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2019年9月23日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2019/9/23

郷原宏『岸辺のない海 石原吉郎ノート』のテキスト整理のつづき。石原吉郎年譜の通読とファイル修正。これですべて終り。あとは組み指定書の作成と入校用仮ゲラ印刷のみ。
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『ホメーロス』(古典世界文学1) で『オデュッセイア』の「第三巻」を読む。テーレマコスがネストールを訪ね、応援を受ける。
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上村忠男『ヴィーコ論集成』の「第一部 ヴィーコ――学問の起源へ」の「第6章 諸国民の創建者にかんする新しい批判術」のつづき~「第7章 最初の諸国民は詩的記号によって語っていた」を読む。ガダマーの〈言語を意識の基礎的隠喩作用〉にたいしてヴィーコの〈詩的知恵〉の世界の始源にある隠喩作用とは「すでにできあがった言語の世界の内部にあってのものではない」「その言語の創出過程そのもののうちに隠喩的な作用を見てとる」として、「自己差異化的な転移の作用」のことである、と上村は要約する。ここは詩的隠喩論にとって大事な出発点になる。
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『世界の名著40 キルケゴール』の「死にいたる病」の「第二編 絶望は罪である」の「B 罪の継続」の「B 罪の赦しにたいして絶望する罪」のはじめ~。キリスト教にとって単独者であることは罪人であるとともに完全であることである。

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