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2017年5月 9日 (火)

読み書き日録2017/5/8

「季刊 びーぐる 詩の海へ」35号、読みつぐ。細見和之によれば、尹東柱(ユン・ドンジュ)の詩の訳語をめぐって相当な批判があったらしい。抵抗の詩人としての詩がもつ政治的な意味とキリスト者としての立場の軋轢が解釈の相違、すなわち思想の相違として結露するというわけだ。
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Gustave Flaubert: Madame Bovary 第III部IX章のつづき。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(下)II 国家社会主義運動』(角川文庫) の「第二章 国家」のつづき。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第三部「いくつかのモデル」の「I 自由――実践理性批判へのメタ批判」の8節~9節を読む。
《自由は、積極的につまり所与として、あるいはもろもろの所与のただなかにある不可避的なものとして措定されると、ただちに非自由になるのである。》(282ページ)
 これはカントの自由の教義におけるパラドクス批判として言われている。

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