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2019年9月21日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2019/9/21

「兆」183号に目を通す。林嗣夫が安藤元雄の発言を引いて花椿賞の撤退などに見られる社会的ステータスの減少など現代詩における相互批判の欠如を批判している。「オマージュでなくクリティックを」というわけだ。まったく同感だ。
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『世界の名著40 キルケゴール』の「死にいたる病」の「第二編 絶望は罪である」の「A 絶望は罪である」の「第3章 罪は消極的なものではなくて、積極的なものであるということ」~「Aの付論」を読む。キリスト教の牧師批判。Aを読了。
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田尻秀秋詩集『こよりの星』通読。かなりパセティックな抒情詩だが、どこか空回りしている印象も受ける。
〈ああ 今日も一日何ひとつ書き留めておけなかった〉
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上村忠男『ヴィーコ論集成』の「第一部 ヴィーコ――学問の起源へ」の「第5章 ヴィーコとキリスト教的プラトニズム」を読む。ヴィーコはホメロスをその粗野、凶暴さなどにおいて評価しない。

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