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2018年2月

2018年2月28日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/28

ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読+ファイル修正つづける。「第二章 ホッブズの政治理論」の八節~九節、8ページ分+注、スミ。
   *
エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十九章 ジェルミニィ・ラセルトゥー」のつづき~終り。エミール・ゾラの歴史的重要性、およびその時代の作家(イプセン、ロシアの作家たち)について。ドストエフスキーのヨーロッパに与えた影響の甚大さについて触れ、
《第一次大戦前の十年間以来、リアリズムを含めて多くの領域で精神の危機が高まり、さしせまった破滅の予感に似たものが認められたとすれば、ロシア・リアリストたちの影響がその本質的な一因となっていたのである。》(278-279ページ)
と指摘されている。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部/chapitre I/la guerre de noms propres(固有名詞の闘い)のつづき~。ナンビクワラ族にたいする暴力とエクリチュールの同時侵入がかれらの善良さと無垢に結びつけられるさいのレヴィ=ストロースの告白と理論的言説のあいだの厳格な境界線が指摘されている。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第二部 コモンウェルスについて」の第十九章を読む。三つのコモンウェルス――君主政、民主政、貴族政しかない。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のヴァージル・C・オルドリッチ「視覚的隠喩」の途中まで。

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思考のポイエーシス・日録篇2018/2/27

エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十九章 ジェルミニィ・ラセルトゥー」の途中まで。ゴンクール兄弟について。十九世紀後半の作家における醜悪なもの、病的なものへの傾向。
   *
秋山基夫詩集『月光浮遊抄』再読。散逸した元の「とりかえばや」物語をイメージし、古典詩歌の引用をおりまぜて読み応えのあるものになっているが、その創作意図の深いところは不明だ。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のジョン・R・サール「隠喩」のつづき~終り。
《われわれは自分が表意したいことを正確に表現する本義的な辞句が存在しない、という、まさにそういう理由で隠喩を用いることがしばしばある。……隠喩はパラフレーズ不能である。それは、聞き手が発話を了解していく中で明らかになってくる意味内容を、隠喩表現を用いずに再生することはできなからである。》(138ページ)
 つづけてS・R・レヴィン「隠喩の標準的な読解法と文学的隠喩」も読む。これは前出サール論文の批判。

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2018年2月26日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/26

ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読+ファイル修正つづける。「第二章 ホッブズの政治理論」の五節~七節、10ページ分+注、スミ。
   *
エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十八章 ラ・モール邸」のつづき~終り。バルザックの歴史主義的叙述とフロベール『ボヴァリー夫人』について。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のジョン・R・サール「隠喩」のつづき~。ここで例に挙げられている隠喩はつまらないものばかり。隠喩解釈の理論とはこんなに創造性の欠けたものなのか。

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2018年2月25日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/25

エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十八章 ラ・モール邸」の途中まで読む。スタンダールについて。『赤と黒』ではフランス革命後の貴族社会の沈滞と退屈が背景になっていることなどが論じられている。あらためてこの小説を読み直す必要あり。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第二部 コモンウェルスについて」の第十七章~第十八章を読む。第十七章のの「コモンウェルスの生成」という項目はきわめて重要。ここにコモンウェルスの定義が集中しているようだ。
《人々が外敵の侵入から、あるいは相互の権利侵害から身を守り、そしてみずからの労働と大地から得る収穫によって、自分自身を養い、快適な生活を送ってゆくことを可能にするのは、この公共的な権力〔人々を恐れさせ、また、人々を共通の利益を求めるように導きもする公共的な権力〕である。この権力を確立する唯一の道は、すべての人の意志を多数決によって一つの意志に結集できるよう、一個人あるいは合議体に、かれらの持つあらゆる力と強さとを譲り渡してしまうことである。/ということは、自分たちすべての人格を担う一個人、あるいは合議体を任命し、この担い手が公共の平和と安全のために、何を行ない、何を行なわせようとも、各人がその行為をみずからのものとし、行為の本人は自分たち自身であることを、各人が責任を持って認めることである。そして、自分たち個々の意志を彼の意志に従わせ、自分たちの数多くの判断を彼の一つの判断に委ねる。/これは同意もしくは和合以上のものであり、それぞれの人間がたがいに契約を結ぶことによって、すべての人間が一個の同じ人格に真に結合されることである。》(195-196ページ)
 この結合体が〈コモンウェルス〉と呼ばれるものであり、そこに権力者としての〈リヴァイアサン〉が誕生する。しかし、第十八章「設立された主権者の権利について」では主権者にたいして国民は抗議も非難も、まして処罰もできず、主権者の権利は絶対的なものとされる。ホッブズの時代には国家設立が必要だったかもしれないが、いまだと独裁者の存在を許す国家論となるのではないか。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部/chapitre I/la guerre de noms propres(固有名詞の闘い)のつづき~。レヴィ=ストロースの『悲しき熱帯』における民族中心主義者としての振舞い批判。
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ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読+ファイル修正つづける。「第二章 ホッブズの政治理論」の一節~四節、16ページ分+注、スミ。
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日原正彦詩集『瞬間の王』再読。あらためて読むと、さりげないユーモアと諦念が感じられる。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のジョン・R・サール「隠喩」の途中~。
《隠喩的発話の場合には、言明の真理条件は、文とそこに含まれる一般語の真理条件によっては決定されない。隠喩的発話を了解するためには、聞き手は、言語の知識、発話の状況についての認識、話者と共有する背景的知識だけでなく、それ以上の何かを必要とする。》(94-95ページ)
《全ての隠喩が機能するための基本原理は、本義的意味とそれに対応する真理条件をもった辞句の発話が、隠喩特有のいろいろなしかたで、別の意味とそれに対応する一群の真理条件とを喚起する、ということである。》(95ページ)

