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2019年1月16日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2019/1/16

『加藤尚武著作集第5巻 ヘーゲル哲学の隠れた位相』の本文の仮ゲラ赤字のファイル修正。注の別ファイル化。第III部の途中~第V部。
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「みすず」2018年12月号に目を通す。郷原佳以さんのデリダ論がなかなか刺戟的。ちょうど読んだばかりのデリダの「繋辞の代補」が主題のひとつだったせいもあるが。バンヴェニストをロラン・バルトは肯定し、デリダは批判する、そこのところがおもしろい。
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バルーフ・デ・スピノザ『神学・政治論――聖書の批判と言論の自由 下』(岩波文庫) の第十三章のつづき~終り。《聖書の諸巻はつまり民衆の把握力に応じて語ってゐるのであり、聖書は民衆を学者にしようとしてゐるのではなくたゞ従順な者にしようとしてゐるのである。》(125ページ)
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ジャック・デリダ『哲学の余白 下』の「痛み 源泉――ヴァレリーの源泉」のつづき~終り。ヴァレリーのフロイト嫌いは、みずからの異常性欲(カミーユ・クローデルのストーカーだったっけ)を図星で指摘されているような気がしたからではないか。

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