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2018年6月

2018年6月29日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/29

加藤尚武さんにtel。『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の索引の訂正追加はないとのこと。~本文、責了で萩原印刷に戻す。
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岸顯樹郎さんよりtel。『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の色校チェック、『ヨーロッパの内戦――炎と血の時代一九一四―一九四五年』の最終プランを持参とのこと。1時半~2時に来社。~萩原印刷にtel入れして出校を確認。~のち、色校出校。岸さんも来社してチェック、スミ。責了に。
   *
萩原印刷・藤野さん、来社。『ヨーロッパの内戦――炎と血の時代一九一四―一九四五年』の著訳者略歴、奥付、広告ページの初校、出校。『日の丸を視る目』の画像データCDを受取り。肥前榮一『独露比較農民史論の射程――メーザー、ハックスツハウゼンからミッテラウアーへ』、髙木仁三郎論集の2回目分のOCR原稿もどり。データはE-mailで。3回目分のOCR原稿渡し。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第六章のはじめ~。

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2018年6月28日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/28

加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第十六章~第十八章、スミ。注の切り分け。図版のキャプションの鈴木さん入力分のチェックと修正。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第五章の途中~終り。
   *
テレビでサッカーワールドカップ予選、日本対ポーランド戦を観戦。0対1で負けるも、同時開催のセネガル対コロンビア戦でセネガルが負けたため、2位で予選突破。ただ最後は時間稼ぎのパス回しで他力本願の後味の悪いもの。これじゃ選手のモチベーションも下がり、次につながることは期待できない。

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2018年6月27日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/27

岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第五章のはじめ~途中。
   *
鈴木比佐雄・佐相憲一・座間寛彦・鈴木光影編『沖縄詩歌集――琉球・奄美の風』拾い読みのつづき~終り。詩人会議系が多いのが難点だ。。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III/<<ce mouvement de baguette...(この棒の運動……)>>のつづき~。

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2018年6月26日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/26

きのう「季刊 未来」夏号できる。湯浅博雄さんのランボー論新連載のほか、西谷の新連載「偏執的編集論1(1~3)」掲載。
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加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第十四章~第十五章、スミ。注の切り分け。図版のキャプションの鈴木さん入力分のチェックと修正。
   *
萩原印刷より『ヨーロッパの内戦――炎と血の時代一九一四―一九四五年』の初校、出校。335ページもある。著訳者略歴、奥付、広告ページは未入校。あす原稿を作って渡す予定。~宇京賴三さんにtel入れして予告。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第四章の途中~終り。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III/<<ce mouvement de baguette...(この棒の運動……)>>のつづき~。
   *
鈴木比佐雄・佐相憲一・座間寛彦・鈴木光影編『沖縄詩歌集――琉球・奄美の風』拾い読む。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の「第四省察 先験的自我の自己構成の問題の展開」の第三十節~第三十三節。

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2018年6月25日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/25

加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第十二章~第十三章、スミ。注の切り分け。図版のキャプションの鈴木さん入力分のチェックと修正。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第三章のつづき~第四章の途中。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の「第三省察 構成の問題、真理と現実」の第二十三節~第二十九節。第三省察、スミ。
   *
ビデオで「イ・ソン」第11回を見る。

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2018年6月24日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/24

