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2019年6月15日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2019/6/15

『加藤尚武著作集第10巻 技術論』収録予定の『技術と人間の倫理』の高橋さん作成の仮ゲラ通読+ファイル修正、つづける。「第11章 ターザンの倫理」10ページ分でスミ。
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『ハイデッガー選集III ヘルダーリンの詩の解明』の「ヘルダーリンと詩の本質」の途中~終り。
《言葉は人間がほかの多くのものといっしょにこれもまた持ち合わしているというようなただの道具ではない。言葉があって一般に初めて存在するものの顕わなる状態のただなかに立つべき可能性が与えられるのである。言葉のあるところにのみ世界がある。……そうして世界のあるところにのみ歴史がある。……すなわち言葉は人間が歴史的なものとして_¨存在¨_しうるための保証を与えているのである。言葉は人間の自由の処理しうる道具ではなく、人間存在の最高の可能性を左右するような出来事である。詩の活動領域したがってまた詩そのものを真実に把握するために我々はまず言葉のこのような本質をたしかめておかなければならぬ。》(55ページ)
《詩は言葉による存在の建設である。……詩人が語るということはただに自由なる贈り物の意味で建設であるだけでなく、同時に人間の現存在をその根拠の上に揺るぎなく根拠づける意味でそうである。》(60ページ)
《言葉があらかじめ創作材料としてそこに見出されてそれを詩がとりあげるというのではなく、むしろ詩そのものが初めて言葉を可能ならしめるのである。詩は民族の根源的な言葉である。それゆえに逆に言葉の本質が詩の本質から理解せられねばならぬ。》(62ページ)
――詩のことばの始原性あるいは存在論と言うべきだろう。
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藤井貞和『物語理論講義』の「III 物語理論の水面と移動」の15講「テクスト作りと現代語訳」読む。IIIの部、終り。
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『ホメーロス』(古典世界文学1) で『イーリアス』の「第九巻」のつづき~。

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