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2017年7月19日 (水)

読み書き日録2017/7/19

『ホモ・コントリビューエンス』の原稿通読、再開。高橋文博「伊藤仁斎の仁愛の思想」の六節まで。
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加藤尚武著作集の『バイオエシックスとは何か』の仮ゲラ通読+ファイル修正、はじめる。6節まで。
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野村喜和夫『哲学の骨、詩の肉』の第2章~第3章を読む。ハイデガー、ルネ・シャール、ツェランにわたしが編集したラクー=ラバルト、小林康夫の本をとりまぜて論じている。なかなかいい線いってるよ。
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Jacques Derrida: De la Grammatologie の第一部第1章のL'e^tre e+'critのつづき~終り。第1章、読了。
《へーゲルは_¨また¨_還元不可能な差異を思考するひとである。……書物についての最後の哲学者であり、エクリチュールについての最初の思考者である。》(p. 41. 拙訳)
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「詩稿ノート」の部のつづき。「江畔雑詩」の前文に啄木の故郷への思いがけぬ境地が見られる。都を去り、《今はあたゝかき愛の新苑に心の限り甘き慰めを呼吸するなり。》と。
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G・W・F・ヘーゲル『歴史哲学講義(下)』(岩波文庫) の第三部「ローマ世界」の「第二篇 第二回ポエニ戦争から帝制成立までのローマ」読む。
《キケロが師と仰いだプラトンは、自分の目の前にあるアテネ国家が長つづきしないことを十分に意識していたから、自分の見解にもとづいて、完璧な国家体制の見取図を書きました。これに反して、キケロは、ローマの共和制が長もちできないなどとは考えなかったので、いつもその場かぎりの弥縫策をさがしもとめた。国家、とくに、ローマ国家の本質について、かれにはなんの意識もないのです。》(148-149ページ)
 これは痛烈なキケロ批判だ。
《ローマの原理は支配力や軍事力に全面的に依拠するものです。内部に精神的な中心があって、それが目的や活動力や精神の満足につながるということがない。》《ローマ人がギリシャの各地からひきずってきた芸術作品は、かれら自身がつくりだしたものではなく、富も、アテネの場合とちがって、自分たちの勤勉さがうんだ果実ではなく、略奪してきたものでした。》(149ページ)
とローマには厳しい。

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