『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の「第二省察 先験的な経験領域をその普遍的構造に関して解明すること」の第十五節~第二十二節。フッサールの問題設定は、
《_¨意識作用¨_と、_¨意識されたものとしての意識対象¨_との区別》(221ページ)
がまず一般的にあり、もうひとつの基本的特徴として
《それぞれの体験は、その体験の属する意識連関の変化、およびその体験自体の流れの局面の変化に応じて変化する_¨地平¨_をもっている。この地平は、その体験自体に属しているところの、意識の多くの潜在性を指示する指向的地平である。》(226ページ)
ということを指摘する。そこから
《_¨指向的分析¨_という理念は正しく成立する。なぜなら、あらゆる意識のうちに統一をつくり、また対象的意味の統一をノエシス的およびノエマ的に構成する指向的総合の流れのなかには、厳密な概念によって把握できる本質的な構造が支配しているからである。》(232ページ)
という結論がでてくる。
   *
「GATE」26号に目を通す。つくば市を中心とした年輩詩人たちが継続的に刊行している。塚本敏雄編集。グループからようやく詩集が出るようだ。
   *
「Shinado」26号に目を通す。自分と同世代のひとたちの同人誌だが、一様に〈老い〉のテーマが出てくるのはいかがなものか。林信弘編集。
   *
「橄欖」110号に目を通す。こちらもベテラン揃い。日原正彦編集・発行。
   *
「Griffon」42号に目を通す。川野圭子さんより。新しい犬を飼い始めたらしい。健全な生活感覚と政治批判。
   *
「タルタ」45号に目を通す。ここにはいい女性詩人が集まっている。千木貢編集。
   *
加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正を再開。第十章~第十一章、スミ。注の切り分け。図版のキャプションの鈴木さん入力分のチェックと修正。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の第二章のつづき~第三章の途中。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III/<<ce mouvement de baguette...(この棒の運動……)>>のつづき~。
   *
テレビでサッカーワールドカップ予選、日本対セネガル戦を観戦。日本が2回のビハインドを追いつき、2対2の引き分け。得点者は乾、本田。最初の川島のミスによる失点と大迫の決定的チャンスでの空振りがなければ勝てた試合だった。

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2018年6月23日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/23

「河口から」IV号に目を通す。季村敏夫個人誌だが、岩成達也ほかいろいろなひとが書いている。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』の「第二章 接続」のつづき~。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III/<<ce mouvement de baguette...(この棒の運動……)>>

のつづき~。

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2018年6月22日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/22

「大学出版」114号に目を通す。いまの大学院生の苦境のあれこれがくわしく書かれている。小畑千晴さんの文章に感心。
   *
受け取ってきた『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の初校のチェックと一太郎ファイルでのページ区切りの確認と移動にともなう修正。索引項目にあたりそうな固有名詞は入力。修正スミ。索引項目の追加を鈴木さんに頼む。できたものを確認のうえ、一太郎の索引作成機能を使って、索引を抽出。傍注の部分と気になるところを追加。

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2018年6月21日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/21

「一冊の本」6月号に目を通す。佐藤優のエリート官僚批判、安田浩一の内閣府政府広報室の「国政モニター」サイトのヘイトスピーチ野放し策等の批判には読むべきものがある。
   *
「春秋」6月号[休刊号]に目を通す。いつもどおり、島薗進と信田さよ子の文章を読む。つづきは「Web春秋」でということだが、おそらく読まないだろうなあ。冊子じゃないと読む気になれない。
   *
加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第七章の途中~第九章、スミ。注の切り分け。図版のキャプション入力のつづきは高橋さんに頼む。
   *
「UP」6月号に目を通す。「学術出版」コラムでKさんが大学院生問題について言及している。「大学出版」114号を読んでみよう。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/III articulation(分節化)」のはじめ~<<ce mouvement de baguette...(この棒の運動……)>>の途中。ルソーに依拠しながら言語の起源を探る。
   *
岡本勝人『「生きよ」という声 鮎川信夫のモダニズム』読みはじめる。「プロローグ」~「第一章 出発」。堅実な評伝のようだ。

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2018年6月20日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/20

加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第五章~第七章の途中まで、スミ。注の切り分け。図版のキャプション入力も。
   *
きのうから読みだした千木貢詩集『山荘から』読了。富士山麓の別荘での自然とのふれあいを記録したもの。この気持ちはよくわかる。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の第一省察「先験的自我への道」第九節~「第二省察 先験的な経験領域をその普遍的構造に関して解明すること」第十四節。
《あらゆる_¨意識作用¨_、あらゆる意識体験は、何ものかを思念し、そしてそのつどみずからの_¨意識対象¨_を、思念されたものというしかたでそれ自身のうちに有している》
《意識体験は_¨指向¨_体験ともいわれるが、そのさいの指向性ということばは、意識とは何ものか_¨についての¨_意識であり、_¨意識作用¨_としてみずからの_¨意識対象¨_をそれ自身のうちに有しているという、意識のこの一般的な根本特性を意味するものにほかならない。》(214ページ)
   *
「現代詩手帖」6月号、読みつぐ。~鮎川信夫賞の講評などを読んでも詩論をめぐる状況は混迷の度が深まっていることを痛感する。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II/Le tour d'e+'criture(エクリチュールの回転)の節のつづき~終り。IIも読了。つぎは「III articulation(分節化)」。
《言語のエクリチュール化(devenir-e+'criture)とは言語の言語化(devenir-langage)である。》(p. 326、拙訳)
 これはルソーのアンビヴァレントな言語起源論をデリダ流に解釈するものだ。