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2018年2月24日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/24

トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十五章の途中~第十六章。第一部、読了。
《憎悪や軽蔑の表われは、すべて闘争を挑発する。それは多くの人をして、復讐しないでいるよりはむしろ生命を賭すことを選ばせるほどである。》
そしてここから定められる戒律――
《何人【なんぴと】も、行為、ことば、表情、あるいは身ぶりによって、他人にたいする憎悪あるいは軽蔑を表わしてはならない。》(180ページ)
《自然法についての真の学説こそ、真の道徳哲学である。》(186ページ)
   *
北川朱実詩集『夜明けをぜんぶ知っているよ』再読。前に読んだときの印象とあまり変わらず。物語性に特長が出ている。
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エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十七章 楽師ミラー」を読む。シラーの市民劇とゲーテについて。ゲーテには批判的か。
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菊田守詩集『蛙』再読。いつもの小動物だけでなく、身辺の事象を取り込む広がりが今回の成果だろう。
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ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読+ファイル修正つづける。「第一章 自然法理論の概念モデル」25ページ+注、スミ。
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Jacques Derrida: De la Grammatologieの第2部/chapitre I/la guerre de noms propres(固有名詞の闘い)のつづき~。
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中井ひさ子詩集『渡邊坂』再読。軽妙な語り口はいいのだが、自己劇化が過ぎるところがある。
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佐々木健一編『創造のレトリック』のハラルド・ヴァインリッヒ「隠喩の意味論」を読む。詩の場合、
《……語のどれかが隠喩であるのではなく、文全体が――そしてさらに広くは詩のテクスト全体が――隠喩_¨なのである¨_。……語とコンテクストがいっしょになって隠喩をつくるのである。》(63ページ)
とはいえ、この論文は意味論にかかわりすぎておもしろくない。さらにジョン・R・サール「隠喩」も途中まで。

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2018年2月23日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/23

萩原印刷より第二次「走都」2号225部とどく。とりあえず第一便を発送。
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ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読+ファイル修正をはじめる。序文、著者の注記、10ページ、スミ。
   *
エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の「第十六章 中断された晩餐」のつづき~終り。ルイ・ド・サン=シモンの回想録についての文体論が展開される。

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2018年2月22日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/22

萩原印刷・藤野さん、来社。「季刊 未来」春号の連載「独学の思想2 ヴィーコに出会う」の再校、出校。第二次「走都」2号の一部抜きも届く。いずれも確認、スミ。上村さんのゲラは広告を追加する必要あり。Photoshopの使い方のレクチャーもしてもらう。
   *
思潮社より『北川透 現代詩論集成3 六〇年代詩論――危機と転生』とどく。初出一覧を見ると、未読のものは序論「詩的断層十二、プラス一――〈六〇年代詩〉経験の解体・私論」と「松下昇の方へ――証言あるいは〈六甲〉へのノート」だけということがわかる。いずれにせよ、再読を必要とする。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のM・C・ビアズリー「隠喩のひねり」を読む。期待したが、隠喩の分類論でしかなく、おもしろくない。
   *
エーリッヒ・アウエルバッハ『ミメーシス――ヨーロッパ文学における現実描写 下』(筑摩叢書) の落丁分コピーが入手できたので2年ぶりに読み残し分を読みはじめる。「第十六章 中断された晩餐」のはじめから再読。ヴォルテールは通俗的だがおもしろそうだ。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十四章の途中~第十五章の途中。

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2018年2月21日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/21

