« 読み書き日録2017/5/5 | トップページ | 読み書き日録2017/5/7 »

2017年5月 6日 (土)

読み書き日録2017/5/6

加藤尚武著作集の『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』のファイル修正+通読、つづける。「第五章 『精神現象学』におけるキリスト教の必然性」のはじめ~3節。
《ヘーゲルの思想が現代のキリスト教社会主義の一角にきわめて強い、内からのインパクトを与えたことはよく理解できる。しかし、そこにおいてキリスト教にとって世界とのかかわりが必然的不可避であるという立場と、キリスト教の存立は世界とのかかわりにあるというヘーゲルの立場とが混同されてはいないだろうか。現代のヘーゲル派の神学者たちにスピノザを図柄にした踏み絵を与えてみればいい。真正のヘーゲル主義者ならスピノザを踏むことができない。》
   *
アドルフ・ヒトラー『わが闘争(下)II 国家社会主義運動』(角川文庫) 読みはじめる。「第一章 世界観と党」読む。
《民族主義的世界観は決して人種の平等を信じないばかりか、かえって人種の価値に優劣の差異があることを認め、そしてこうした認識から、この宇宙を支配している永遠の意志にしたがって、優者、強者の勝利を推進し、劣者や弱者の従属を要求するのが義務である、と感ずるのである。》(26ページ)
 さらには個体間にも同様の優劣を設定する。徹底した人種主義、アーリア人種優者思想だ。
   *
テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第三部「いくつかのモデル」の「I 自由――実践理性批判へのメタ批判」の3節~6節。
《ヘーゲルの『精神現象学』が教えるように、主体は、おのれから引き離されておのれに敵対する必然的なもの〔外的なもの〕に即してはじめて、自由と非自由の概念を獲得し、しかる後に主体はそれらの概念をおのれ自身のモナド的構造〔内外的なもの〕のうちへ引き戻すのである。》(266-267ページ)
 これこそ自己省察のダイナミズムとも言うべきものだ。
   *
Gustave Flaubert: Madame Bovary 第III部VIII章のつづき~終り。Emmaの死。
   *
高良勉編『山之口貘詩集』(岩波文庫) 解説、年譜もふくめて一気に読了。
〈僕ですか?/これはまことに自惚れるようですが/びんぼうなのであります〉(「自己紹介」)
〈ぼくみたいな詩人が詩でめしの食えるような文化人になるまでの間を/国家でもって税金の立替えの出来るくらいの文化的方法はないものだろうか〉(「税金のうた」)
 ほんとだ。

|

« 読み書き日録2017/5/5 | トップページ | 読み書き日録2017/5/7 »

読書日録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1007862/70483721

この記事へのトラックバック一覧です: 読み書き日録2017/5/6:

« 読み書き日録2017/5/5 | トップページ | 読み書き日録2017/5/7 »