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2018年6月19日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/19

加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をつづける。第三章~第四章、スミ。注の切り分け。図版のキャプション入力も。
   *
テレビでワールドカップ・ロシア大会の日本対コロンビア戦を観戦。コロンビアが退場者を出し、2対1で日本が歴史的勝利。香川、大迫が得点。きょうのコロンビアは良くなかった。

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2018年6月18日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/18

「図書」6月号に目を通す。加藤典洋がわたしもお世話になったブロック夫人の授業のことを書いている。
   *
加藤尚武さんよりE-mailで著作集第13巻の単行本未収録論文「東洋思想と二十一世紀のアジア」の差し替え原稿、とどく。~修正部分を確認、コピーと削除、テキスト処理をして完成。仮ゲラ印刷8ページ。~加藤さんにtelして確認。『形の哲学』のデータはなにが元かは忘れてしまったが、注などの書き込み本があるので、原則的にそれをベースにして修正することにする。副題も「見ることのテマトロジー」を「見ることの概念史」に変更。きのう通読+テキスト処理をした第二章までのデータを修正。
   *
「現代詩手帖」6月号、読みはじめる。手帖も現代詩漫画を掲載するところまできたか。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」の第一省察 先験的自我への道」第六節~第七節。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II/Le tour d'e+'criture(エクリチュールの回転)の節のつづき~。

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2018年6月17日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/17

『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「デカルト的省察」読みはじめる。序論第一節~「第一省察 先験的自我への道」第五節。
《デカルトの省察を蘇らせるということは、その省察のすべてを継承することではなく、まず第一に、_¨われ思う¨_へ還帰したその省察の徹底主義の最深の意味を明らかにし、次いで、そこから生ずるその省察の永遠の価値を明らかにすることなのである。/ともかくこれによって、われわれを先験的現象学へとみちびく道が示されている。》(184-185ページ)
   *
加藤尚武著作集第13巻収録予定の『形の哲学』の仮ゲラ通読+ファイル追加修正をはじめる。まずは目次~本扉・中扉までの部分を冒頭に追加。加藤尚武マクロをかけなおし、一括処理をいろいろ。第一章、第二章、スミ。
   *
[出版文化再生]ブログの新連載《偏執的編集論》の「3:目次は本の設計図である」をココログの[出版文化再生]ブログにアップ。→https://bit.ly/2HXqI6e
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II/Le tour d'e+'criture(エクリチュールの回転)の節のつづき~。ルソーによれば、北方の言語はまず「我を愛せ (aimez-moi)」ではなく「我を助けよ (aidez-moi)」であった。それだけ厳しい環境のなかでことばが生まれたという。
   *
泉麻里詩集『エスパドリーユ』通読。失恋あるいは断念の思いが心象風景として断片化されて散乱している。詩としてもうすこし凝縮度が必要か。
   *
北爪満喜(写真と詩)『水はわすれている そしておぼえている』通読。東日本大震災後の〈水〉をめぐる写真と詩。
〈ひとりだけになれた夜/星空の下で割れてしまいたくなる〉(「どこかで雨が降って」)
――彼女のなかにも危機があったらしい。
   *
「冬に花を探し、夏に雪を探せ。」3号を読む。岡田幸文個人誌。隔月刊で頑張っているな。

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2018年6月16日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/16

