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2019年3月17日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2019/3/17

守中高明『他力の哲学――赦し・ほどこし・往生』の「第III部 『ほどこし』という行為」の第一章「一遍の実践――捨てること、与えること」のつづき~終り。一遍の布教(念仏札の配布)をモースの贈与論と比較し、差異化してみせるところがおもしろい。
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「ミて」145号に目を通す。
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フリードリヒ・W・J・シェリング『学問論』(岩波文庫) の「第四講 純粋理性学たる数学及び哲学一般の研究について」を読む。
《知的直観なくしては哲学はない!》(66ページ)
《哲学の効用について語るのは哲学の品位に関わるとわたしは思う。》(67ページ)
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『ホメーロス』(古典世界文学1) で『イーリアス』の「第五巻」のつづき~。
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「グッフォー」71号に目を通す。
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吉本隆明『詩とはなにか――世界を凍らせる言葉』(詩の森文庫) 読みはじめる。まずは「詩とはなにか」のはじめ~。これは1961年発表。

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