分、スミ。
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金堀則夫詩集『ひの石まつり』通読。ひさしぶりにこのベテラン詩人の詩集を読む。交野市星田というムラに長年住んできたらしく、三部立てのIはその習俗や祭り、IIはその歴史、IIIは土や農にかんするテーマを集めている。ことばや文字の蘊蓄はなかなかのもので、語根から文字の由来を探り、ときにはユーモアも交えながら、根深い風土の底にあるみずからの身体的振舞いをポエジーに昇華させていく。
〈からだのなかの/魂が火あぶりにされている/はげしいふいごの風に煽られ/心の芯が悲鳴となって燃え滾っている/まっ赤になったわたしが金敷【かなし】きにのせられ/うち叩かれ 火片が飛び散っている/パチ パチとはねているのか/バチ バチと鬼が云っているのか/トンチンカンと金槌でうつ激しいひびきで聞き取れない/わたしの裁きが始まっている〉(「非花【ひばな】の花根【かね】」冒頭)
――この詩人の内部にうずくまる情念がこうして詩のことばのかたちで排出されている。~この部分を「『走都』書評欄」に組み込む。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第一部 美の分析論」の六節~九節を読む。客観的普遍妥当性と一般的普遍妥当性というふたつの判断があり、美学的判断は後者にあたる。ここまでが「趣味判断の第二様式――その『分量』」。
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『長谷川龍生詩集』(現代詩文庫) 再読。詩篇の部、スミ。「虎」が使えるかも。
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久米博『隠喩論――思索と詩作のあいだ』再読つづける。第七章の途中~第十章を読む。
《隠喩は本来、言語によってつくりだされ、あくまで言語の中に含まれる。》(144ページ)
《詩的イメージは、詩人の魂の中、詩人のインスピレーションの中にではなく、詩の意味作用の中に宿っている。詩的イメージは、言語そのものによって創造される、言語の新しい_¨存在¨_なのである。詩的イメージは、再現的イメージより、純粋で、本質的である。》(152ページ)
 それにしてもリチャード・ローティが初期ハイデガーと後期ヴィトゲンシュタインを比較していたとは驚きだ。わが「隠喩の暴力性」と同じ構図だから。

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2020年4月24日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/24

江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の24節と「あとがき」を読み、読了。漱石が40歳で大学教員をやめて東京朝日新聞に入社するところまで。その後、未完のまま第五部まで出ているようだが、持っていない。
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仲里効論集の高橋君がファイル修正ずみの「この『在所』越えて――極私的に、存在了解的に」の通読+ファイル追加修正のつづき、5ページ分でスミ。さらに「『無の造型』から〈虚数〉の海まで」16ページ分。
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『季刊びーぐる 詩の海へ』47号に目を通す。
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加藤有子さんよりE-mailでポーランド・ホロコースト論集の修正原稿とどく。ブウォンスキ(小原訳)のPDF修正とトカルスカ=バキル(菅原訳)のWord修正の2本。~返信E-mailでこの感じでOKと返事。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「第一部 美学的判断力の批判」の「第一篇 美学的判断力の分析論」の「第一部 美の分析論」の一節~五節を読む。趣味判断=美学的判断について。快適、美、善がその分析対象となる。ここまでが「趣味判断の第一様式――『性質』」。
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久米博『隠喩論――思索と詩作のあいだ』再読つづき。第五章~第七章の途中。このあたり哲学的隠喩論がつづく。
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『長谷川龍生詩集』(現代詩文庫) 再読はじめる。ひさしぶりの長谷川龍生。龍生論の手がかりがつかめたかな。

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2020年4月23日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/23