加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「東洋思想と二十一世紀のアジア」の鈴木さん修正ズミ原稿の通読+ファイル追加修正をはじめるが、途中で「熊沢蕃山と安藤昌益」と重なるところが多いことがわかり、加藤尚武さん宅にtel。お出かけ中とのことで、夫人に事情をつたえ検討しておいてもらうことに。とりあえず重複するところはコピーして、不足分は手入力。この論文もスミ。これで単行本未収録論文24本すべて終わり、あとは『形の哲学』だけとなる。
   *
後藤光治詩集『松山ん窪』通読。66歳にして第一詩集のようだが、故郷宮崎への郷愁を、いまはなき家族への思いを抒情的にうたいあげている、どこか懐かしさを感じさせる切実さが印象に残る。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みつぐ。~了。この論文でフッサールは、自然主義哲学への批判と、歴史主義の影響のもとにある「世界観哲学」を批判している。前者では単純な心理学を現象学から区分して批判し、後者は
《有限なところに目標を置き、それに従って生きうるためにじゅうぶんにまにあうだけの体系をもとうと欲している世界観哲学者には、学的哲学を促進し基礎づける資格など決してないのである。》(167ページ)
と位置づけている。それにたいして
《哲学は、厳密な学であろうとする意志を決して放棄してはならない。否むしろ、哲学は理論的な学問として、実践的な世界観を求める努力と対立し、じゅうぶんに自覚してこのような努力から自己を_¨切り離さ¨_ねばならない》(166-167ページ)
とされ、最後にはこの哲学が現象学的本質把握によるものだとされるのである。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II/Le tour d'e+'criture(エクリチュールの回転)の節のはじめ~。言語の北方性と南方性。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第八章「子供としてのボードレール」を読む。さらに第九章「移植の百年」と「あとがき」を読んで読了。厚くはないが濃密なボードレール解読だ。

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2018年6月15日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/15

[出版文化再生]ブログの新連載《偏執的編集論》の「1  偏執的編集論への序論」「2 出版の仕事はテキストデータの処理からはじまる」「3:目次は本の設計図である」を未來社ホームページの[出版文化再生]ブログにアップ。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第七章「アレゴリーの詩法」を読む。
   *
加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「敗戦後の日本哲学史」を以前の仮ゲラで通読+ファイル追加修正、五節~一〇節、スミ。仮ゲラ印刷33ページ。つづけて同巻の「現象学批判」も読む。仮ゲラ印刷15ページ。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みつぐ。
《本質直観が、知覚や想起、あるいはこれらと同等のもろもろの作用という意味での「経験」とはまったく別のものであるということ、そしてさらに、その意味上、個々の経験の個別的存在をその存在に関して同時に定立するところの経験的普遍化とはまったく別のものであるということ、このことを認識することが決定的に重要である。直観は、_¨本質を¨__¨本質存在¨_として把握するが、決して_¨現存在¨_を定立しない。》(140ページ)
また、ヒュームについてはこう言う。
《もし彼の感覚論が「或るものについての意識」の指向性の全領域に対して眼をふさがず、彼がこの領域の本質研究を行なっていたならば、彼は偉大な懐疑論者ではなく、真に「積極的な」理性論の創立者となっていたことであろう。その著『人性論』において非常に激しく彼をゆり動かし、混乱から混乱へと彼を駆りたてた問題、彼の見方では適切かつ純粋に定式化することのできなかった問題はすべて、現象学の支配領域に属する問題なのである。》(141ページ)
これははたしてどうか。
   *
「現代思想」4月号の檜垣立哉の〈大陸哲学〉案内を読む。うまく整理された解説になっている。この号は各ジャンルの読書案内。

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2018年6月14日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/14

安藤元雄『「悪の華」を読む』の第六章「根の国のオルフェ――憂鬱詩篇」を読む。
   *
加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「敗戦後の日本哲学史」を以前の仮ゲラで通読+ファイル追加修正、一節~四節、15ページ分、スミ。

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2018年6月13日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/13

Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~終り。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第五章「《秋の歌》をめぐって」を読む。
   *
「兆」178号に目を通す。
   *
偏執的編集論2 出版の仕事はテキストデータの処理からはじまる」を[出版文化再生]ブログにアップ。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みつぐ。

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2018年6月12日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/12

湯浅博雄さんより速達で「季刊 未来」夏号の「ランボー『言葉の錬金術』の詩学を探究するために」の校正もどる。1回目のタイトルは「身体性=感覚性の復権」となる。オーバー分は次回まわしにして責了に。~萩原印刷・藤野さんにtel&E-mailで作業完了の連絡と目次修正のデータおくる。
   *
萩原印刷より「季刊 未来」夏号の西谷の新連載「偏執的編集論1」出校。~若干の修正と加筆をして責了に。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第四章「旅への《さそい》」を読む。詩「旅へのさそい」の分析。手持ちのGarnier版でこの "L'invitation au Voyage" を読みかえしてしまった。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みつぐ。
《心理学は「経験的意識」、つまり経験的見方における意識、すなわち自然の連関事実として存在する意識を取り扱い、これに対して現象学は、「純粋」意識、すなわち現象学的見方ににおける意識を取り扱うのである。》(121ページ)
フッサールはこのまえのところで現象学=「意識の現象学」と規定している。

