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2017年8月 6日 (日)

読み書き日録2017/8/6

『ホモ・コントリビューエンス』の原稿通読、つづける。森一郎「メメント・モリ、または先駆的決意性」のつづき~終り。故渡邉二郎氏の死をまえにした壮絶な仕事がハイデガーの〈先駆的決意性〉をめぐる考察と結びつけられて説得力があった。
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添田馨詩集『非=戦 (非族)』読了。ひさしぶりに添田の詩を読んだ。とくに後半の「非=戦」は1000行の書き下ろしですこしまだるっこいところはあるが、なかなかの力作。現政権および現代政治への批判が存分にこめられている。
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Jacques Derrida: De la Grammatologie の第一部/第2章/Le dehors et le dedansのつづき。
《エクリチュールの原初的な暴力があるというのは、言語とは、徐々に明らかにされてくるだろうある意味において、まずなによりもエクリチュールだからである。》(p. 55 拙訳)
そのまえに《エクリチュールとは……忘却を意味する》ということばもあり、当然ながらプラトンの『パイドロス』が参照されているが、エクリチュールはパロールの忘却のあとにやってくる(survenir)ものだからである。ここでソシュールにおいて言語とはパロールと同義であるから、エクリチュールとは暴力的出現となるわけである。
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「詩稿ノート」の「残花帳」の部のつづき。
《一度読んだものを忘れるやうでは一人前の仕事が出来るものにあらず、そんな人は一生復習許りして、辞書に成つて墓穴に這入るにや……》(「閑天地(十二)」)
と啄木は書いている。どきりとさせられる言葉だ。それにしても啄木のエッセイはおもしろい。
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柄谷行人『世界史の構造』(岩波現代文庫) の序説「交換様式論」の3節~6節。マルクスにはエコロジー的視点がすでに見られたことを知る。
《ヨーロッパがギリシア・ローマ文化を受け継いだのは、イスラム圏を通してである。その意味で、ギリシア・ローマからゲルマンへ、というヘーゲル的な継起的発展は、西洋中心主義的な虚構にすぎない。》(40ページ)
 まったくその通りだ。

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