加藤尚武著作集第6巻収録予定の単行本未収録論文「持続可能性を妨げる究極の要因」の加藤尚武マクロによる一括処理、タグ付け、仮ゲラ印刷+通読+ファイル追加修正、7ページ、スミ。さらに「人間と人間でない生物の関係――すべての生物を包括する原則」も同様に処理。6ページ、スミ。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』のマックス・ブラック「隠喩」のつづき~了。隠喩論として重要な問題がいろいろ出てくる。
《隠喩はあらかじめ存在する類似性を定式化するというより、類似性を創り出すのである》(15ページ)
《隠喩が作用するためには、読者は意味の拡張を意識していなければならない――つまり新旧二つの意味に同時に注意を向けていなければならない。》(16ページ)
 そしてブラックの隠喩論は〈相互作用の隠喩〉として定式化され、ふたつの主題の相互作用として隠喩を捉えようとしており、哲学にとって唯一重要なものとされているが、はたしてどうか。
   *
金子兜太さん、98歳で死去。数年前、橋本夢道句集『無禮なる妻』復刊のさいにオビ原稿をいただいたときのことが忘れがたい。キャッチコピーを思いついたが、あまりにも失礼なので言えませんと言ったところ、「絶対に怒らないから言っていい」と言われても固辞しつづけたが、どうしても気になったのか白状させられ、さすがに呆れられたが、その案を修正してできたのが〈これを読まずには眠れない〉というものだった。こんな大家になんと失礼なことを思うと冷や汗ものだが、いまや時効なのでここだけでこっそり言うと、わたしの原案は〈これを読まずに死ねるか〉という非常識なものだったのである。金子さんは気持ちの大きいひとだった。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十四章の途中~。
   *
『鮎川信夫全集II 評論I』で「比喩論二題」再読はじめる。鮎川の隠喩論はかなり平凡であることが確認できる。

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2018年2月20日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/20

ノルベルト・ボッビオ『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の仮ゲラ通読の準備をはじめる。まずは扉、凡例などのファイル修正から。
   *
岡倉覚三『茶の本』(岩波文庫) 第六章の途中~第七章、解説も、読む。読了。この本が明治三十年代後半のものであることはおそるべきことである。
   *
佐々木健一編『創造のレトリック』いよいよ読みはじめる。まずはマックス・ブラック「隠喩」から。

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2018年2月19日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/19

上村忠男さんからE-mailで「季刊 未来」春号の連載「独学の思想2 ヴィーコに出会う」の初校校正と追加原稿とどく。~転記と追加分のファイル処理。
   *
きのう読み終わった加藤尚武著作集第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ印刷78ページ分。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のフッサール「幾何学の起源」の読み直しのつづき。読了。
《いまやわれわれは、歴史Geschichteとは、元来、根源的な意味形成と意味沈澱が共存し含みあう生きた運動にほかならない、ということができる。》(292ページ)
 意味の〈沈澱〉というメタファーはわかりやすい。とはいえ、
《普遍的であると同時に堅固で、いつまでも根源の真正さを失わない歴史的世界のアプリオリを、われわれはどのような方法で獲得することができるのだろうか。》(298ページ)
というさいの〈アプリオリ〉を自明なものとして設定するフッサール的思考はやはり西欧的パラダイムから脱出することは不可能なのではなかろうか。
   *
岡倉覚三『茶の本』(岩波文庫) 第三章~第六章の途中まで、読む。
《実に遺憾にたえないことには、現今美術に対する表面的の熱狂は、真の感じに根拠をおいていない。われわれのこの民本主義の時代においては、人は自己の感情には無頓着に世間一般から最も良いと考えられている物を得ようとかしましく騒ぐ。高雅なものではなくて、高価なものを欲し、美しいものではなくて、流行品を欲するのである。》(67ページ)
 いまとまったく変わらない。このまえにある小堀遠州の利休にたいする評価(《自分だけにおもしろいと思われる物をのみ愛好する勇気》)がおもしろい。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十四章の途中まで読む。

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2018年2月18日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/18

トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十二章「宗教について」の途中~第十三章「人間の自然状態、その至福と悲惨について」読む。
《自分たちすべてを畏怖させるような共通の権力がないあいだは、人間は戦争と呼ばれる状態、各人の各人にたいする戦争状態にある。》(156ページ)
という有名な定義が出てくる。
《戦争》とは《闘いつまり戦闘行為だけではない。闘いによって争おうとする意志が十分に示されていさえすれば、そのあいだは戦争である。》
とも。したがって
《共通の権力が存在しないところに法はなく、法が存在しないところには不正はない。力と欺瞞は戦争における二つの主要な美徳である。》(158ページ)
という逆説が意味深い。
   *
岩成達也詩集『風の痕跡』通読。前詩集『森へ』の「余滴」と岩成が書いているように、キリスト教にかかわるもの、女神湖をめぐる断想などとともに、『森へ』をめぐる現象学にかんする哲学的断章で構成されており、岩成の最終到達点が示されている。フッサールの超越論的主観性をもとに、〈シェール〉(肉)はキリスト教的な〈パッショ〉(受苦)ではないかという思想が述べられているようだが、そのあたりは納得しにくい。
   *
「侃侃」29号に目を通す。
   *
加藤尚武著作集第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ通読+ファイル修正、つづける。10節「家族の声」~11節「責任の原理」~12節「ナンシー・ウェクスラーの〈希望〉」20ページ。これでこの連載論文もスミ。
   *
岡倉覚三『茶の本』(岩波文庫) 読みはじめる。西欧人の傲慢不遜にたいして天心は痛快に言い放つ。
《もしわれわれが文明国たるためには、血なまぐさい戦争の名誉によらなければならないとするならば、むしろいつまでも野蛮国に甘んじよう。われわれはわが芸術および理想に対して、しかるべき尊敬が払われる時期が来るのを喜んで待とう。》(21ページ)
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のフッサール「幾何学の起源」の読み直しのつづき。

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思考のポイエーシス・日録篇2018/2/17

加藤尚武著作集第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正+表記の一括修正、つづける。8節「汎神論と功利主義」~9節「民主主義のパラドックス」13ページ、スミ。
   *
『日本の文学73 堀田善衛・安部公房・島尾敏雄』で島尾敏雄「日のちぢまり」読む。「死の棘」と同じテーマで夫婦の迫真の葛藤を描き出している。
   *
アマゾンでトマス・ホッブズ『リヴァイアサン』3, 4(岩波文庫)の新品、世界の名著『ロック/ヒューム』『ブレンターノ/フッサール』の中古品を注文。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のフッサール「幾何学の起源」をデリダの解読にしたがって読み直す。

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2018年2月16日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/16

加藤尚武著作第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正+表記の一括修正、再開。6節~7節、13ページ、スミ。6節はOCRの読みがかなりひどい。
   *
「タルタ」44号に目を通す。
   *
「αρχη」17号に目を通す。『モダニズムの遠景――現代詩のルーツを探る』への感想が公表されている。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第十一章~第十二章の途中まで読む。このあたりは人間の諸性質や性向などへのフランスのモラリストふうの規定がつづく。
   *
『日本の文学73 堀田善衛・安部公房・島尾敏雄』で島尾敏雄「出発は遂に訪れず」の途中~終り。
《戦争と軍隊に適応することを努めその中で一つの役割を占めたことによってできかけていた筋道を、生きのこることによって否定したことになれば、それでそれ以前のもとの場所に帰ったことになるとでもいうのか。しかしその考えは私を少しもなぐさめない。》
 これは特攻艇の隊長として出撃直前で敗戦となった島尾自身のなんともやりきれない実感が書かれている。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダ「『幾何学の起源』序説」のXIを読み、この論文、読了。
《_¨理性は偶然的な事実という性格を持つ能力ではない¨_。それはその概念の下に偶然的な諸事実を包含するのではなくて、_¨超越論的主観性一般の普遍的かつ本質的な構造形式¨_なのである。》(253ページ。デリダによるフッサール『デカルト的省察』からの引用)

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2018年2月15日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/15

上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』(ポイエーシス叢書72)見本できる。マスコミ見本ほかの手配。著者見本、著者寄贈分は横山さんから。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第九章~第十章を読む。
   *
『日本の文学73 堀田善衛・安部公房・島尾敏雄』で島尾敏雄「出発は遂に訪れず」の途中まで読む。敗戦直前の特攻艇乗員の心境。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダ「『幾何学の起源』序説」のXの途中~終りを読む。
《少なくとも現象学は、具体的な現象学的洞察のなかで、またその有限性にもかかわらずみずから責任をひきうける具体的な意識のなかで、_¨みずからを告げ知らせる¨_かぎりにおいて、そして、超越論的な歴史性と相互主観性を基礎づけるかぎりにおいて、ひとつの哲学のうちで自己への接近を可能にすることができる。フッサールの現象学が出発するのは、徹底的な責任としてのこの_¨体験された予見¨_からである。》(221ページ)

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2018年2月14日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/14