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2018年6月11日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/11

きのうテキスト処理の終わった『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』著者解題ページの仮ゲラ印刷14ページ分。傍注も14ページ分。~萩原印刷へ入校。
   *
きのう書いた「季刊 未来」夏号の「偏執的編集論1」の仮ゲラ印刷。かなりパンクしているので、いろいろ修正。一部を次回まわしにすることで解決。~萩原印刷へ入校。修正データはE-mailで藤野さんへ。
   *
「季刊 未来」夏号の目次を作成&印刷。巻末の執筆者紹介欄、〔編集部発〕の原稿を作成し、水谷君からの〔営業部発〕の原稿とあわせて1ページ分、完成。刊行案内ページも作成。これですべてスミ。~萩原印刷・藤野さんにE-mailで送付。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第三章「ジャンヌとアポロニー――恋愛詩篇」を読む。
   *
「八景」4号に目を通す。廿楽順治編集誌。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~。
   *
『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みはじめる。
《わたしは、哲学が不完全な学であるなどといっているのではない。むしろ端的に、哲学はまだ学ではない、哲学は学としてまだはじまってさえいない、といっているのである。》(104ページ)
のっけからすごいことを言いはじめている。大丈夫かな。
《哲学においてはありとあらゆるものが論争の的となっている。つまり哲学においては態度の決定はすべて、個人的な確信、学派の見解、「立場」にかかわる事柄なのである。》(105-106ページ)
そりゃそうだろうが、大変だな。

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2018年6月10日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/10

『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の著者解題原稿の通読+テキスト処理、スミ。本文の最後につなげて、完成。~萩原印刷・藤野さんにE-mailで本文ファイルと傍注ファイルを添付で送付。
   *
安藤元雄『「悪の華」を読む』の第二章「芸術家の存在理由――芸術詩篇」を読む。
   *
「gaga」18号に目を通す。戸谷崗個人編集誌。さらに「多島海」33号に目を通す。江口節編集誌。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~。ルソーの音楽論、ラモー批判について。
   *
[出版文化再生]ブログの新連載《偏執的編集論》の「1 偏執的編集論への序論」を読み直し。すこし加筆して「偏執的編集論1」としてアップ。さらに「2 出版の仕事はテキストデータの処理からはじまる」の読み直しと加筆、「3 目次は本の設計図である」を新たに書く。あわせて「季刊 未来」の6ページ分になりそう。~これを「偏執的編集論:「季刊 未来」用」として別ファイル保存。~萩原印刷・藤野君にE-mailで送付。
   *
大澤真幸・稲垣久和『キリスト教と近代の迷宮』第2章の途中~。

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思考のポイエーシス・日録篇2018/6/9

大谷翔平が右肘靱帯損傷でDL入り。急に大リーグがおもしろくなくなった。
   *
『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の赤字ファイル修正つづける。単行本未収録論文の「純粋存在とエーテル」「輪郭と使命」「絵入り辞典の世界――ヘーゲル『反省』論の読解」「対立の想定ごっこと磁石――ヘーゲル『大論理学』に描かれた『対立』の概念」「何度も「矛盾」の出てくるびっくり箱――ヘーゲル『大論理学』の矛盾概念」「ヘーゲル『概念論』のなかの自己関係性」「本質は現象する」すべて終わる。
   *
ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のユンゲル「隠喩における真理――語りの神学的解釈学への寄与としての隠喩の神学的意味について」の三節の途中~五節。この論文も読了し、すべて読了。意外な収穫。
《良い弁論をなす者とは、一方で通常の言語使用から見れば異質なものをもっともらしく見せることで包み隠すことができ、他方で同時に明晰判明に語る弁論家である。》(164ページ)
《隠喩的な言述形式においては、言語の創造的な可能性と概念の厳密な必然性、新たなものによる言語的な意外性と、すでに知られたものへの親密さに基づく言語への信頼性とが極めて厳密に調和している。いずれにしても、そのような場合にこそ隠喩の効果が発揮されるのであり、存在の地平が言語によって拡大されるのである。》(165ページ)
これは詩的言語の創造性についてかなりいいところまでいっている。同じことは注でも言及されている。
《隠喩的な言述形式は言語獲得に根拠を持つ新しい存在連関がそれによって発見されるという意味で、存在論的な重要性を持っているということになる。語の新たな(隠喩的な)使用はこの語に新たな意味を与え、この新たな意味とともに新たな存在を言語化するのである。》(233ページ)
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デヴィッド・ヒュームの『人性論』を読みはじめようかと思ったら、中公の世界の名著のものは抄訳だった。世界の名著は抄訳が多いので要注意。岩波文庫の大槻訳は文体と活字が古いという説あり。フッサールの「厳密な学としての哲学」と「デカルト的省察」は全訳のようだから当面はこれを読むか。
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大澤真幸・稲垣久和『キリスト教と近代の迷宮』第2章の途中~。

