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2017年12月

2017年12月31日 (日)

読み書き日録2017/12/31

Jacques Derrida: De la Grammatologie の第1部/第3章/Le rebus et la complicite+' des originesのつづき~終り。これでようやく第1部「文字以前のエクリチュール」読了。最後は漢字の問題などとの関連が執拗に言及される。
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大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(岩波文庫) 読了。「あとがき」「現代文庫版あとがき」、池澤夏樹の「解説」を読む。
《この本は、私の今まで書いてきた本の中でもとりわけ、明快さを持っているのではなかろうかと自負しています》
と大岡は書いている。その通りだと思う。池澤の解説は良くない。
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「composition」1号、通読。葉山美玖個人誌。
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上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』の原稿通読+テキスト処理+ファイル修正、つづける。「I」の「ヴァールブルクの鋏」7ページ分、スミ。これで「I」の部、終了。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第三部「超越論的問題の解明とそれに関連する心理学の機能」の第二十九節~第三十一節。
《学一般は普遍的哲学としてのみ可能であり、この普遍的哲学こそあらゆる学のうちにあって唯一の学であり、あらゆる認識の総体としてのみ可能である》(156ページ)。
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加藤尚武著作集第13巻収録予定の単行本未収録論文「形とエロティシズム――くびれた腰はどうしてセクシュアルなのか」の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、「現代思想」の原稿を見ながら改行等の確認。小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。仮ゲラ印刷15ページ+通読+ファイル追加修正。この論文もスミ。
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『鮎川信夫全集II 評論I』で「詩人と民衆」のV~VI、再読。

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2017年2月4日から始めたこの「読み書き日録」もついに最終日を迎えた。ご愛読(?)ありがとうございました。
来年は趣きを変えて、個人のTweetを廃止し、こちらに統合します。これまでの記事にくわえて個人的発言を増やす予定です。したがってブログのタイトルも2018年1月1日から「思考のポイエーシス・日録篇」と変更することにします。今後ともよろしくお願いします。

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2017年12月30日 (土)

読み書き日録2017/12/30

上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』の原稿通読+テキスト処理+ファイル修正、つづける。「I」の「『ヘイドン・ホワイトの『歴史の詩学』について」39ページ分、スミ。
《ヴィーコもまた、〈詩的知恵〉の世界の始源には、まずもっては隠喩的な作用が存在したと言う。しかし、ヴィーコがそう述べるときの隠喩的な作用とは、すでにできあがった言語の世界の内部にあってのものではない。ヴィーコは、当の言語の世界の成立過程そのものを視野のうちにとらえこもうとする。そしてほかでもなく、その言語の創出過程そのもののうちに隠喩的な作用を見てとるのである。》
 これはガダマーの〈言語意識の基礎的隠喩作用〉との対比で言っている。ガダマーの場合は《あくまでもすでに形成されて秩序を構成している言語の内部においての出来事》であるから、隠喩というより換喩にすぎない。
《したがって、ヴィーコが〈詩的知恵〉の世界の始源に措定している隠喩的な作用というのは、ガダマーの「基礎的隠喩作用」におけるような《類似性に表現を与える》ことではない。それは《類似性に表現を与える》以前に、なによりもまず人間の心的世界のなかに事物がそもそも自己同一性をそなえて立ち現われてくるさいの当の事物の自己同一性の原理にほかならないのである。》
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第三部「超越論的問題の解明とそれに関連する心理学の機能」の第二十八節。生活環境(生活世界)が哲学者にとっても〈_¨存在妥当¨_の領域〉として出発点にあるという自明の前提の確認。
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大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(岩波文庫) 「四 叙景の歌――なぜ日本の詩は主観の表現においてかくも控えめなのか?」~「五 日本の中世歌謡――『明るい虚無』の背景をなすもの」再読。これで本文、読了。残るは2つのあとがきと解説。
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Jacques Derrida: De la Grammatologie の第1部/第3章/Le rebus et la complicite+' des originesのつづき~。

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2017年12月29日 (金)

