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2017年8月13日 (日)

読み書き日録2017/8/13

イマニュエル・カント『道徳形而上学原論』(岩波文庫) の第二章「通俗的な道徳哲学から道徳形而上学への移り行き」のつづき~。
《客観的原理の表象は、その原理が意志にとって強制的である限り、命令(理性の)と呼ばれる、そしてかかる命令の方式が_¨命法¨_〔Imperativ〕である。》(65-66ページ)
《もし行為が何か_¨或る別のものを得るための¨_手段としてのみ善であるならば、その命法は_¨仮言的¨_〔hypothetischer〕である。ところでもし行為がそれ自体善であるとして提示されるならば、すなわちそれ自体理性に従うような意志において必然的であるとして――要するにかかる意志の原理として提示されるならば、その命法は_¨定言的¨_〔kategorischer=断言的〕である。》(69-70ページ)
《定言的命法は、いかなる条件によっても制限されない、そして実践的-必然的ではあるが、しかしまた絶対的-必然的であるから、これこそ本来の命令と呼ばれてよい。》(75ページ)
 このあたりはカント的語法がよくわかる。
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Jacques Derrida: De la Grammatologie の第一部/第2章/Le dehors et le dedansのつづき。デリダはいよいよここで
《(ソシュールの)_¨一般¨_言語学の企てが、_¨言語一般の内的システム一般¨_にかかわりながら、エクリチュールという_¨特殊な¨_システムを――それがいかに重要であり、_¨事実上¨_普遍的であるとしても――_¨外部性一般¨_として排除しつつ、その分野の限界を描き出そうとするのはなにゆえであるか》(p. 58、拙訳)
という問いを立てている。
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根津真介詩集『不無非未』通読。〈無〉を主語として延々と展開される変奏曲。ときに哲学的に、ときに無をいたぶるように(「無が無を釣っている状態を太公望というらしい」「無は後ろ指をさされたくてたまらない」)。おもしろいが、やや単調なのが惜しい。
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柄谷行人『世界史の構造』(岩波現代文庫) の「第二部 世界=帝国」の「第二章 世界貨幣」の1節~5節。
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『ホモ・コントリビューエンス』の原稿通読、つづける。塩尻和子「イスラーム倫理思想における利他心」の(1)~(3)まで読む。
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「詩稿より他」の「詩稿より」の部の途中~「日記より」「書簡より」「作歌ノートより」「唱歌」「その他」。「詩稿より他」スミ。さらに「参考資料」も読む。これで残るは解説と解題のみ。

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