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2018年6月 8日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/8

小林康夫さんよりE-mailで「季刊 未来」夏号の原稿「星形の庭の明るい夢(1970-1995)――オペラ戦後文化論II(10)」の追加原稿とどく。テキスト処理の追加。13行オーバー。仮ゲラ印刷をPDF化して小林さんにE-mailで送付。~小林さんよりtel&FAXで赤字もどる。~ファイル修正&印刷。萩原印刷・藤野さんに電話で連絡&E-mailで原稿データ送付。
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『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の赤字ファイル修正つづける。『哲学の使命』第八章~第十一章、附録、初出一覧を兼ねたあとがき。『哲学の使命』の分は終り。第九章は第3巻に移動するため、傍注分とともに別ファイルにして保存。
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「CROSS ROAD」11号、通読。北川朱実個人誌。ビル・エヴァンス論は泣かせる。
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安藤元雄『「悪の華」を読む』読みはじめる。「はじめに」と第一章、読む。

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2018年6月 7日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/7

小林康夫さんよりE-mailで「季刊 未来」夏号の原稿「星形の庭の明るい夢(1970-1995)――オペラ戦後文化論II(10)」の原稿とどく。~通読+テキスト処理。7ページ目の途中。残りは17行+1ページ分。~小林さんに返信E-mailで不足分を連絡。
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きのう郷原宏さんからE-mailで届いた「季刊 未来」夏号の原稿「岸辺のない海――石原吉郎ノート12 帰還」を印刷、テキスト化して高橋さんにテキスト処理をしてもらう。~通読+ファイル追加修正と広告の指定をして入校へ。~郷原さんにE-mailでお礼と入校の連絡。
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『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の赤字ファイル修正つづける。『哲学の使命』第四章~第七章。
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「詩的現代」第二次25号、読了。中野重治特集。それにしても分厚い雑誌だ。
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ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のユンゲル「隠喩における真理――語りの神学的解釈学への寄与としての隠喩の神学的意味について」の二節~三節の途中、読む。ニーチェとアリストテレスの隠喩論。

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2018年6月 6日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/6

きのう宇京賴三さんからE-mailで届いた『ヨーロッパの内戦――炎と血の時代一九一四―一九四五年』の訳者あとがきを印刷~通読+テキスト処理。仮ゲラ印刷7ページ。
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『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の赤字ファイル修正つづける。『哲学の使命』第一章の途中~第三章。ただし第三章は第3巻に移動するので別ファイルにする。傍注分も同様。残りの単行本未収録論文もすべてつないで一本化する。
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「詩的現代」第二次25号の清水博司の詩誌評をあらためて読む。第二次「走都」の鮎川信夫論を2号分にわたって言及してくれていて、ありがたい。わたしの問題提起のポイントはよく押さえられている。
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[出版文化再生]ブログの「III-2 出版の仕事はテキストデータからはじまる」を書きつぐ。次が「III-3 目次は本の設計図である」となる。「季刊 未来」の[出版文化再生]ページ形式で3ページ目の下段まで。

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2018年6月 5日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/5