読み書き日録2017/12/29

Jacques Derrida: De la Grammatologie の第1部/第3章/Le rebus et la complicite+' des originesのつづき~。表音主義、絵文字等についての分析。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第二十六節~第二十七節。第二部、読了。ここではカント的超越論哲学の評価がなされ、これから展開する方法論が提示される。
《超越論的哲学こそは、前学問的ならびに学問的な客観主義に対して、_¨あらゆる客観的意味形成と存在妥当の根源的な場としての認識する主観性¨_へと立ち帰り、存在する世界を意味形成体ならびに妥当形成体として理解し、こうして_¨本質的に新たな種類の学問性と哲学¨_とに道を開こうと試みる哲学なのである。》(139ページ)
 つまり自分の主観性を信じて世界をもういちど見直すことで新しい超越論的哲学が開かれるということか。
《カントとカントから出発した超越論的観念論の諸体系が、近代哲学の目的論的意味統一のうちで占める位置を理解し、そうすることによってわれわれ自身の自己理解を進めうるためには、それのもつ学問性の様式を批判的に検討し、それによって、その哲学的思索の徹底性の不足――われわれによって克服される不足――を解明することが必要である。近代の歴史の内部での重要な転回点をなしているカントに立ちどまることは、十分理由のあることである。》(140ページ)
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大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(岩波文庫) の3章「奈良・平安時代の一流女性歌人たち」読む。ここでは笠女郎、和泉式部が主として取り上げられる。
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加藤尚武著作集第12巻収録予定の単行本未収録論文「技術と権利」の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、「現代思想」の原稿を見ながら改行等の確認。小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。仮ゲラ印刷12ページ+通読+ファイル追加修正。この論文もスミ。
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『鮎川信夫全集II 評論I』で「詩人と民衆」のIII~IV、再読。
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第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」の「3-4」を読み直しと加筆修正。もう一節分、書かないと終われないことを確認。

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2017年12月28日 (木)

読み書き日録2017/12/28

上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』の原稿通読+テキスト処理+ファイル修正、つづける。「I」の「『惑星思考』のその後」4ページ、「ヘテロトピアからのまなざし――エドワード・W・サイードと批評の可能性」19ページ、「ヘテロトピアとしてのアメリカ」3ページ、スミ。仮ゲラ印刷26ページ分。ここまでの対応する注ページも印刷。76ページまでの分を上村さんに送付。残りは冬休みの宿題。
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「サラン橋」17号に目を通す。崔龍源から送ってもらったもの。
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大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(岩波文庫) 2章の途中~終り。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第二十四節~第二十五節。
《われわれにとっていま興味があるのは――形式的、一般的な言い方をすれば――、カントがヒュームの感覚所与の実証主義――カントはヒュームをそう理解したのであるが――に反対して、体系的に建設された、壮大な、しかも_¨新しい¨_仕方での学的な哲学を企図したという点である。そしてこの哲学において、デカルトの試みた意識主観性への転回が、超越論的主観主義という形をとって結実するのである。》(134ページ)
 フッサールはさらに、カントによるヒューム誤解の結果として、《その虚構主義の立場で学としての哲学を放棄したヒュームの感覚所与の実証主義に対する反動として》カントの《体系的に建設された壮大な学的哲学――_¨超越論的主観¨_主義と呼ばれるべきだが――が現われた》(136ページ)と言うのである。まことに哲学とはおもしろい。

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2017年12月27日 (水)

読み書き日録2017/12/27

加藤尚武さんよりE-mailできのう依頼した加藤尚武著作集第6巻収録予定の単行本未収録論文「核廃棄物の時間と国家の時間」を含む「震災後三部作」というデータを送ってくれる。比べると明らかにこれらしい。データを差し替え。~さっそく加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、改行等の確認。小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。仮ゲラ印刷10ページ+通読+ファイル追加修正。この論文もスミ。
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川上明日夫詩集『白骨草』通読。読むのは初めて。〈じっじっと 虫が鳴くように 魂も減ってゆく 秋〉(「子守柿」)――ちょっとさみしい境地だ。
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第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を読み直し。すこし加筆。さらに「3-4」で主として「近代詩における『近代』の運命」について書く。この項も、スミ。ここまでで36枚半+注となる。
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「現代思想」2012年3月号(特集:大震災は終わらない)を読みつぐ。加藤尚武論文「核廃棄物の時間と国家の時間」のほか西谷修×山形孝夫対談も読む。以前、修さんから聞いていた対談だ。

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2017年12月26日 (火)

読み書き日録2017/12/26

上村忠男『ヘテロトピアからのまなざし』の原稿通読+テキスト処理+ファイル修正、はじめる。まずは「I」の「シラーをサボタージュする――スピヴァクとグローバリゼーションの時代における美的教育」スミ。仮ゲラ印刷43ページ分。
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大岡信『日本の詩歌――その骨組みと素肌』(岩波文庫) 読みはじめる。コレージュ・ド・フランスでの講義録で単行本の再読。2章の途中まで。
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「現代思想」2012年3月号(特集:大震災は終わらない)を読みはじめる。

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2017年12月25日 (月)