萩原印刷・金子さん、来社。『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』の白焼き校了紙、引取り。書物復権2020の『イエス』『人類』『[新版]モーゼスおばあさんの絵の世界』のカバー色校、奥付・広告・著者略歴ページ、『モーゼス~』の口絵プルーフを持参。いずれも待ち校正で責了で戻す。
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『りんごの木』54号に目を通す。荒木寧子編集誌。『ひょうたん』70号にも目を通す。
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仲里効論集の高橋君がファイル修正ずみの「この『在所』越えて――極私的に、存在了解的に」の通読+ファイル追加修正、12ページ分。
   *
きょう届いた『季刊びーぐる 詩の海へ』47号のどういうわけか詩集時評のマクラで岩木誠一郎が「言語隠喩論」の最初の2回について触れている。こういうかたちで引用されるのはうれしい。
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イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「序論」のVIII節~IX節を読む。序論、終り。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の21節~23節を読む。
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久米博『隠喩論――思索と詩作のあいだ』再読はじめる。第一章~第四章を読む。この本にはだいぶお世話になっていることがあらためてわかる。

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2020年4月22日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/22

書物復権2020の3冊の奥付と広告ページ、訳者略歴の校正。責了に。『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』の白焼き、チェック。校了に。あす萩原印刷・金子さんに戻す。
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仲里効論集の「仲里効・孫歌往復書簡」のテキスト処理+通読+ファイル修正のつづき、18ページ分。この論文もスミ。
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第三次『ERA』14号に目を通す。川中子義勝編集発行誌。
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細見和之さんより『びーぐる 詩の海へ』48号の長谷川龍生特集号への寄稿依頼。メールが戻ってしまったとのことで郵送で届く。5月末までに「長谷川龍生の作品世界」をテーマとする論考5000字。5月末締切。5月10日までに諾否の返事。
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谷口孝男さんより頼んでいた『北海道新聞』4月2日号夕刊2部とどく。〈杉本真維子のあくまで、詩〉というコラムで『単独者鮎川信夫』が取り上げてくれる。《基本に立ち返ろうとする姿勢は初心者にも読みやすい》と。そうだったのか。
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日本詩人クラブの三賞担当理事・竹内さんよりtel。7月11日に予定していた詩界賞ほかの授賞式が再延期になったとの連絡。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) の「序論」のV節~VII節を読む。美学的判断は美(趣味判断)と崇高(精神的感情から生じた判断)に分かれる。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の19節~20節を読む。

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2020年4月21日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/21

『季刊 未来』夏号の加藤尚武著作集完結小特集への執筆依頼状を作成。返信用封筒を同封して3人に送付。
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萩原印刷・金子さんよりE-mailで『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』の見本は5月18日、19日納品との連絡。~さらに別E-mailで書物復権2020の復刊本3冊の奥付、広告ページ、等のPDFとどく。~印刷して確認。
   *
イマニュエル・カント『判断力批判 (上)』(岩波文庫) 読みはじめる。「序言」、「序論」のI~IV節。〈判断力〉とは悟性と理性とをつなぐ中間項である。
《哲学は、それぞれの原理に関してまったく相異なる二つの部門――即ち_¨自然哲学¨_としての理論的哲学と、_¨道徳哲学¨_としての実践的哲学(道徳哲学と呼ばれるところのものは、理性が自由概念に従って行なう実践的立法にほかならないから)とに区別されて然るべきである。》(22ページ)
つまり自然概念と自由概念とによる実践哲学が区別される、ということ。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の17節~18節を読む。

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2020年4月20日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/20

仲里効論集の「仲里効・孫歌往復書簡」のテキスト処理+通読+ファイル修正のつづき、5ページ分。
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アイヴァー・A・リチャーズ『新修辞学原論』の第5講「隠喩論」~第6講「隠喩の駆使」と訳者の「あとがき」を読み、読了。〈主意tenor〉と〈媒体vehicle〉の相互作用が基本的な概念構成。修辞学の20世紀的復活の原点になったことはわかる。
《ことばは、感覚や直観というかたちでは結合しえない経験の諸領域の集合点です。ことばは、自らを整理しようとする心の果てしない努力のあらわれである生長の機会であり、手段でもあるのです。これが、われわれが言語をもつ理由です。》(121ページ)
   *
石川清文歌集『ため息』通読。初めて読む歌人。故郷岩手の日常風景と性の謳歌のあいだに天皇制批判が入り込んでいて、ややごちゃごちゃ感がある。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の16節を読む。

