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2017年4月 6日 (木)

読み書き日録2017/4/6

「UP」4月号に目を通す。恒例の「東大教師が新入生にすすめる本」の総特集。人文系が少ないせいか、興味がわかない本を取り上げるひとが多い。教養不足で既読分は9冊にとどまる。ちなみにこの9冊とは、クーン『科学革命の構造』、カミュ『異邦人』、フランクル『夜と霧』、ベンヤミン『複製技術時代の芸術作品』『[新訳・評注]歴史の概念について』、『フランクリン自伝』、ウィトゲンシュタイン『論理哲学論考』、ルソー『社会契約論』、井筒俊彦『意識と本質』。このうち未来社本は1冊。
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日本の民話別巻4『みちのくの百姓たち』の初校通読、つづける。pp. 87-122. 6話36ページ。
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桑野隆『20世紀ロシア思想史――宗教・革命・言語』の第6章「ソヴィエト哲学の確立」ののつづき~終り。マール言語学の荒唐無稽とスターリンの評価から一転した否定など、スターリンの独裁時代の絶望的な知的状況が紹介されている。
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鈴木正樹詩集『壊れる感じ』通読。〈手を伸ばせば届くところを/すり抜けたのだけれど/声はかけなかった 振り向くことで/壊れてしまうものがある〉(「夕暮れに」)――ふと買物をする主婦たちのなかの妻に気づいたときの対応らしく、詩集名はそこからきているのか。男女の関係をいろいろなシチュエーションで書いているようだが、テーマ自体がどこか切ない。
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きのう亡くなった大岡信さんについて単発の大岡信論が6本あることを思いだし、書いた順に読み直す。
 最初は現代詩読本『大岡信』(1992年)の「孤独な詩的転換装置――大岡信の詩の原理」9ページ(これはのちに詩論集『隠喩的思考』1993年、に収録)、
 つづいて「國文學」1994年8月号の「他者とのコミュニケーション――大岡信と連詩の問題」6ページ、
「現代詩手帖」1995年5月号の「見ることの廃絶──初期大岡信の詩法」6ページ、
現代詩文庫『続続・大岡信詩集』(1998年)の詩人論「金太郎飴とことばの力」7ページ、
「現代詩手帖」2001年5月号の「大岡信の詩論の今日性」2ページ、
思潮ライブラリー復刊『蕩児の家系――日本現代詩の歩み』(2004年)の解説「危機のクリティック――大岡信の戦後詩史論」14ページ(忘れていたが、これは「現代詩手帖」2003年2月号の大岡信特集のために書かれた同題の評論に大幅な書き換えと追加をおこなったものと注記されている)。
 あらためて大岡信の存在の大きさを思う。

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