読み書き日録2017/12/25

「図書」2018年1月号に目を通す。広辞苑特集号。
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星野元一詩集『ふろしき讃歌』通読。土の匂いをふんだんに感じさせ、そこに生きる人間の哀感をストレートにユーモラスに語るこの詩人のことばは無類に楽しくほほえましい。棺桶に入れられた死者の気持ち(があるとして)が書かれた「桶の人」など傑作だ。
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『鮎川信夫全集II 評論I』で「詩人と民衆」途中まで再読。 《戦前のモダニズム詩派は、ダダ、シュール以後の西欧文学の影響下に、そのほとんどが無意味な難解詩をつくり出し、伝達上、はなはだしい不利を招きながら、かえって芸術上の前衛を気負うふうがあった。それは、庶民とも、民衆とも、大衆とも、人民とも、国民とも、まったく無縁の奇妙な文学であって、根無し草である当時のインテリ詩人のよわよわしげな知性と感性を、わずかに反映しているといったものが多かったのである。》(228頁)
 これは大岡信のモダニズム評価を内部にかかわった者の視点から証言したものである。
   *
宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』ようやく読了。どこか懐かしい観念的文体的生硬さをかかえた本書は、みずからを「経済グローバリズムの手先であった」と自負しつつ世界的視線で浦島太郎的日本社会(と詩)の問題を論じて鋭い論点を提起しているところに見どころがある。状況論的にはちょっと古証文的な論考も多かったが。

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2017年12月24日 (日)

読み書き日録2017/12/24

エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第十八節~第二十二節。
《近代において、悟性ないし理性の理論、精確な意味での理性批判、超越論的問題と呼ばれているものは、その意味の根源をデカルトの省察のうちにもっている。古代においては、このような問題は知られていなかった。というのは、古代には、デカルト的判断中止やその自我【エゴ】は縁のないものだったからである。こうして、その究極の基礎づけを主観的なもののうちに求める、_¨まったく新しい種類の哲学的探究¨_が。事実上デカルトとともにはじまる》(114ページ)
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上村忠男さんよりE-mailで『言説の異他なる反場所から』から『ヘテロトピアからのまなざし』への書名の変更とホワイト論と柄谷論の入替えの指示。ヘイドン・ホワイト論、柄谷行人論の合体した差し替え原稿、、追加原稿1本、目次の修正、あとがき原稿、「ビブリオグラフィティ(2012-2017)」の原稿、などいろいろとどく。これは大変だ。~とりあえず目次部分をテキスト処理して「他の秀丸エディタと内容比較」コマンドで相違を確認。初出一覧も修正。差し替え原稿、追加原稿をひとまず印刷とテキスト処理。「『ヘテロトピアからのまなざし』_本文.txt」に取り込み。あとは読みながら一括ファイル修正をしていくことに。これはとうていあと4日では終わりそうにない。
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宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』読みつぐ。
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Jacques Derrida: De la Grammatologieの第1部/第3章/Le rebus et la complicite+' des originesのはじめ~。エクリチュールとメラニ-・クラインの精神分析について。
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第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を読み直し。すこし加筆。さらに「3-3」でモダニズムと近代意識について書く。この項、スミ。ここまでで27枚ちょっと+注となる。

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2017年12月23日 (土)

読み書き日録2017/12/23

『鮎川信夫全集II 評論I』で「前衛の場について」「近代詩における『近代』の運命」再読。
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「彼方へ」1号に目を通す。川中子義勝が始めた同人誌。
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加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の通読12ページ分+ファイル追加修正。一七節~一八節、スミ。
《実物は不動、理念が自己展開というのが、ヘーゲル哲学の基本的な図式である。》
 これでこの長大な連載もスミ。第3回配本予定の第4巻もすべてスミ。
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宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』のII部まで読了。
   *
上村忠男さんの『言説の異他なる反場所から』の原稿の印刷のつづき~終り。さらにテキスト変換してファイル連結。「言説の異他なる反場所から_本文.txt」としてひとまずまとめる。注もふくめてポイエーシス18行形式で流し込むと490ページ分もあることがわかる。だいぶ余分なデータもあるから減るとしても400ページ以上になりそう。とりあえず目次部分から「初出一覧」を抽出。さらに文字化けしているところをある程度まで一括修正。まずは加藤尚武マクロでテキスト一括処理。タイトル見出し・中見出しタグ付け。注を「言説の異他なる反場所から_注.txt」として取り出し。注のある文章はあまりないが、それぞれはかなり多い。これで本文をあらためて計算するとやはり468ページもある。小活字化タグ付けのところまで。

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2017年12月22日 (金)