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2020年4月19日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/19

『新・山形詩人』創刊号、通読。2号にも目を通す。高橋英司が再開した「高齢詩誌」。
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La Sainte Bible でLe Le+'vitique(レビ記)の1章(Les holocaustes鳥獣のホロコースト規定)を読む。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の13節~15節を読む。『坊つちやん』によって告白体を実現しえたこと。
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アイヴァー・A・リチャーズ『新修辞学原論』読みはじめる。第1講「序論」~第2講「談話の目的と脈絡の型」~第3講「ことばの相互影響」~第4講「ことばの規準」を読む。ここまでは隠喩論の前段。

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2020年4月18日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/18

Gmail送信の不具合つづく。~auメールを使って何人かにE-mailの送り直し。
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佐藤信夫『レトリック感覚――ことばは新しい視点をひらく』の「第4章 提喩」を読む。提喩を換喩よりも隠喩に近いものとする見解。
   *
小笠原眞『続・詩人のポケット――すこし私的な詩人論』の鈴木志郎康論、寺山修司論、あとがきを読む。
   *
江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の11節~12節を読む。

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2020年4月17日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/17

戸田事務所の濱浦さんよりE-mailで『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』の入校データをアップの連絡。~萩原印刷・金子さんに転送。
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ブックスタモリよりアマゾンで発注したI・A・リチャーズ『新修辞学原論』とどく。わりときれいで良心的だ。
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土曜美術社出版販売より「詩と思想」掲載予定の日本詩人クラブ詩界賞「受賞の言葉」のゲラとどく。~読み直し、訂正なし。
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小笠原眞『続・詩人のポケット――すこし私的な詩人論』読みはじめる。まずは小柳玲子論。詩の引用が多く、論というよりは紹介だが、素直に解釈していて読みやすい。ついで金井雄二論、八木幹夫論も読む。
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佐藤信夫『レトリック感覚――ことばは新しい視点をひらく』の「第2章 隠喩」~「第3章 換喩」を読む。

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2020年4月16日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/16

きょうは一日じゅう経理仕事。半年分のバランスシートの書類を作成。
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『八景』5号に目を通す。廿楽順治編集誌。
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佐藤信夫『レトリック感覚――ことばは新しい視点をひらく』再読はじめる。佐藤さんの文章自体がレトリカルでおもしろい。序章1~2、「第1章 直喩」まで。説得・弁論の技術、芸術的表現性のほかに、第三の役割としての〈発見的認識の造形〉の主張がなつかしい。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の9節~10節を読む。『吾輩は猫である』出版とともに流行作家漱石が誕生する。
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『現代思想』1998年1月号(ウィトゲンシュタイン特集)の飯田隆「言語とメタ言語」の付論、野矢茂樹「言語ゲームと言語ゲームの間」を読む。

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2020年4月15日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/15

書物復権2020の『[新版]モーゼスおばあさんの絵の世界』『人類』のスキャンをチェック。責了に。さらに『イエス』もふくめて3点の奥付と裏広告の原稿、作成&印刷。その間に萩原印刷・金子さんとE-mail&telでISBNコードの確認。金子さんに広告の原稿データをE-mailで送付。
   *
高橋君よりtel。あす午後か、あさってに必要があって来社。書物復権2020のオビの原稿を用意しておいてほしい、と。~復刊書3点のオビ(キャッチ、関連書)を作成。
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『文學界』4月号の伊藤比呂美+町田康の対談を読む。最後のほうで「朗読」についての町田の批判が痛快だった。
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『4B』18号に目を通す。中井ひさ子編集誌。
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6時すぎ、金子さん、来社。復刊本3冊の責了紙、奥付、広告のプリントを渡す。『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』白焼き、持参。
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江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の7節の途中~8節を読む。
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佐々木健一編『創造のレトリック』のハラルド・ヴァインリッヒ「隠喩の意味論」の再読。この論はあまりにも抽象的な分類論になっている。バーバラ・レオンダー「隠喩と幼児の認識」も再読。幼児の成長過程のなかに隠喩習得の初期段階をみようとする。幼児とは「おむつをつけた文芸評論家である」と。ただしここでは子ども=インファンスのなかにある者という認識はまだない。さらに編者解説「レトリックの蘇生」、「編者あとがき」も読んで、この本も終り。

