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2018年6月15日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/6/15

[出版文化再生]ブログの新連載《偏執的編集論》の「1  偏執的編集論への序論」「2 出版の仕事はテキストデータの処理からはじまる」「3:目次は本の設計図である」を未來社ホームページの[出版文化再生]ブログにアップ。
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安藤元雄『「悪の華」を読む』の第七章「アレゴリーの詩法」を読む。
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加藤尚武著作集第13巻の単行本未収録論文「敗戦後の日本哲学史」を以前の仮ゲラで通読+ファイル追加修正、五節~一〇節、スミ。仮ゲラ印刷33ページ。つづけて同巻の「現象学批判」も読む。仮ゲラ印刷15ページ。
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『世界の名著51/ブレンターノ フッサール』でフッサール「厳密な学としての哲学」読みつぐ。
《本質直観が、知覚や想起、あるいはこれらと同等のもろもろの作用という意味での「経験」とはまったく別のものであるということ、そしてさらに、その意味上、個々の経験の個別的存在をその存在に関して同時に定立するところの経験的普遍化とはまったく別のものであるということ、このことを認識することが決定的に重要である。直観は、_¨本質を¨__¨本質存在¨_として把握するが、決して_¨現存在¨_を定立しない。》(140ページ)
また、ヒュームについてはこう言う。
《もし彼の感覚論が「或るものについての意識」の指向性の全領域に対して眼をふさがず、彼がこの領域の本質研究を行なっていたならば、彼は偉大な懐疑論者ではなく、真に「積極的な」理性論の創立者となっていたことであろう。その著『人性論』において非常に激しく彼をゆり動かし、混乱から混乱へと彼を駆りたてた問題、彼の見方では適切かつ純粋に定式化することのできなかった問題はすべて、現象学の支配領域に属する問題なのである。》(141ページ)
これははたしてどうか。
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「現代思想」4月号の檜垣立哉の〈大陸哲学〉案内を読む。うまく整理された解説になっている。この号は各ジャンルの読書案内。

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