読み書き日録2017/12/22

上村忠男さんの『言説の異他なる反場所から』を年末までに仮ゲラ化して上村さんに送る予定にし、上村さん宅にtel。最初は夫人といろいろ話。途中から帰宅された上村さんと話。とりあえず来年2月刊行をめざしてできるところまで年内に仮ゲラを送る予定を伝える。あさっての成城寺小屋講座の会には欠席を伝える。~とりあえず原稿の印刷をはじめる。かなり多そう。
   *
宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』読みつぐ。宗近の文章には「マルクス主義の牧歌的ターム『収奪』」とか「剰余価値の無根拠」とか、ネオコンの使いそうなタームが出てきて、驚く。おいおい、大丈夫かよ。アメリカあたりですっかり洗脳されてきたのか。
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加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の通読再開13ページ分+ファイル追加修正。一五節~一六節、スミ。
《「弁証法」は、ヘーゲルの用語法では、すべての発展段階の一部だけの名称である。もしも過程の全体を「正反合」と呼ぶなら「正反合の弁証法」という言い方が、ヘーゲル的な用語法の枠の中で成り立つはずがない。しかしヘーゲルは自分の論理展開を三段階で表現するときでも、「正反合」という表現は絶対に使わないのだから、「へーゲル哲学の基本概念は〈正反合の弁証法〉と言い表わすことができる」などというのは、まったく根も葉もないでっち上げである。》
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『鮎川信夫全集II 評論I』で「現代と詩人――異数の世界へおりてゆく者」再読。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第十五節~第十七節。
《真に哲学者たらんとするものとしては、_¨ある種の徹底的な懐疑的判断中止¨_から出発するのを避けるわけにはいかない。それは彼のもついままでのあらゆる信念の世界を疑問視し、それらの信念を判断として使用することをあらかじめ防ぎ、それが妥当するかしないかについて態度を決めるのを禁ずることである。あらゆる哲学者は、その生涯において一度は、このような態度をとらねばならないのだ。》(106ページ)
 まことにフッサール的エポケーをみずからに適用する態度決定であろう。
《判断中止によってわたしは、_¨絶対に必当然的な前提として、わたしにとって考えられうるあらゆる存在者とその存在領域に原理的に先行する¨_ような存在領域に到達した。……自我、すなわち判断中止を遂行する自我は、唯一絶対に疑いえないもの、あらゆる疑いの可能性を原理的に排除するものなのである。》(109ページ)
 この立場をフッサールは〈根源的明証性〉と呼び、《すべての学的認識がそこへ還帰せねばならないもの》としている。ここでフッサールはデカルト主義者であるとともに、そのエポケーの絶対化によってデカルトとともに形而上学者になっている。

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2017年12月21日 (木)

読み書き日録2017/12/21

「人文会ニュース」128号を読みつぐ。~読了。今回は読ませどころが多かった。八戸ブックセンターの情報、新聞書評の作り方の実際、マルクスの偉大さについての論。最後のものに参考文献としてカーの名著『カール・マルクス』、ベンサイドの『時ならぬマルクス――批判的冒険の偉大と逆境(十九―二十世紀)』が落ちているのは大きな見落としだろう。知らないのかな。
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宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』よみつぐ。
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「Griffon」41号に目を通す。
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「森羅」8号、通読。手書き限定100部は貴重だ。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第十節~十四節。
《世界はそれ自体において、数学ないし数学化された自然からとり出されてきた合理性の新たな意味において、合理的な世界でなければならない。それに対応して、世界の普遍学である哲学も、「_¨幾何学的様式¨_」による統一的な合理的理論として建設されねばならないことになる。》(86ページ)
 それはどうかな。

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2017年12月20日 (水)

読み書き日録2017/12/20

加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の通読19ページ分+ファイル追加修正。一二節~一四節。
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5時すぎ、『加藤尚武著作集第9巻 生命倫理学』初校、出校。索引以下が別で456ページになる。改ページなどページが増える要因が多かった。ざっと確認してすこし手直し。~加藤さんにtelしてこれから家へ持参。
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第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を読み直し。「3-2」の西脇順三郎のところをすこし加筆。さらに「3-3」をすこし。ここまでで20枚半+注となる。
   *
「人文会ニュース」128号を読みつぐ。

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2017年12月19日 (火)

読み書き日録2017/12/19

加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の通読11ページ分+ファイル追加修正。一〇節~一一節。
   *
「人文会ニュース」128号を途中まで読む。「考えるとはどういうことか――加藤尚武著作集刊行の意義」を読みなおす。

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2017年12月18日 (月)

読み書き日録2017/12/18

「人文会ニュース」128号できる。[編集者が語るこの叢書・このシリーズ13]として「考えるとはどういうことか――加藤尚武著作集刊行の意義」掲載される。
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加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の後半をWord原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、などの一括修正を最後まで。印刷残り57ページ分。通読+ファイル追加修正はあすから再開。
   *
「図書」12月号に目を通す。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第九節「ガリレイによる自然の数学化」のi~l。特別に長くて難解な九節、終り。ここでは「根源的直観」を有効にはたらかせようとする困難な考え方を取り入れるというこれからの方法が語られている。
   *
宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』で唯一の書き下ろしである標題論考を読む。一種の隠喩論だが、ここで宗近は隠喩でもなく換喩でもない詩の出現を揚言している。宗近は、換喩が詩の言語構造のなかでは隠喩の一種でしかないことを考えるべきではないか。古い戦後詩的隠喩論の枠に囚われている。宗近が言及している菅谷規矩雄の〈意識の意識〉は詩の言語構造の言い換えとしては悪くないが、これも問題は別だ。

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2017年12月17日 (日)

