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2017年6月14日 (水)

読み書き日録2017/6/14

ダグラス・ラミス『ダグラス・ラミスの思想自選集 「普通」の不思議さ』の「『菊と刀』再考〈パートII〉」の途中まで読む。
《『菊と刀』の大きな影響は、それ自体が再考される十分な理由である。しかし、さらに重要な理由は、この本の影響が大部分において有害であるということである。つまりこの本が文化的誤解の主たる源となっているのである。》(33ページ)
とし、日本文化のみならず「文化」についての誤った概念を提示しているからである、としている。
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G・W・F・ヘーゲル『歴史哲学講義(上)』(岩波文庫) の序論の「B 歴史における理性とはなにか」のつづき~終り。世界精神とは民族精神のそれぞれの段階が宗教、芸術、哲学などとして実現していくものらしいが、なんだかね。
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高柳誠詩集『放浪彗星通信』読了。高柳の詩はひとつひとつの完成度が高いし、記述もしっかりしていてユーモアさえもあるのだが、形式的な変化が乏しいため、途中で読むのがしんどくなるのが常だ。書くことのモチーフが固着してしまっているからかも。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(下)II 国家社会主義運動』(角川文庫) の「第十四章 東方路線か東方政策か」のはじめ~。
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『新潮世界文学32 リルケ』で「マルテの手記」を読みつぐ。第二部のつづき。






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