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2017年4月23日 (日)

読み書き日録2017/4/23

本を読むことは文句なしに楽しい。つまらない本だったとしても、よほどでなければ完読するのがわたしの主義だ。読み切った充実感がそれだけで十分だからだ。おもしろくて役に立てばなおのことよいのは当然。

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「ERA」第三次8号、「αρχη」15号に目を通す。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第二部「否定弁証法 概念とカテゴリー」5節~8節を読む。
《主体的態度としての弁証法とは、いったん事態のうちに矛盾を経験したら、その矛盾のために、それにあれこれ異論を唱えながら思考することを意味する。もし矛盾が現実のなかにあれば、弁証法はこの現実に対する異論となる。》(177ページ)
 こういう意味の弁証法なら価値がある。
《否定弁証法は、その批判的歩みのなかで、おのれを是正しなければならない。この批判的歩みによって、当初否定弁証法が形式上は自分にとっても最上位の概念であるかのように扱っていた諸概念の意味が変えられる。》(180ページ)
《伝統的思考の誤りは、同一性が思考の目標だと思い込んだことである。同一性の仮象を粉砕する力は、思考自身の力である。……非同一的なものの認識は、まさにこの認識が同一性思考以上に同一化し、かつ別な仕方で同一化するという点においても弁証法的である。この認識が言おうと欲するのは、あるものが何であるかということである。これに反して同一性思考が語るのは、それは何に属するか、何の範例ないし代表であるかということ、したがって、このもの自身とは別なものである。》(182ページ)
 要するに、同一化思考とは自己否定を知らないものであり、なにものか権威的なものに寄り従うものにすぎない。
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北爪満喜 (詩と写真)『月光の音』通読。詩は4篇しかないが、写真がなかなかいい。写真と詩のことばが交配する可能性はたしかにある。この試みをもっとやってみたらいいんじゃないかな。
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Gustave Flaubert: Madame Bovary 第III部VI章のつづき~終り。Emmaが差押えの強制執行に追いこまれる。
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『リルケ全集3 詩集III』の「オルフォイスへのソネット」の註解の第二部7節~8節を読む。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(上)I 民族主義的世界観』(角川文庫) 第十章「崩壊の原因」の途中まで読む。
《偉大な人間であるような、偉大な君主をいただくという幸福は国民にとってきわめてまれにしか与えられない。》(337ページ)
 ヒトラーの珍しく正当な君主主義批判。戦時中の日本ではこの箇所が邦訳から削除されたのも無理はない。
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加藤尚武著作集の『哲学の使命――ヘーゲル哲学の精神と世界』のファイル一括処理(表記統一をふくむ)+印刷+通読、つづける。第一章「革命の死んだ日に歴史が生まれた」の前書きと1節までスミ。

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