読み書き日録2017/12/17

宗近真一郎『リップヴァンウィンクルの詩学』読みはじめる。
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『鮎川信夫全集II 評論I』で「近代詩について」再読。モダニズム批判。
   *
第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を書きつぐ。「3-2」を4枚分ちょっと+注を書いて、この項も終了。ここまでで18枚ちょっと+注となる。
   *
加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」をWord原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正をしながら印刷+通読11ページ分+ファイル追加修正。八節~九節、スミ。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologie の第1部/第3章/La science et le nom de l'hommeのつづき~終り。デリダは注のなかで今日のコンピュータ時代の到来をかなり正確に予想している。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第九節「ガリレイによる自然の数学化」のh。

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2017年12月16日 (土)

読み書き日録2017/12/16

秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』読了。V部(2011年3月~6月のブログ)の途中~終り。V部の「ココア共和国」ブログのやりとりは一気に読ませる。東日本大震災の直後の3か月間の応答はあのときのリアルな動きを伝えている。そう言えばあのころは民主党政権だったんだ。いまの安倍政権だったらもっとひどい対応だったかもしれないけど、やはり危機対応があまりにもひどかった。愚かな原発擁護派にテレビなどでの露出を許すなど判断が甘かった。だから失権したわけだが。あらためて原発といまだに無策な政治への怒りがこみあげる。安易な原発ツィートで世間に名を売った詩人もいたし。
   *
「橄欖」108号に目を通す。ひさびさに見る詩誌。送ってくれた日原正彦が第二次「走都」創刊号の詩「発熱装置」に感銘したと私信で書いてくれる。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第九節「ガリレイによる自然の数学化」のc~g。
《_¨無限に仮説でありつつけ、無限に検証でありつづける¨_ということが、自然科学に固有な本質であり、アプリオリに自然科学のあり方なのである。》(61ページ)
なるほど、そういうものか。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologie の第1部/第3章/La science et le nom de l'hommeのつづき~。初期資本化とエクリチュールの構造的連帯についてルロワ=グーランが参照されている。土地の登記などのこと。
   *
岡田ユアン詩集『水天のうつろい』通読。母になることの感覚を触覚的に描き出していて男にはよくわからないながら、秀逸。
   *
加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」をWord原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正をしながら印刷+通読13ページ分+ファイル追加修正。加藤尚武マクロと「複合動詞の修正マクロ」のバグ修正も。六節~七節、スミ。
   *
『鮎川信夫全集II 評論I』で「近代詩人」を再読。ここではやくも一九三九年に鮎川は《近代詩の正当な発展と進化を妨害したものは、無自覚なモダニスト達の浮薄な形式主義の亜流と無意味に近い修辞法への偏執であった。》とモダニストを全面否定している。
   *
第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を書きつぐ。「3-2」を5枚分+注、書く(時間切れで未完)。

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2017年12月15日 (金)

読み書き日録2017/12/15

加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」をWord原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正をしながら印刷+通読を一気に34ページ分+ファイル追加修正。一節~五節。
《ヘーゲルの思想的なおもしろさは自分の体系の形式的な整合性を大胆に無視して、個別的な領域で独創的な発想を展開したという点にある。》
   *
秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』のIV部の途中~V部(ブログ)の途中。

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2017年12月14日 (木)

読み書き日録2017/12/14

『加藤尚武著作集第9巻 生命倫理学』の著者解題原稿の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、Word原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正をしてから通読+印刷22ページ。言われていたより長かった。これで第9巻は終り。~萩原印刷・藤野さんにデータをE-mailで送付。これで入稿もすべてスミ。
   *
浦歌無子詩集『夜ノ果ててのひらにのせ』通読。他者との共生を念願しているらしき発語主体の、世界との接点の模索と言えようか。イメージもことばも散乱していくばかりで、容易に意図がつかめない。もっとことばの焦点を引き絞っていく努力が必要だろう。
   *
第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を書きつぐ。「3-1」の分9枚分+注になり、この項、スミ。つぎは「3-2」でモダニズム批判へ。
   *
秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』のII部~IV部。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第九節「ガリレイによる自然の数学化」の途中~。

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2017年12月13日 (水)

読み書き日録2017/12/13

秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』のIの1200字コラム、読了。
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「朝明」4号に目を通す。
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『加藤尚武著作集第9巻 生命倫理学』の仮ゲラ赤字の修正つづける。「加藤尚武著作集第9巻_本文.txt」と「加藤尚武著作集第9巻_注.txt」に『二十一世紀のエチカ――応用倫理学のすすめ』『脳死・クローン・遺伝子治療――バイオエシックスの練習問題』と単行本未収録論文4本をつないでそれぞれ1ファイルとする。ファイル修正、すべてスミ。解題原稿も印刷とテキスト化。とりあえずあす入稿用に新しいページと注を印刷。解題を別にして430ページぐらいになりそう。本文と注のデータを萩原印刷・藤野さんにE-mailで送付。
   *
楡久子詩集『大人と宇宙』通読。低い目線で細かい生活の節々にことばを届かせている。対象とのギャップがあまりないために空間が広がらない。
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エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第九節「ガリレイによる自然の数学化」の途中~。
《この極限形態〔「純粋思惟」という_¨理念的な実践¨_がとどまる_¨純粋な極限形態という領域¨_をさす〕は、長い歴史を通じて形成され、相互主観的な共同作業によって行なわれる理念化と作図という方法によって、習慣的に使用できる成果となり、この成果によって、繰り返し新しいものを獲得することができる。すなわち、無限ではあるが、それ自体において完結した、理念的対象性の世界が、仕事場になるのである。》(42ページ)
理念が実践的に働きうる場所を幾何学は設定したということだろう。
   *
第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」を書きつぐ。「3-1」の分3枚分+注でヨーロッパ近代の規定から。