上村忠男さんにtel。「季刊 未来」春号の連載「独学の思想2 ヴィーコに出会う」の原稿の件で確認。注は文末にまとめることに。3月4日の丸木美術館での石川真生展に行くので、場合によっては迎えにまわっていっしょに行くことになるかも。~データを修正し、入稿用仮ゲラ印刷。半ページほど余るかも。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第八章、読む。
《隠喩は公然と虚偽であることを表明しているから、これを評議や推論に採りいれるのは明らかに愚かしい。》(108ページ)
このホッブズの議論はまったくおかしい。
   *
中地中詩集『闇の現【うつつ】』の広汎を読了。相当に我慢の必要な詩集+哲学論。詩は理屈ではないし、哲学的考察も寄せ集めただけでは意味がない。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダ「『幾何学の起源』序説」のXの途中まで読む。幾何学の起源をめぐる絶対的な理念性と感性的想像的な幾何学が対比されて論じられる。

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2018年2月13日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/13

萩原印刷より『加藤尚武著作集第4巻 よみがえるヘーゲル哲学』初校、出校。想定どおり442ページ。~初校のチェック。著者略歴、奥付、広告ページの原稿(前巻のコピーに赤字)を作成。あわせてオビの原稿も作成。~加藤さんにtel。夕方、ゲラを届けに行くことに。
   *
第二次「走都」2号の初校、再校を責了でもどす。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第六章の途中~第七章、読む。
《好奇心は精神的情欲である》(95ページ)
《他人の欠点をよく笑うことは小心のしるしである。なぜなら、偉大な精神にふさわしい行為の一つは他人を嘲笑から助けだし、みずからはもっとも有能な者とのみ比べることだからである。》(96ページ)
   *
上村忠男さんの「季刊 未来」春号の連載「独学の思想2 ヴィーコに出会う」の原稿を印刷+テキスト処理+通読。すでにいろいろタグ付けをしてくれてある。注の付け方について、あす上村さんに確認したうえで入校の予定。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダ「『幾何学の起源』序説」のIXを読む。
   *
中地中詩集『闇の現【うつつ】』の前半を読む。ファウストを思わせる悪魔との精神的格闘をいささか露骨なことばで書きなぐっているという感じ。

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2018年2月12日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/12

ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダ「『幾何学の起源』序説」のVIIIを読む。この章ではフッサールにおける〈地平〉概念の重要性が指摘されている。
   *
植村初子詩集『SONG BOOK』通読。第一詩集だが、若手ではないようだ。詩集名から想像されるような軽いものではなく、さまざまな生のありように表現を与えようとしているのだが、もうひとつ焦点がすっきりしない。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第五章~第六章の途中まで読む。
   *
加藤尚武著作第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正+表記の一括修正つづける。4節~5節、12ページ、スミ。
   *
『日本の文学73 堀田善衛・安部公房・島尾敏雄』で島尾敏雄「死の棘」再読。

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2018年2月11日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/11

届いたばかりの大岡信『紀貫之』(ちくま学芸文庫) の解説(堀江敏幸)読む。堀江は大岡信の紀貫之の声との親和性を指摘し、
《貫之と古今的な言語の運びに、エリュアールやブルトンを加えたような感覚》(272-273ページ)
と書いているが、そう言ってもいい。いずれにせよ、このオリジナル本(日本詩人選)は日本の近代詩歌史にとっても、大岡自身にとっても、わたし自身にとってもまさに画期的な本だった。
   *
トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の『リヴァイアサン』の「第一部 人間について」の第二章~第四章を読む。イマジネーション論、言語論。この時代のものとしてはしかたないが、特筆すべきものはない。政治学者もこの言語論についてはあまり触れていないようだ。
   *
第二次「走都」2号の評論「鮎川信夫と近代――鮎川信夫という方法(2)」再校23ページ、「後記」初校2ページ、詩「発熱装置(2)」初校11ページの読み直しと最終修正3箇所。これで責了に。
   *
加藤尚武著作第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正+表記の一括修正つづける。3節、6ページ、スミ。
   *
清水茂詩集『一面の静寂』通読。初めて読む詩人だが、老境の静謐な境地がさりげない筆致で展開されていて、感銘を受ける。
〈私たちはあまりにも饒舌に 小賢しく/ほんの些細なことを語りすぎていはしないか。/むしろ自分を語ることなど忘れて/夢のように淡いコナラやクヌギの/呟きに耳を傾け、何処からか戻ってきて/巣作りに励んでいる番いの 小鳥たちの/嬉々とした囀りに 聞き入ることだ、/世界の語りかけてくる声に聞き入ることだ。〉(「林の中で」部分)
 あまりにも枯淡の境地ではあるが。

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2018年2月10日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/10

ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のVIIの途中~終り。
《われわれはつねに受動的に受け取られた意味を眠りから覚まし、そのすべての潜在性を蘇らせ、それらを「_¨変換し¨_」それと「_¨対応するもとの能動性¨_」へと「_¨ひきもどす¨_」自由をもつ。この自由は、「_¨言語を話す存在としてのすべての人間に本来そなわっている蘇生させる能力¨_」である。》(147ページ)
 ここには意味の〈沈澱〉と〈蘇生〉という、受動性と能動性というテーマが言語の問題として捉えなおされている。
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トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』の永井道雄「恐怖・不信・平和への道――政治科学の先駆者」のつづき~終り。ホッブズの友人オーブリィによれば、
《〔ホッブズは〕よく読んだ。しかし、読書よりも思索にふけった。彼は他の人々と同じくらい読書していれば、他の人以上に知ることはできなかっただろうというのが常であった》(30ページ)
らしい。たしかに読むだけじゃダメだね。つづけていよいよ『リヴァイアサン』本体を読みはじめる。まずは献辞と序説、「第一部 人間について」の第一章を読む。
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加藤尚武著作第6巻収録予定の単行本未収録論文「倫理学講義」の加藤尚武マクロによる一括処理、中見出しタグ付け、仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正+表記の一括修正はじめる。1節~2節、12ページ、スミ。
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第二次「走都」3号の鮎川信夫論の準備として「3 鮎川信夫と隠喩(仮)」のファイルを作成。アイデアと下書きをここに書くことにする。
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『杉谷昭人詩集 全』で詩集『霊山(おやま)』の途中~終り。さらに詩集『農場』、各詩集のあとがきも読む。未読分すべて読む。杉谷の土地と風土に深く根ざした詩は、これぞヒューマニズムと呼んでいい格調をもっている。

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2018年2月 9日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/9

加藤尚武著作第6巻収録予定の『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』の仮ゲラ通読+ファイル修正+表記の一括修正をつづける。「第4章 未来社会の設計図」の7節~9節。7ページ。この章もスミ。つづけて「エピローグ」4ページ、「あとがき」3ページ。この本も終了。最終仮ゲラも印刷。
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萩原印刷より上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』の一部抜き、とどく。一部抜きセットを作り、カバーの画像もとる。
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萩原印刷から第二次「走都」2号の初校・鮎川信夫論再校もとどく。表紙もうまくいった。13日戻しで、見本は23日に。

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2018年2月 8日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/7

田中浩さんにtel。これからボッビオの『ホッブズの哲学体系――「生命の安全」と「平和主義」』の通読を始める予定を伝える。下旬をメドに仮ゲラを送る予定。世界の名著の『リヴァイアサン』は全訳でないとのことで、途中から岩波文庫の水田洋訳で読むことに。
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トマス・ホッブズ『世界の名著23 ホッブズ』を読みはじめる。まずは永井道雄「恐怖・不信・平和への道――政治科学の先駆者」の途中まで。
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「独合点」132号、通読。金井雄二個人詩誌。すべて手作業で100部製作と、先日聞いたばかり。
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加藤尚武著作第6巻収録予定の『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』の仮ゲラ通読+ファイル修正+表記の一括修正をつづける。「第4章 未来社会の設計図」の2節~6節。14ページ、スミ。
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小島きみ子詩集『僕らの、「罪と/秘密」の金属でできた本』通読。思想的な知を織り込んだ連作ふうの詩集だが、発語主体が複雑で、連の構成の解読がむずかしい。
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『杉谷昭人詩集 全』で詩集『霊山(おやま)』の途中~。
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ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のVIIの途中~。

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2018年2月 7日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/7

