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2017年7月 1日 (土)

読み書き日録2017/7/1

G・W・F・ヘーゲル『歴史哲学講義(上)』(岩波文庫) の第一部「東洋世界」の「第2篇 インド」のつづき~「第3篇 ペルシャ」のはじめ。
《散文的な知性をもつ中国人は、抽象的な天帝を最高の存在として尊敬するのみで、個々の場面では恥ずべき迷信にとらわれています。インド人は、知性に反するという意味での迷信はもたないのですが、迷信がないのではなく、むしろ、その生活と観念の全体がそっくり迷信です。》(273ページ)
とまったくむちゃくちゃな規定をへーゲルはやっている。さらに
《発展の原理はペルシャ史とともにはじまるので、だからこそ、ペルシャ史が世界史の本来のはじまりとされる。》(283-284ページ)
とこれまたいい加減な規定ですませてしまう。このあたりばからしいぐらいの思い込みにすぎない。
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Jacques Derrida: De la Grammatologie のPremie`re Partie/chapitre I/Le programmeのつづき~終り。サイバネティクスとエクリチュール学との結合の重要性が指摘されているが、どういうことか。
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ダグラス・ラミス『ダグラス・ラミスの思想自選集 「普通」の不思議さ』の「暴力国家」のつづき~終り。Violence, Gewalt、暴力ということばのニュアンスの相違の確認からウェーバーによる国家の「正統な暴力」の概念が骨抜きにされている問題の指摘まで。
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「ファントム」2号に目を通す。為平澪編集・発行。
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「アリゼ」179号に目を通す。以倉絋平発行。以倉の詩が人生への別れのようなものになっているが、どうしたのか。
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具莱●【あい】詩集『史詩賦聯 瓦に寄せて――「平城【なら】の明日香【あすか】を見【み】らくし好【よ】しも」――』通読。大伴坂上郎女の歌に引き寄せられるように奈良の旧跡をたどる詩人の見果てぬ夢か、知を織り混ぜての紀行の味がある。
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加藤尚武著作集の『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』のファイル修正++仮ゲラ印刷通読、つづける。「第八章 直接性と意味の先験性」のはじめ~二節。
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「雑誌に発表された詩」の部、つづき。
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「季刊 未来」夏号の未読分を読む。「[出版文化再生29]加藤尚武著作集いよいよ刊行へ」も読みかえす。言うべきことはいちおう書けている。
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大岡信『現代詩試論 詩人の設計図』(講談社文芸文庫) の「中原中也論 宿命的なうた」を途中まで読む。
《中也のなかに入ってゆくためには、ぼくらは単一で同時に複合的な感受性を持つことを要請される。》(166ページ)
 たしかにそう言える。

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