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2017年12月12日 (火)

読み書き日録2017/12/12

木村友祐著『幸福な水夫』見本できる。
   *
『加藤尚武著作集第9巻 生命倫理学』の仮ゲラ赤字の修正はじめる。まず「加藤尚武著作集第9巻_本文.txt」の目次~扉部分を作成し、『バイオエシックスとは何か』をドッキングして修正。「加藤尚武著作集第9巻_注.txt」も作成。
   *
秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』読みつぐ。
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『さよなら鮎川信夫 (特装版・現代詩読本)』で31年前に書いた「〈モダン〉の思想的極限――最後の鮎川信夫」を読み直す。〈モダン〉の思想家としての鮎川信夫をことさらに〈ポストモダン〉への無理解を吉本隆明をダシにして書いているところがある。
   *
第二次「走都」2号のための鮎川信夫論「鮎川信夫という方法(2)」の「3 〈戦後詩〉と近代」をようやく書きはじめる。とりあえず2枚分+注。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第二部「近代における物理学的客観主義と超越論的主観主義との対立の起源の解明」の第八節~第九節の途中。

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読み書き日録2017/12/11

秋亜綺羅『言葉で世界を裏返せ!』読みはじめる。

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2017年12月10日 (日)

読み書き日録2017/12/10

北川清仁詩集『冴』通読。「冴」という実在するんだか想像上の女性(?)との交渉を中心にメルヒェン的に仕立てているが、手応えが弱いかな。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「愛されるために」と訳者あとがきを読んで、この本も読了。このフランス文壇の最長老はガリマール社の原稿審査委員でもあり、その立場上からも文学の裏話もくわしい。ガリマールぐらいになると年間1万点もの原稿が送られてくるそうで、そうした原稿読みの仕事も重要な役割だ。《結局のところ、いつだってわたしは書記なのだった。》(173ページ)という感慨も半端じゃない。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologieの第1部/第3章/La science et le nom de l'hommeのつづき~。
   *
「詩的現代」第二次23号に目を通す。この詩誌はどんどん厚くなっていく。
   *
加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲル入門」の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、Word原稿を見ながら改行等の確認。引用タグ、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。連載3回目の途中まで。

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読み書き日録2017/12/9

ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「まだなにか、いっておくべきことがあるのか?」を読む。遺作を気にかける作家のいろいろ。
   *
「 現代詩手帖」12月号のアンソロジーの未読分を読み終わる。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』の第一部「ヨーロッパ的人間の根本的な生活危機の表現としての学問の危機」の第四節~第七節。第一部、終り。。
《新しい哲学の創建は、……近代的なヨーロッパ的人間性の創建であるし、いままでの中世ないし古代の人間性に対して、その新しい哲学によって――そして、その哲学によってのみ――根本的に自己を革新しようとしたヨーロッパ的人間性の創建》なのである。
《人間の自由とは、人間の個体としての存在、また普遍的人間としての存在に理性的意味を与えうるという人間の可能性にほかならない。》(26ページ)
 ヨーロッパ中心主義ではあるが、まあそんなものかな。
《哲学すなわち学問とは、_¨人間性そのものに「生得的」で普遍的な理性が開示されてくる歴史的運動¨_だといってよいであろう。》(30ページ)
 これじゃまるでヘーゲルだ。

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2017年12月 8日 (金)

読み書き日録2017/12/8

きょうは一日じゅう「季刊 未来」冬号の校正、チェック、広告原稿作成などに追われる。まさに「死闘」と言ってもいいぐらい。上村忠男、郷原宏、深井智朗、高梨ひばり、永井潤子の各氏の分は責了に。小林康夫、佐々木力、東條慎生の分はゲラ送付。表紙関係の原稿も作成し、戸田事務所へE-mailで送付。月曜夜には入稿してくれるという早ワザ。
   *
「りんごの木」47号に目を通す。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「未完成」を読む。
   *
「現代詩手帖」12月号のアンソロジーの未読分を読む。
   *
エドムント・フッサール『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』読みはじめる。第一部「ヨーロッパ的人間の根本的な生活危機の表現としての学問の危機」の第一節~第三節。
《理論としての哲学は、研究者だけではなく、哲学的教養をもつすべての人を自由にする。理論的自律性から、実践的自律性も生ずるのである。》(20ページ)

