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2020年2月11日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/2/11

デュラス・ミッテラン対談集の仮ゲラの赤字のファイル修正つづける。補遺の「ラスパイユ通りの永遠の別れ」「デュパン街の郵便局」も終わり、すべてスミ。
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イマニュエル・カント『純粋理性批判 (中)』(岩波文庫) の「I 先験的原理論」の「第二部門 先験的論理学」の「第二部 先験的弁証論」の「第二篇 純粋理性の弁証的推理について」の「第二章 純粋理性のアンチノミー」の第九節のI~IIを読む。
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冨上芳秀詩集『芭蕉の猿の面』通読。400字書評を「『走都』読書欄」に書く。
《 冨上芳秀の詩はほとんど同じパターンの散文詩であり、エロ・グロ・ナンセンス、あるいは狂想・妄想、さらには駄洒落とも言うしかない地口、語呂合せ、そしてときには世界各地もふくむ旅先での風景や出会いの叙述などによって構成されている。今回の詩集もそうだが、基本的に一ページに一篇という分量的にもパターン化されており、もうちょっと変化がつけられないものかと注文したくなる。/ ひとことで言えば、マンネリズムなのだが、こうした型を前提にしないと冨上のポエジーは発動しないのだろう。「他者から見れば、狂気のように見えるかもしれないが、このようにしか私は生きられないのである」と「後記」で冨上が書くのはそういう意味なのだ。だからこそ〈おまえは生きていく結果を否定はしないで死ぬまで生きていく存在なのだ。〉(「人生の内臓」末尾)とあるのが冨上の心底からの叫びのように聞こえてくるのである。》
と。
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L'Ancient Testament (La Gene`se, L'Exode, Le Cantique des cantiques illustre+' par Marc Chagall) でL'Exodeの28章(主は祭司のための衣服を細かく指定する)を読む。
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『ウィトゲンシュタイン全集8』で『哲学探究』の59節~160節を読む。
《その〔思考の〕本質、論理はひとつの秩序、しかも世界のア・プリオリな秩序、ないしは世界と思考に共通でなくてはならないような_¨可能性¨_の秩序、を描き出す。しかし、この秩序は_¨最高に単純¨_でなくてはならないように見える。それはすべての経験に_¨先立って¨_おり、全経験を貫き通っているのでなくてはならない。》(93-94ページ)

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