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2017年6月 1日 (木)

読み書き日録2017/6/1

「季刊 未来」夏号の深井智朗さんの連載「宗教改革から五百年」2回目の仮ゲラ通読。メインタイトルがないこと、20行ほど余白が出る。~深井さんにE-mailで仮ゲラ送付の件と問題点を連絡。
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「季刊 未来」夏号の郷原宏さんの連載「岸辺のない海――石原吉郎ノート8 (八)望郷」の仮ゲラ通読。数行余りそうだが、ほぼちょうど。~郷原さんにE-mailで仮ゲラ送付の件とお礼。
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さとう三千魚詩集『浜辺にて』読了。600ページ超の日常詩はどうしても繰り返しが多くなって読むにはつらいものがある。しかしそのなかに母の死などの亀裂が入ってくるところが、詩を書きつづけることの意味を逆照射している。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第三部「いくつかのモデル」の「II 世界精神と自然史――ヘーゲルへの補説」の25節~27節を読む。これで「II」のブロックも読了。
《イデオロギーというものは、分離可能な層として社会的存在の上にかぶさっているわけではない。それはむしろ社会的存在に内在している。》(430ページ)
 言われてみればあたりまえだが、イデオロギーというものの根深さが指摘されているのである。
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「現代詩手帖」6月号(大岡信特集号)読みつぐ。ひととおり目を通したが、それぞれの大岡信への思いはともかく、どうも類型的にしか読まれていない感じだ。

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