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2017年12月 7日 (木)

読み書き日録2017/12/7

「春秋」12月号に目を通す。
   *
郷原宏さんよりE-mailで「季刊 未来」冬号のゲラ受取り。直しはないとのことで責了に。
   *
「季刊 未来」冬号の東條慎生「『夢』の話法 『挾み撃ち』の夢――後藤明生の引揚げ【エグザイル】6(最終回)」のテキスト処理+通読+仮ゲラ印刷。とくに問題ないので入稿へ。あわせて目次の原稿を作成&印刷。
   *
上村忠男さんよりE-mailで「季刊 未来」冬号の「フッサール『危機』書からの再出発――独学の思想1」のゲラ校正1箇所の連絡。~責了に。
   *
佐々木力さんにE-mailで「季刊 未来」の仮ゲラ修正の戻しの件。~返信E-mailで本ゲラで修正するとの連絡をしたとのこと。ゲラを急いでくれ、とのこと。~疑問箇所をすべてファイル修正して印刷。写真2枚も指定して入稿へ。データは藤野幸宏さんにE-mailで送付。
   *
「UP」12月号に目を通す。
   *
松本秀文詩集『「猫」と云うトンネル』通読。猫になったり犬になったりする感覚で世界を再構築しようとする試み戯れと言えようか。こういう試みがなにを韜晦しているのか、よくわからないが。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「またしても、愛を書く」「歯医者での三〇分」を読む。

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2017年12月 6日 (水)

読み書き日録2017/12/6

「季刊 未来」冬号の上村忠男さんの新連載「独学の思想」1回目「フッサール『危機』書からの再出発」の初校、出校(きのう)。~チェックして問題なし。上村さんに送付。
   *
「季刊 未来」冬号の永井潤子さんの「ドイツと私87 メルケル首相のたそがれ?――――連邦議会選挙の衝撃的な結果」のテキスト処理+通読+印刷。14行オーバー分を削除案を付けてドイツの永井さんにE-mailでPDFを送付。
   *
「季刊 未来」冬号の高梨ひばり「特定妊婦――〈かなりや〉の国から4」のテキスト処理+通読+印刷。1行オーバー。高梨さんにE-mailでPDFを送付。
   *
「季刊 未来」冬号の深井智朗「宗教改革と戦争神学 宗教改革四百周年――宗教改革から五百年4」と郷原宏「岸辺のない海――石原吉郎ノート10 沈黙と失語(続)」の初校もそれぞれ出校。確認してそれぞれを送付。
   *
小林康夫さんよりtel&E-mailで「戦後文化論II-8」の仮ゲラ校正と追加分のデータとどく。~ファイル修正して印刷。~萩原印刷・藤野さんにE-mailでデータを送付。
   *
*ヘイドン・ホワイト[上村忠男監訳]『実用的な過去』の「【監訳者解説】ホロコーストをどう表象するか――「実用的な歴史」の見地から」の途中~終り。監訳者あとがきも読み、ようやく読了。
《今日では、書くということは、自らを言葉【パロール】の行為の中心にするということである。自ら作用を及ぼされながら書記行為を実践することである。書き手を心理的な主体としてではなく〔中略〕行為の動作主として書記行為の内部に放置してくことである》(251ページ、上村忠男によるロラン・バルトの「書くは自動詞か?」からの引用)
 ここでは書くことの中動態的性格が指摘されている。

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2017年12月 5日 (火)

読み書き日録2017/12/5

「季刊 未来」冬号の小林康夫「戦後文化論II-8」のテキスト処理+通読+印刷8ージ。16行ほど余裕あり吉田喜重論でおもしろい。~自宅にFAX。tel入れも。夜、帰ってから見る由。
      *
ヘイドン・ホワイト[上村忠男監訳]『実用的な過去』の「【付録】歴史的真実、違和、不信」の7節~11節。さらに「【監訳者解説】ホロコーストをどう表象するか――「実用的な歴史」の見地から」の途中まで。

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2017年12月 4日 (月)

読み書き日録2017/12/4

深井智朗さんより速達で「季刊 未来」冬号の「宗教改革と戦争神学 宗教改革四百周年――宗教改革から五百年4」の仮ゲラ校正とどく。~ファイル修正をして広告を追加。萩原印刷に入稿。データはE-mailで藤野さんに送付。深井さんにも受取りのお礼E-mail。
   *
郷原宏さんよりE-mailで「季刊 未来」冬号の原稿「岸辺のない海――石原吉郎ノート10 沈黙と失語(続)」とどく。テキスト処理+通読+印刷。すこし余ったので広告を追加。これも萩原印刷に入稿。データはE-mailで藤野さんに送付。~郷原さん宅にtel。山本楡美子さんと話。「走都」第二次創刊号のこと、などいろいろ励まされる。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「私生活」の途中~終り。
《原稿用紙の上で、自分についてけりをつける内容とは、この上なく個人的なものなのだ。本当の私生活とは、書くこと【エクリチュール】にほかならない。》(104ページ)
   *
ヘイドン・ホワイト[上村忠男監訳]『実用的な過去』の「【付録】歴史的真実、違和、不信」のはじめ~。ザウル・フリートレンダー(ソール・フリートランダー)のホロコースト論の脱歴史叙述的性格が徹底的に検討されている。
   *
「現代詩手帖」12月号のアンソロジーの未読分を読む。

