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2017年4月11日 (火)

読み書き日録2017/4/11

ジャック・ラング/コラン・ルモワーヌ『ミケランジェロ』の仮ゲラを原書のPDFを確認しながら通読+チェック、つづける。第10章「システィナ礼拝堂、この死んだ絵」スミ。
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「瑠璃坏」9号、「へにあすま」52号、「グッフォー」67号に目を通す。いずれも毎号送ってくれる同人詩誌。
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Gustave Flaubert: Madame Bovary 第III部VI章のつづき。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(上)I 民族主義的世界観』(角川文庫) の第2章「ヴィーンでの修業と苦難の時代」のつづき~終り。
 ヒトラーの反ユダヤ主義への移行が語られている。「理性と感情の格闘」があったと書いているが、ユダヤ人を〈精神的なペスト〉(96ページ)と呼び、新聞や社会民主党などを牛耳っているユダヤ人を調べて憎悪を募らせていくのがわかる。マルクシズムもユダヤの教説とみなし、《わたしは弱々しい世界市民から、熱狂的な反ユダヤ主義者になった。》(105ページ)と書くにいたる。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第一部「存在論との関係」のII「存在と実存」3節~5節を読む。
《ハイデガーの哲学は、へーゲルとふれ合うところがあるにもかかわらず、弁証法を避けているという事実が、この哲学にすでに超越を手に入れているという魅力を与える。そうは言うものの、この哲学がやはり不断に言及している弁証法的反省に対して耐性があるからこそ、それは伝統的論理をやりくりし、述定判断を範例にしながら、弁証法的論理にとっては単なる契機でしかないようなものの堅固さと無制約性という性格をわがものにするのだ。》(133ページ)
 アドルノのハイデガー理解の屈折が感じられるところだ。

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