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2020年4月14日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/14

アマゾンでI・A・リチャーズ『新修辞学原論』(レトリックの哲学)を古書で購入。やっぱり翻訳があったんだ。
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仲里効論集の「仲里効・孫歌往復書簡」のテキスト処理+通読+ファイル修正、13ページ分。
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加藤有子さんへのE-mailがエラーになっていることがわかる。添付が重すぎたのかな。~gigafile便でポーランド・ホロコースト論集の既読分4本を圧縮して加藤さんにE-mailで連絡。これも不慣れなので、うまくいったかよくわからず。
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佐々木健一編『創造のレトリック』のM・C・ビアズリー「隠喩のひねり」の再読、途中~終り。リクールが評価するほどおもしろくない。Twist(ひねり、ねじれ)というのはビアズリーの「葛藤理論」のキーワードのようだが、隠喩の内容的対立を調整する理論でしかない。
   *
谷内修三が『イリプス IInd』30号に書いた詩「底の割れない話」についての論評をいつものブログ「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」で八重洋一郎の詩とともに論評してくれている。よくわからないが、おもしろい。
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『文學界』4月号の鈴村和成「笑う桐野夏生」読む。40ページもある力作だが、桐野夏生を読んだこともないので、しんどかった。鈴村さんも変なものが好きだな。
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『現代思想』1998年1月号(ウィトゲンシュタイン特集)の飯田隆論文「言語とメタ言語」を読む。

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2020年4月13日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/13

ポーランド・ホロコースト論集のヤン・ブウォンスキ(小原雅俊訳)「哀れなポーランド人がゲットーを見つめている」の原稿を印刷+通読+チェック。15枚、スミ。~PDFを加藤有子さんにE-mailで送付。そのまえに既読分原稿修正3本のPDFを送付。
   *
利岡正人詩集『開かれた眠り』通読。以前に読んでいる記録はあるのだが、記憶はない。だがこの詩集を一読したかぎりでは、もしかするとこの詩人は、自分の世界を限定しながらも稠密なイメージを構成できる異才ではないか、と思わざるをえない。思いがけぬ収穫だ。たまたまコロナ・ウィルス騒ぎのなかで読んだからでもあるまいが、「息の修練」という詩の最終連――〈私もまた病を患った人たちにいずれは列なる一人/今ならわかる もし私のためにベッドが用意されるなら/天を仰ぐに違いない 時間に追い立てられながら/手に負えぬくらい息を撒き散らし続けるだろう/そして 最後の一呼吸 それが到来するまでの辛抱なのだ〉、あるいは同じ詩の前のほうにある〈これだけ慌ただしいと変だとも思わない/独り言をのべつまくなしに繰り出している自分の姿/時間をそれほど多く貰っているわけではないのだ〉の最後の一行。たしかにわたしも〈時間をそれほど多く貰っているわけではない〉。平凡な生活者であろうとしない生き方が仄見えるところも感じられて興味深い。~「『走都』書評欄」にこの部分、追加。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』再読はじめる。マックス・ブラック「隠喩」を読む。I・A・リチャーズの相互作用説を支持する立場。さらにM・C・ビアズリー「隠喩のひねり」の途中まで。
   *
江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の6節~7節の途中。

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2020年4月12日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/12

