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2017年6月 4日 (日)

読み書き日録2017/6/4

加藤尚武著作集の『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』のファイル修正+印刷+通読、つづける。「第四章 知性主義への転回」の四節~七節。第四章、スミ。
《矛盾は真なるものの規則である。無矛盾は偽なるものの。》とヘーゲルはイエナ大学就任テーゼの第一条に書いているそうだ。加藤尚武はこれをもってヘーゲルの弁証法的理性の誕生と言っている。
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広田修詩集『vary』通読。
〈何を探すかをまずは探さなければ。何を生きるかをまずは生きなければ。〉
と冒頭の連作「探索」の最後のほうでこの詩人はうめくように書く。飛躍の多い難解派詩人かと思いきや後半は土の香りのする出自をきちんと言語化している。
 こんな詩行もある。
〈君の死は君の詩の敗北ではなかった。君の死は君の詩の完成ではなかったか。社会を生き抜いた君は社会に殺される直前に君の詩を完成させたはずだ。自らの存在と倫理の根拠としての詩を完成させて、その安堵の中で斃れたはずである。〉(「未来 D.K.へ」)
 これは固有の誰かを暗示しているのだろうか。ややセンチメンタルになってしまった。
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森洋子『ブリューゲルの世界』の第2章「作品篇1 広場のブリューゲル――諺・祝祭と禁欲・子供」のつづき~終り。《ネーデルラントの諺》《謝肉祭と四旬節の喧嘩》の図像学的読解。
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「新聞に発表された詩」の部、読む。詩集『あこがれ』以降のものが多いが、別名または無署名のものもある。まだ無名だったということか。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第三部「いくつかのモデル」の「III 形而上学についての省察」の2節~3節を読む。
《アウシュヴィッツ以降の文化はすべて、……ゴミ屑である。だがこの文化は再建された。しかも、この文化の風土の中で抵抗なくできることのみが再建された。それによって文化は、それが潜在的にそうであったもの、つまりイデオロギーになった。》(447ページ)
 文化というイデオロギー。
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『新潮世界文学32 リルケ』で「マルテの手記」読みつぐ。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(下)II 国家社会主義運動』(角川文庫) の「第十章 連邦主義の仮面」のつづき~終り。

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