「季刊 未来」夏号の湯浅博雄さんのランボー論連載1回目の原稿「ランボー『言葉の錬金術』の詩学を探究するために」初校、出校。予想以上に1ページ近くパンク。~横山さんから湯浅さんに送ってもらう。
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『加藤尚武著作集第2巻 ヘーゲルの思考法』の赤字ファイル修正をはじめる。『哲学の使命』の本文と注をそれぞれ「加藤尚武著作集第2巻_本文.txt」と「加藤尚武著作集第2巻_傍注.txt」として巻頭から再設定。『哲学の使命』第一章の途中まで。
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ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のユンゲル「隠喩における真理――語りの神学的解釈学への寄与としての隠喩の神学的意味について」の「一 序論」読む。
《真理の枠内での真理からの逸脱を容認する修辞学》は語りかけられる者との関係において意味があり、言語の本来的な言述のほうはこうした他者に関知しない。こうした修辞学は隠喩的言語を必要不可欠なものとしている詩人と神学者が「真理に仕える嘘つき」であることを許す。(145-146ページ)
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『旧約聖書 ヨブ記』(岩波文庫)第27章~第42章、「終曲」、解説。読了。おもしろくて一気に読んでしまった。

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2018年6月 4日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/4

『ヨーロッパの内戦――炎と血の時代一九一四―一九四五年』の赤字のファイル修正、再開。本文第4章の途中~終り。さらに原注もスミ。これであとは入校のみ。
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「詩的現代」第二次25号とどく。詩誌評で清水博司が第二次「走都」の鮎川信夫論について触れている。わたしの論点を過不足なく紹介してくれている。
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ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のポール・リクール「聖書的言語における隠喩の役割と機能」の途中~終り。民話あるいはうわさ話などにおける物語構造と隠喩の関係を論じたものだが、あまり有効な論になっていない。
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Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~。
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『旧約聖書 ヨブ記』(岩波文庫)第12章~第26章。
《人は死んでも生きるのだろうか。》(54ページ)
ヨブの神への問いかけ。
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[出版文化再生]ブログの「III-1 偏執的編集論への序論」を補足して、とりあえず完成。つづけて「III-2 目次は本の設計図である」を書きつぐ。

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2018年6月 3日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/3

ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のポール・リクール「聖書的言語における隠喩の役割と機能」の途中~。
《詩的言語は事物_¨そのもの¨_を文字通り語るのではなく、事物が_¨どのようなものとして¨_存在するかを隠喩的に語るのである。つまり、まさにこのような歪んだ方法で、詩的言語は事物の本質を語るのである。》(100ページ)
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長津功三良詩集『日日不安――山峡過疎村残日録』読了。近作をすべて網羅した「雑書き」(あとがき)だが、政治批判もふくめ老いの生活をめぐるナマの声を聞かせてくれる。
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加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「西田幾多郎」の鈴木さん修正ズミ原稿の通読+ファイル追加修正、スミ。
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『旧約聖書 ヨブ記』(岩波文庫)読みはじめる。これは文学としておもしろい。
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Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部第3章/II. L'imitation/L'estampe et les ambigu``ite+' du formalisme(版画と形式主義の曖昧さ)の節のつづき~。

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思考のポイエーシス・日録篇2018/6/2

ポール・リクール/エーバーハルト・ユンゲル『隠喩論――宗教的言語の解釈学』のポール・リクール「哲学的解釈学と神学的解釈学」のつづき~終り。さらに「聖書的言語における隠喩の役割と機能」の途中まで。
《隠喩は、「文彩(あや)よりもずっと大きなものであり、それは必然的に意味論的な革新を必要とする。つまり、隠喩によって新しい意味が言述に与えられるのであって、要するに、隠喩は言述の創造的な力を証明するものなのである。》(82ページ)
《隠喩は意味を創造するがゆえに、現実を模写する力、すなわち言語に世界経験の新しい領域を開示する力をもっている。》(83ページ)

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2018年6月 1日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/1

きのうの夜中に湯浅博雄さんからE-mailで「季刊 未来」夏号のランボー論連載1回目の原稿「ランボー『言葉の錬金術』の詩学を探究するために」とどく。~印刷とテキスト化。通読しながらファイル処理。とりあえず、スミ。かなりパンク。~湯浅さんにtel。とりあえずゲラにしてパンクした部分は次号送りにすることに。~萩原印刷に入校。藤野さんにE-mailで原稿送付。
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加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「デューラーとブリューゲルの空間描写の違い」の鈴木さん修正ズミ原稿の通読+ファイル追加修正、つづき。3節~6節。この論文もスミ。仮ゲラ印刷22ページ。
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「みすず」5月号の岡真理さんのパレスチナ論を読む。イスラエルのパレスチナへの暴虐はナチスのホロコーストを再現するもので、自己否定行為だ。ガザへの砲撃のすさまじさは第二次大戦末期の米軍による沖縄攻撃を彷彿とさせる。

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