国会で森友問題が再燃しているようだ。佐川とかいう安倍の手下は人相を見ても食わせ者だいう気がする。この事件は、六〇年代末の大学闘争華やかなりしころなら、とっくに内閣総辞職に追い込まれているはずだ。ロッキード事件なみの首相汚職事件ではないか。昭恵夫人は稀にみるトリックスターかもしれない。
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「詩遊」57号に目を通す。冨上芳秀がメンバーの詩について丁寧に論じている。
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加藤尚武著作第6巻収録予定の『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』の仮ゲラ通読+ファイル修正+表記の一括修正をつづける。「第3章 自由主義からの転換――生命の倫理と環境の倫理」の8節~9節、6ページ、スミ。第3章もスミ。つづけて「第4章 未来社会の設計図」の1節。4ページ、スミ。
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第二次「走都」2号の原稿を印刷。鮎川信夫論追加分、2号後記、表4広告、表1目次、「発熱装置(2)」。「発熱装置」を読み直し、若干の修正。ファイルも修正。~萩原印刷・藤野さんにtel&E-mailでデータ送付。~のち、入稿。表紙の色指定も。9日に出校、13日に責了予定。下旬刊行予定。
   *
岩木誠一郎詩集『余白の夜』通読。純粋な抒情詩がまだ存在するとしたら、このひとはその典型のひとりだろう。ことばが抒情をなぞるだけでなく、ことばそのものから抒情が発露する方向性、つまり修辞の抒情が望まれる次のステップではないか。
   *
ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のVIIの途中まで読む。デリダはフッサールの主張を要約する。
《真理は言われ_¨かつまた¨_書かれることができないかぎり、完全には客観的、すなわち理念的であるわけではなく、誰にとっても理解可能な限りなく永続しうるようなものでもない。この永続可能性がまさに真理の意味なのだから、真理が生き残るための諸条件はそれが生き残るための諸条件のうちに含まれている。たしかに真理はその理念的客観性あるいは同一性を、決してあれこれの事実的な言語的物体化から得ることはなく、あらゆる言語的事実性から「自由で」ありつづける、しかしこの自由はまさしく、真理が一般に言われあるいは書かれ_¨うる瞬間¨_から、すなわちそう_¨できる¨_という_¨条件¨_のもとでのみ可能なのである。逆説的ではあるが、理念性の最終的解放を許すのは表記の可能性である。》(135-136ページ)
 すなわち書かれうるという可能性があってはじめて理念性は永続的に理解可能となるということである。これはフッサールというよりもすでにデリダ的解釈だ。
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『杉谷昭人詩集 全』で詩集『霊山(おやま)』の途中~。

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2018年2月 6日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/6

米軍オスプレイの真似か、今度は自衛隊のヘリが佐賀県の民家に落下。さすがに安倍も飛行停止を指示したそうだ。なんで沖縄のオスプレイにもそうしないのか。名護市長選で札ビラ作戦に応じた辺野古移転容認派が当選したのも、基地問題を争点にしないでカネ優先で選挙をしたからだ。ずる汚いやりかたはいつものことだが。「みすず」1/2月号の「読書アンケート」で丘沢静也さんが言うように、「今の首相は、政治家として美しくない。顔も見たくない。声も聞きたくない。早く消えてほしい」と言っているのは、まったくその通りだ。
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「UP」2月号に目を通す。本田由紀の若者論の現状分析は考えさせる。
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加藤尚武著作第6巻収録予定の『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』の仮ゲラ通読+ファイル修正+表記の一括修正を再開。「第3章 自由主義からの転換――生命の倫理と環境の倫理」の4節~7節、12ページ、スミ。
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若山紀子詩集『沈黙は空から』通読。これが第十詩集というだけあって手慣れた書法の持ち主だが、身辺雑記を超えたインパクトが感じられない。
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ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のVIの途中~終りまで読む。
《……フッサールが言うのと逆のことを言えはしないだろうか。非-伝達と誤解とは、文化と言語の地平そのものではないだろうか。おそらく誤解というものはつねに、無限な極としての良き理解のための事実的地平であり有限な指標である。しかし、この無限な極は言語が始まりうるためにはつねに自らを告げているとはいえ、有限性は本質的であって、根本的に乗り越えられることはけっしてあり得ないのではないだろうか。》(117ページ)
 ここでデリダはフッサールの、相互主観性が成立する世界地平という前提にたいして決定的な異議を提起しているように思える。
《幾何学は、実際、大地という_¨われわれ¨_の共通の場が、他人たちとの相互理解の場として、無限に提供しうる諸対象のなかで、絶対的に客観的であるものつまり空間性の科学である。》(119ページ)
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『杉谷昭人詩集 全』で詩集『霊山(おやま)』を途中まで読む。
   *
第二次「走都」2号の表1、表4の目次ほか、野沢啓の本紹介の原稿を作成。さらに掲載用の詩「発熱装置(2)」と「後記」を読み直し。最初の会話篇は削除して11ページに収めることに。あすにも入校か。

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2018年2月 5日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/5

