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2018年8月 6日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/8/6

深井智朗『プロテスタンティズム――宗教改革から現代政治まで』(中公新書) の第6章のつづき~第7章の途中まで読む。
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『加藤尚武著作集第13巻 形と美』の「新刊案内」原稿を作成し、未來社ホームページの刊行予定ページにこの巻の詳細をアップ。さらにつきもの原稿を作成。キャッチコピー類は未決。
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きのうまでに仮ゲラ通読+ファイル修正の終わった『加藤尚武著作集第8巻 世代間倫理』の「『子ども』の存在論」仮ゲラ印刷88ページ、『加藤尚武著作集第7巻 環境倫理学』の「『自然に帰れ』」の仮ゲラ印刷8ページ。~つづけて第7巻の「アメリカ自然主義の原流」の高橋さん作成の仮ゲラ通読+ファイル追加修正、スミ。仮ゲラ印刷9ページ。同じく「ソローの野性的自然主義――善におとらず野性を愛する」9ページ、「自然の内部の燃えたぎる聖なる生命」8ページ、もスミ。
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尚泰二郎詩集『運命の人』通読。未知の詩人だが、同世代で、ことばの組み立てが明確で、意外な収穫。〈顔とは通過した時間の痕跡のことだ。〉(「記憶のなかの旅」)。
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デイヴィド・ヒューム/大槻春彦訳『人性論(一) 第一篇 知性に就いて(上)』(岩波文庫) の「第三部 絶対的知識と蓋然的知識に就いて」の第十四節のつづき~読む。
《原因結果間の必然的結合は、原因から結果へ推論し或は結果から原因へ推論する根底である。然るに、推論の根底は、対象の習慣的接合に因る推移である。故に、これらは同一である。》(256ページ)
《必然性とは心に存在する或るもので、事物に存在するものではない。》(同ページ)
 つまり原因と結果の必然的結合は習慣的接合と同じものである。ヒューム的経験論の帰結。
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Jacques Derrida: Marges de la philosophieのla mythologie blanche(「白い神話――哲学テクストのなかの隠喩」)読みつぐ。Exergue(銘)の節のつづき~。

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