『みすず』4月号の酒井啓子のイスラム情報、郷原佳以のデリダ論を読む。とりわけ後者において(注において言及されただけだが)わたしの「世界という隠喩――言語隠喩論」(第二次『走都』4号)のデリダに触れた部分が批判されているようだ。デリダがルソーのように最初の言語は隠喩的であったとは見ていない、というところにあるようだが、表現が微妙にちがうし、わたしと関心のありかたがちがう。とはいえ、この問題は重要なので、郷原のデリダ「白い神話」論連載が完結してから対応してみたい。
   *
L'Ancient Testament (La Gene`se, L'Exode, Le Cantique des cantiques illustre+' par Marc Chagall) でL'Exodeの37章、38章(祭壇の設営の詳細とそのための費用計算)、39章(祭主の衣裳などの準備。モーセこれを承認する)、40章(モーセは幕屋のセットを完了し、主が黒雲とともに現われ、イスラエルびとは出発する)を読む。出エジプト記、読了。この仏訳本もここまで。
   *
ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のリクール「聖書的言語における隠喩の役割と機能」再読つづき~終り。結局この論文は「一 隠喩の意味論」が『生きた隠喩』のコンパクトな要約にすぎないが、ある意味では扱いやすい。
   *
江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) の4節~5節を読む。

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2020年4月11日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/11

仲里効論集の「ガマから/ガマへ――沖縄戦後世代のオブセッション」の通読+ファイル修正のつづき。残り9ページ分、スミ。
   *
ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第六研究「隠喩と哲学的言述」の2節~3節を読む。第六研究、終り。訳者あとがきも読み、すべて読了。言語隠喩論のために再読したが、リクールの視点は意味論から哲学的視点に偏していて、創造的隠喩の発見的意味への考察はやや乏しかった。解釈学の限界か。
   *
ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のリクール「聖書的言語における隠喩の役割と機能」再読はじめる。リクールはどうも詩というものに未練があるらしい。
   *
江藤淳『漱石とその時代 第三部』(新潮選書) 読みはじめる。第二部刊行から20年以上たっての連載。1節~3節を読む。

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2020年4月10日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/10

加藤有子さんよりアメリカからtel(初)。ポーランド・ホロコースト論集の件でいろいろ。急に渡米すると言われて仕事はストップしたまま。連絡も不十分だったので、先へ進む気になれなかったことも伝える。いちおう元原稿に赤字を入れたものをPDFにしてやりとりすることで、再始動することに。小原さんというひとの翻訳原稿を優先してほしいとのこと。~のち、E-mailでこの原稿とどく。
   *
『図書』4月号に目を通す。
   *
仲里効論集の「ガマから/ガマへ――沖縄戦後世代のオブセッション」の通読+ファイル修正。途中でe.Typistで文字読み取りも。11ページ分。
   *
江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の21節を読む。作家漱石の誕生。『吾輩は猫である』のタイトルは高浜虚子が冒頭の句をとって命名したらしい。第二部も読了。
   *
ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第六研究「隠喩と哲学的言述」のはじめ~1節を読む。ここでリクールが哲学的言述に結びつけて隠喩の摩滅(=死んだ隠喩)について執拗に論じているのがよくわからない。
《死んだ隠喩とはもはや隠喩ではなく、それは字義通りの意味に加算されて、その多義性を拡大するものである》(370ページ)
と定義しているにもかかわらず。

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2020年4月 9日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/9

『みすず』3月号に目を通す。
   *
仲里効論集の「ガマから/ガマへ――沖縄戦後世代のオブセッション」のテキスト処理+通読+ファイル修正。これもかなり異同がありそう。
   *
ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第五研究「隠喩と対象指示」を読む。《隠喩は〈転用〉と〈並置〉との緊張である。この緊張が意味の転移を保証し、詩的言語に、意味論的な〈剰余価値〉の性格と、意味の新しい局面、新しい次元、新しい地平にむかって開かれる能力とを与えるのである。》(332ページ)この緊張理論はかなりおもしろいところまでいっている。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の19節~20節を読む。漱石のシェイクスピア講義の大人気と日露戦争。