紀伊國屋書店より「紀伊國屋じんぶん大賞――読者が選ぶ人文書ベスト30」小冊子とどく。わたしが推薦した星野太『崇高の修辞学』が12位に入っている。
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きのうテキスト処理と通読の終わった『加藤尚武著作集第4巻 よみがえるヘーゲル哲学』の著者解題の仮ゲラ17ページ分印刷。仮ゲラ赤字のファイル修正のつづき。単行本未収録論文「言葉と〈コギト〉――最近ドイツ哲学の一志向」「タブラ・ラサとア・プリオリ」「ヘーゲル、パース、ウィトゲンシュタイン、クワイン」「ヘーゲル哲学と懐疑主義」「ヘーゲル入門」「sich entschlieB&enとsich aufschlieB&en」「確率論の哲学」「ブランダムのプラグマティズム」「ヘーゲル研究者は、二〇〇年間、何をしてきたか」すべて終わる。目次、注の部分も印刷。2本を残して萩原印刷に入稿。残りはあす朝に。データはすべて修正終り。E-mailで藤野君に送付。
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「みすず」2018年1/2月号(読書アンケート特集号)をざっと読む。未來社本では、杉田英明氏が笠原賢介『ドイツ啓蒙と非ヨーロッパ世界』と新井高子編著『東北おんば訳 石川啄木のうた』を取り上げてくれる。徐京植さんが古い『傷ついた龍』を激賞。編集担当だった米田卓史さんが去年亡くなったことを知る。ほかにキャロル・グラックさんがマーク・マゾワー『暗黒の大陸――ヨーロッパの20世紀』に言及している。
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ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のVの途中~VIの途中まで読む。
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記録を調べて、未発表の詩だと思っていたものがほとんどいろいろな雑誌等に発表していたことがわかる。けっこういい加減だな。断章として書いてきたものの未発表分と「走都」復刊以後のものをまとめて第二次「走都」2号用に「発熱装置(2)」としてプリントアウト。12ページ分ある。

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2018年2月 4日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/4

「現代詩手帖」2月号、読了。ひととおり批評文を読むが、韜晦と冗舌。現代詩の批評は隘路にはまっているのかも。
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『世界の文学43/フォークナー』の「征服されざる人々」の「七 バーベナの匂い」二の途中~四。ようやくこの小説も読了。ついでに解説と年譜も読み、すべて読了。
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第二次「走都」2号の「後記」をとりあえず書く。2ページ分。
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『加藤尚武著作集第4巻 よみがえるヘーゲル哲学』の著者解題原稿を印刷とテキスト変換。加藤尚武マクロで一括処理のあと、原稿を見ながら改行のチェック、中見出し、引用のタグ付けをして、通読とファイル修正もスミ。今回は17ページ。
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『杉谷昭人詩集 全』で詩集『わが町』の途中~終り。さらに詩集『杉の柩』も読む。
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未発表の古い詩をすべてプリントして読み直す。けっこういいものがあることがわかる。第二次「走都」のなかでいずれ発表するか、そのままいずれ詩集に入れるか、要検討。連作「発汗装置」は微妙。
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ジャック・デリダ/エドムント・フッサール『幾何学の起源』のデリダの「『幾何学の起源』序説」のIVの途中~Vの途中まで読む。

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2018年2月 3日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/3

八重洋一郎詩集『日毒』再読つづける。~終り。《九、それを書くことによって自己に責任が生ずるような詩を書くこと。いつでも何にでも通用する旨【うま】さは欠陥である。》(「詩表現自戒十戒」のうち)
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「現代詩手帖」2月号、読みつぐ。

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思考のポイエーシス・日録篇2018/2/2

きのう受け取ってきた『加藤尚武著作集第4巻 よみがえるヘーゲル哲学』の仮ゲラ赤字のファイル修正。入稿用に「加藤尚武著作集第4巻_本文.txt」「加藤尚武著作集第4巻_注.txt」として一本にまとめる作業も。『哲学原理の転換』スミ。単行本未収録論文「ヘーゲルと現代倫理学」スミ。「言葉と〈コギト〉――最近ドイツ哲学の一志向」のセットまで。
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「現代詩手帖」2月号、読みつぐ。
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八重洋一郎『日毒』再読はじめる。
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4時半、みすず書房の新社屋へ。持谷さんに30分ほど社内見学させてもらう。守田社長とも挨拶。尾形君ほかにも挨拶。~近くの“まさむら”というところで楽遊会メンバーと合流して会食など。

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2018年2月 1日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2018/2/1

加藤尚武著作第6巻収録予定の『倫理学で歴史を読む――21世紀が人類に問いかけるもの』の仮ゲラ通読+ファイル修正+表記の一括修正をつづける。「第3章 自由主義からの転換――生命の倫理と環境の倫理」の1節~3節、10ページ、スミ。
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萩原印刷より上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』白焼き校正とどく。~すべて校了。あす朝、引取り。
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加藤尚武さんよりE-mailで『加藤尚武著作集第4巻 よみがえるヘーゲル哲学』の目次配列案とどく。~夕方、tel入れ。仮ゲラ校正と解題原稿はできているとのこと。索引項目のコメントを作成中。それはあとでいいことにする。~4時すぎ、家で仮ゲラ校正を受取り。解題原稿と追加分のファイルはE-mailにて送ってくれる由。
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「現代詩手帖」2月号、読みつぐ。

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