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2017年7月26日 (水)

読み書き日録2017/7/26

「詩遊」55号に目を通す。冨上芳秀「詩についてのメモ6」で第二次「走都」創刊号の批評。
《以前、私は野沢啓の評論は高く買っていたが、詩はそれほどでもなかった。しかし、今度読むと詩も評論も自由な精神の羽ばたきがよかった。(……詩の引用あり……)私がこの詩を評価するのは、個性のない感想を述べる生活詩ではなく、豊かな知識と鋭い感性による世界認識があるからである。*で区切って、次々とテーマを移動させることで、読者を飽きさせないという自由な思考の展開である。いうまでもなく筆力と内容の魅力に少しでも揺るぎがあれば、この種の詩は失速してしまうのである。こうした思考に詩の作品を取り込むことで一つの宇宙を形作っている》
とある。まあ、ちょっと気に入らないところもあるが、冨上よ、ありがとう。
   *
『ホモ・コントリビューエンス』の原稿通読、つづける。佐藤透「心のよさとは何か――『不生の仏心』と『もののあはれ』を手引きとして」の三節~五節。この論文もスミ。
   *
加藤尚武著作集第3巻の『へーゲルの「法」哲学』の仮ゲラ印刷+通読+ファイル修正をつづける。「4章 譲渡があるから所有がある」の章、スミ。
   *
「季刊 びーぐる 詩の海へ」36号、読みはじめる。ボードレール特集。
   *
Jacques Derrida: De la Grammatologie の第一部/第2章/Le dehors et le dedansのつづき。Saussureの方法的限定、つまり言語学の研究対象を現代の音声言語に限定すること。
   *
G・W・F・ヘーゲル『歴史哲学講義(下)』(岩波文庫) の第四部「ゲルマン世界」の「第二篇 中世」の第一章のつづき~終り。
   *
野村喜和夫『哲学の骨、詩の肉』の第9章、インテルメッツォ5、第10章を読む。
《もとより詩は言語による言語の批判である。》(215ページ)
《詩は、ある意味では、哲学の仕事が終わったところから開始される。》(233ページ)
いずれも突然の断言だが、あたっている。

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