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2020年4月 8日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/8

『一冊の本』4月号に目を通す。
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小林康夫『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論2』の戻りゲラのチェック。目次のノンブル入れ。責了に。つきもの用の原稿も作成。~戸田事務所・濱浦さんにE-mailで送付。
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日本詩人クラブより『詩界通信』90号、授賞式への案内状5セットとどく。『詩界通信』に詩界賞選考委員長の「選考経過報告」と4人の選考委員の「選考所感」、野沢啓の「『単独者鮎川信夫』について」など掲載。
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イマニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第二部 純粋実践理性の方法論」を一気に読んで読了。あわせて訳者の「解説」と「あとがき」も読む。道徳的法則を義務として内面化(格律化)するという厳格な思考だ。ゲーテが当時の惰弱な風潮への批判として評価したらしい。わたしの「言語隠喩論」も現在の弛緩した現代詩への批判のつもりだが。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の17節~18節を読む。荒れ狂う神経症の漱石。鏡子の証言はすさまじい。

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2020年4月 7日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/7

小林康夫『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』を未來社ホームページの「刊行予定」ページにアップ。
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仲里効論集の「流れる民、 降りていく眼」のテキスト処理+通読+ファイル修正。20ページ、スミ。
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くりはらすなを詩集『ちいさな椅子とちいさなテーブルを持つ家』通読。若くはないらしいが、性別不明。小さな細々とした日常が主題となっているだけのようだ。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第四研究「類似の作業」を読む。あまりおもしろくない章だが、最後にヴィトゲンシュタインの「……と見る」の創造性とバシュラールの想像力の現象学が可能性を開く。ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論と詩の関係はすでに「隠喩の暴力性――言語隠喩論」で指摘しておいて間違いではなかった。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の15節~16節を読む。漱石の帰国とその後のドタバタ。漱石が上田敏とともにラフカディオ・ハーンの後任として文科大学(東大)教師になる。前任者外山正一が大目に見ていたハーンを当時の校長井上哲次郎が追い出したこともおもしろい。ふたりは『新体詩抄』の共編者なのに。

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2020年4月 6日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/6

萩原印刷・金子さんよりE-mailで『日常非常、迷宮の時代1970-1995――オペラ戦後文化論II』のあとがき、著者略歴、奥付、広告ページのPDFとどく。~印刷して確認。~小林康夫さんにあとがき、著者略歴のPDFをE-mailで送付。
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仲里効論集の「貘を阿Qと言ってみたかった」のテキストをe.Typistで読み込み。通読+ファイル修正。7ページ、スミ。
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萩原印刷・金子さんよりtel。書物復権2020のスキャン、3冊分を持参するとのこと。~6時、来社。『モーゼスおばあさんの絵の世界』『人類』『イエス』を持参。
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イマニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第一部 純粋実践理性の原理論」の「第二篇 純粋実践理性の弁証論」の「第二章 最高善の概念規定における純粋実践理性一般の弁証論について」の八~九を読む。最高善への道徳的法則を通じての崇敬の感情がわれわれのうちに生き生きと働くようになることによって、実践理性批判も純粋理性批判と同じように正当になる、ということか。第二章~第二篇~第一部、読了。
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『NO NUKES Voice』23号で菅直人インタビューと四方田犬彦×板坂剛対談を読む。四方田も過激だな。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第三研究「隠喩と言述の意味論」の2節の途中~4節を読む。I・A・リチャーズ、マックス・ブラック、モンロー・ビアズリーが論じられる。リチャーズの『修辞学の哲学The Philosophy of Rhetoric』を読みたいのだが、翻訳もないかも。第三研究、読了。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の13節の途中~14節を読む。正岡子規死す。

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2020年4月 5日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/5

