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2018年7月10日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/7/10

加藤尚武著作集第13巻に追加収録予定の単行本未収録論文「シェリング、ショウペンハウエル」に加藤尚武マクロをかけたうえで「シェリングの芸術哲学」と「ショーペンハウアーの芸術哲学」に切り分ける。まずは「シェリングの芸術哲学」の通読+ファイル修正をはじめる。元本で12ページ分。
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肥前榮一さんの『独露比較農民史論の射程――メーザー、ハックストハウゼンからミッテラウアーへ――』の通読+ファイル修正つづける。「I-1 ユストゥス・メーザーの国家株式論について――北西ドイツ農村定住史の理論化――」の2節~3節の途中。一括処理に手間どり、4ページ分。
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「NO NUKES Voice」16号の広瀬隆の講演録がすばらしい。伊藤博文から安倍晋三にいたる歴代長州藩閥首相8人の悪行をあばき、その思想的淵源たる「狂気のアジア侵略論者」吉田松陰の実像、戊辰戦争の薩長による悪逆非道に言及し、さらには自然エネルギー唱道者の非現実性と密かなる原発容認を明らかにする。ソーラーパネル設置が自然破壊エネルギーであることを鋭く衝いている。日本国憲法のGHQ押しつけ憲法論の大嘘も。基本的にわたしはすべて同意見である。
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Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III/Ce <<simple mouvement de doigt>>. L'e+'criture et la prohibition de l'inceste(この「指の単純な動き」。エクリチュールと近親相姦の禁止)の節のつづき~終り。これで第3章も終り。つづけて第4章: du supple+'ment a` la source: la the+'orie de l'e+'criture(代補から源泉へ。エクリチュールの理論)のはじめの部分まで。次はいよいよ「根源的隠喩」の節へ。
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『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の「第五省察 モナド論的相互主観性としての先験的存在領域の解明」の第六十節~第六十二節。第五省察も終り。さらに「結論」の第六十三節~第六十四節。これでようやく読了。
《わたしは、わたし自身の経験のうちにおいて、わたし自身を経験するだけでなく、他我経験という特殊な形態において、他我をも経験する》(344ページ)
ということを自明とするフッサールの論法はすこしも自明でない。フッサールの断言のみが自明性を保証しているからにすぎない。
《現象学的解明が実在的な客観的世界に関して行なうことは、_¨それらの世界が、あらゆる哲学的探究に先だってわれわれすべてに対してもっている意味、しかも明らかにわれわれの経験からのみい得ている意味を解明すること以外のことではない¨_》(347ページ)
というわけだから。

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