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2017年6月25日 (日)

読み書き日録2017/6/25

Jacques Derrida: De la Grammatologie のPremie`re Partie/chapitre I: la fin du livre et le commencement de l'e+'critureのはじめ~Le programmeの途中、を読む。
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『石川啄木全集 第二巻 詩集』の「雑誌に発表された詩」の部、つづき。
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加藤尚武著作集の『ヘーゲル哲学の形成と原理――理念的なものと経験的なものの交差』のファイル修正+通読、つづける。「第七章 『経験』のひろがり」の五節~七節。第七章も読了。
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G・W・F・ヘーゲル『歴史哲学講義(上)』(岩波文庫) の第一部「東洋世界」のはじめ~「第1篇 中国」の途中。
《思考のないところに滅びはなく、思考なきインド人たちは混合され、強制され、抑圧されるほかはありません。》(194ページ)とか、
中国は《客観的な存在とそのもとでの主観的な運動との対立が欠けているために、そこではいかなる変化も生じようがなく、わたしたちが歴史と名づけるもののかわりに、永遠におなじものが再現する》(195ページ)
などとへーゲルの記述は無知と偏見にあふれている。
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ダグラス・ラミス『ダグラス・ラミスの思想自選集 「普通」の不思議さ』の「ラディカルな日本国憲法――国家の権力から国民の権力へ」読む。
《日本は、憲法に書かれたプランを確かに持っている。もし日本国民が政府に対し、第九条を拘束力のある法として施行せよと迫るならば、それは自衛隊の撤廃、安保破棄を意味するだろうし、世界中の国民は愕然とし、まったく新しい形の希望を与えられるにちがいない。》(149ページ)
 まさにラディカルだ。
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『ホモ・コントリビューエンス』の仮ゲラ通読、つづける。幸津國生「藤沢周平の作品世界における〈貢献〉する態度の描写」の3節まで。大幅な手入れが必要か、あるいはカット?

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