仲里効論集の「〈開かれた未完〉であり続けること――『モトシンカカランヌー』と異貌の沖縄」のテキスト処理+通読+ファイル修正、スミ。9ページ。さらに「貘を阿Qと言ってみたかった」のテキスト処理まで。
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舟橋空兎詩集『朝と世界は相性が悪い』通読。寓意性のある物語志向のひとか。意図がよくわからない。
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マニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第一部 純粋実践理性の原理論」の「第二篇 純粋実践理性の弁証論」の「第二章 最高善の概念規定における純粋実践理性一般の弁証論について」の七を読む。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第三研究「隠喩と言述の意味論」のはじめ~2節の途中。リクールは冒頭で、語の意味論のなかでの隠喩はたんなる置き換えでしかないことをふまえ、
《名の置き換えを生じさせる意味の作業について研究すればするほど、語の枠、_¨いわんや¨_名もしくは名詞の枠はたえずこわされ、〈言表〉こそは、そこで意味の置き換えが起こった唯一の文脈的場である、と解さざるを得なくなる》(147ページ)
と述べている。言表の役割が隠喩の意味産出の場であることを言っている。ここからは〈隠喩的言表〉が主題となる。詩もまさに言表の一種である。
《言語はすぐれて志向的であり、言語は言語以外のものを思念する。》(165ページ)
 これは言語が隠喩であるということではないか。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の12節~13節の途中。漱石が妻鏡子の朝寝坊を咎めたロンドンからの手紙が傑作だ。
《九時か十時迄寐る女は妾か、娼妓か、下等社会の女ばかりと思ふ。苟【いやしく】も相応の家に生れて相応の教育あるものは、斯様【かやう】のふしだらなものは沢山【たくさん】見当らぬ様に考へらる。……夏目の奥さんは朝九時十時迄寐るとあつては少々外聞わるき心地せらる。……其許【そこもと】の御両親はそれを何とも思はれざるかも知らねど、余は大【おほい】に何とも思ふなり。》(196頁)
低血圧の鏡子にたいしてこの漱石のねちねちした嫌みと小言はたまらないだろうなあ。いまだったら即離婚だ。

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2020年4月 4日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/4

イマニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第一部 純粋実践理性の原理論」の「第二篇 純粋実践理性の弁証論」の「第二章 最高善の概念規定における純粋実践理性一般の弁証論について」の五~六を読む。
《道徳論は、我々はどうすれば自分を幸福に_¨する¨_かということについての教えではなくて、どうすれば幸福を受けるに_¨値いする¨_ようになるべきであるかということについての教えである。》(260ページ、強調はカント)
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加納由将詩集『記憶のしずく』通読。ベーチェット病に冒されたらしい詩人の厳しいリハビリにともなう詩作行為には強いリアリティがある。
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『現代思想』1998年1月号(ウィトゲンシュタイン特集)の石黒ひでの談話を読む。エリザベス・アンスコムの『インテンション』という本は、オックスフォード大学が日本への原爆投下を指示したトルーマン大統領に名誉博士号授与しようとしたことにたいする反対を声明した本らしい。このズボンを履いた女性哲学者にたいする風当たりは強く、レストランで「ズボンを履いた女性の入場はお断わり」とされたことにたいしてその場でズボンを脱いだという強者だったらしい。カトリックだが、筋の通った頑固オバサンのこの本を読んでみたいが、産業図書の本で絶版。アマゾンで高値がついている。復刊しようかな。
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谷内修三が「詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)」ブログで『季刊 未来』春号の「隠喩の暴力性――言語隠喩論」について長い感想を書いてくれているのを発見。「言語隠喩論」を書くたびにいちはやく論じてくれるのはありがたいが、詩の言語の特性を散文一般に拡散してしまう谷内の解釈は疑問。ところで、わたしは「暗喩」ということばは使わず、すべて「隠喩」なのだけど。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第二研究「隠喩と語の意味論」の5節を読む。語の意味論の限界をグループμの『一般修辞学』を中心に検討する。次の言表の意味論のほうから隠喩をとらえるほうがまだ生産的だ。第二研究、読了。
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北海道新聞文化部によれば、《4/2夕刊文化面。詩人杉本真維子さんの<あくまで詩>は、神保町でのトークイベントや野沢啓さんの『単独者鮎川信夫』について。》とある。杉本さんがなにか書いてくれたらしいが、未確認。読みたいが、谷口孝男さんあたりから入手できるかな。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の10節~11節を読む。