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2017年12月 3日 (日)

読み書き日録2017/12/3

ヘイドン・ホワイト[上村忠男監訳]『実用的な過去』の「後記」を読む。残るはいずれも長い付録と監訳者解説。
《結局のところ、歴史を科学にしようとする近代のプロジェクトは、歴史をさまざまな非科学的・反科学的な実践から保護するかたちをとることとなった。神話、神学あるいはより正しくは弁神論、文学あるいはフィクション一般、形而上学、イデオロギーが、そうした非科学的・反科学的な実践の主なものであった。》その結果として歴史家は《事実の蒐集家という二次的な役割への格下げ、という犠牲》をともなうことになった。(159ページ)
《「実用的な過去」なるものを想像し、それを「歴史的な過去」の横に反対物ではあるが矛盾はしないものとして併置することによって、わたしたちは何を獲得することになるのだろうか。第一に、わたしたちの研究の射程と範囲を獲得する。第二に、深度と高度を獲得する。そして第三に、もろもろのアイデンティティを鍛造したり形づくったりすることのできる領域として、これまで以上に豊かな状態が存在するという認識を獲得するのである。》(167ページ)
   *
新井高子さんよりE-mailで日本現代詩歌文学館で12月23日(土)にジェフリー・アングルスさん、金野孝子さんの講演、トーク、朗読による「詩のことば、声のちから」イベントの案内。新井さんが司会。
   *
藤本哲明詩集『ディオニソスの居場所』通読。未知の詩人の第一詩集。ことばがなんと軽く薄く、しかし勢いをもって突き進んでいくのだろう。だがどこへ? 長篇詩「荷造り」に夜行バスでの東京への移動のさいに持参する書物の羅列があるが、〈書物は/そこに/たた、/居る〉だけ。〈活字は/黙っている〉のであるが、詩人とともに移動していく。その浮遊感と脱力がなんとも傷ましいほどリアルだ。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「私生活」の途中まで。


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2017年12月 2日 (土)

読み書き日録2017/12/2

ヘイドン・ホワイト[上村忠男監訳]『実用的な過去』の第5章「歴史的言述と文学理論」の6節~10節と「ナレーション、ナラティヴ、ナラティヴ化についての付記」を読む。第5章、終り。
   *
「PO」167号に目を通す。〈私の好きな愛の詩【うた】〉という凡庸な特集だが、小池昌代ほか何人かのいい詩人が書いている。自分だったら大岡信あたりかな。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「おさらばすること」の途中~終り。
   *
加藤尚武著作集第4巻収録予定の単行本未収録論文「ヘーゲルと現代倫理学」の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、引用タグ付け、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。仮ゲラ印刷17ページ分+通読+ファイル修正。この論文もスミ。
   *
「みすず」12月号に目を通す。上村忠男さんが連載「ヘテロトピア通信」終了にあたって近業を総括したあと、「季刊 未来」で思想的自伝「独学の思想」連載開始に触れている。
   *
「現代詩手帖」12月号、読みつぐ。批評とアンケートはざっと目を通す。批評になっていないもの、批評を放棄して目を覆いたくなるものもあった。

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2017年12月 1日 (金)

読み書き日録2017/12/1

きのう仕上げた上村忠男さんの「季刊 未来」冬号の新連載「独学の思想」1回目「フッサール『危機』書からの再出発」の修正仮ゲラの再印刷12ページ分。~萩原印刷に入稿。
   *
深井智朗さんよりE-mailで「季刊 未来」冬号の原稿「宗教改革と戦争神学 宗教改革四百周年――宗教改革から五百年4」とどく。~テキスト処理+印刷+通読。16行オーバー。~深井さんに返信E-mailでPDFを送る。
   *
加藤尚武著作集第5巻収録予定の単行本未収録論文「有機体の概念史」の加藤尚武マクロによるテキスト一括処理。つづけて見出し、引用タグ付け、改行チェック、注の追加、小活字化タグ付け、表記統一、などの一括修正。仮ゲラ印刷18ページ分+通読18ページ+ファイル修正。この論文もスミ。
   *
ロジェ・グルニエ[宮下志朗訳]『書物の宮殿』の「おさらばすること」の途中まで読む。
   *
「タルタ」43号に目を通す。

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