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2020年4月 3日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/3

仲里効論集の「白い喪と重い負債の間で――兄妹相姦のコロニアルな攪拌」テキスト処理+通読+ファイル修正、スミ。11ページ。
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『侃侃』33号に目を通す。田島安江編集。
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宮尾節子さんから返信リツィート。「自由自在な(何者からも)語り口」の『単独者鮎川信夫』も「めっちゃ面白いです」と。郷原佳以さんもTwitterで「野沢啓氏の言語隠喩論(『未来』『走都』)も怒濤の勢いで届けられていて、応答しなければとは思うのだが、『みすず』の原稿でほんのわずかに触れることしかできなかった。詩の現況への警鐘を込めて発信されているのだと思う。」と書いてくれた。『みすず』でなにか書いてくれたらしい。早く読みたいな。
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イマニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第一部 純粋実践理性の原理論」の「第二篇 純粋実践理性の弁証論」の「第二章 最高善の概念規定における純粋実践理性一般の弁証論について」の三~四を読む。カントは結局のところ、純粋思弁的理性のもとに実践理性をおく。そうしないと、現実にもとづく実践理性のほうが思弁的理性を併合しようとする理性の自己矛盾になる、というわけである。この従属関係はカントにおいてはあらかじめ自明だった。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の8節~9節を読む。ロンドンでの生活が漱石の不安を昂じさせていく。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第二研究「隠喩と語の意味論」の3節~4節を読む。語の多義性の縮減として文脈の作用があるが、隠喩はその反対の働きをする。

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2020年4月 2日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/2

仲里効論集の「境界の映画、映画の境界――沖縄映画、日本映画、一つの映画か二つの映画か?」テキスト処理+通読+ファイル修正のつづき。途中から元原稿をe.Typistで読み取りした部分で修正を取り込むようにする。これでやや軽減されて、ようやく終了。27ページ分。
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成田昭男詩集『革命は詩の自由に奉仕する』読了。短篇の小説と戯曲をふくむ220ページ超の大冊で実質的な全詩集か。多様な作風でじつにさまざまな周辺的テーマを器用にさばいてみせている。
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ポール・リクール『生きた隠喩』(岩波現代選書) 再読つづける。第二研究「隠喩と語の意味論」の1節~2節を読む。この研究はフランス構造言語学に由来する語の意味論について。第三研究が言述の意味論となる。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の6節~7節を読む。ロンドンでの下宿事情。

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2020年4月 1日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/4/1

きのうの夜中に届いた小林康夫『オペラ戦後文化論II』の「あとがき」を印刷、読む。テキスト処理とファイル修正。~小林さんにtel。書名の件でいろいろ相談。~水谷君とも相談し、小林さんにE-mailで提案。著者略歴原稿も催促。~返信E-mailあり。著者略歴原稿は夜に。ちくま新書も送る由。~E-mail交換で最終的に『日常非常、迷宮の時代』で決定。~郵便でゲラもとどく。
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イマニュエル・カント『実践理性批判』(岩波文庫) の「第一部 純粋実践理性の原理論」の「第二篇 純粋実践理性の弁証論」の「第二章 最高善の概念規定における純粋実践理性一般の弁証論について」の二を読む。
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成田昭男詩集『革命は詩の自由に奉仕する』読みはじめる。ここ30年ぐらいの集大成の趣きあり。かなりポップなひとだ。
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江藤淳『漱石とその時代 第二部』(新潮選書) の5節を読む。船旅から陸路パリを通ってロンドンへ。大都会にとまどう漱石。無理もない。

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