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2017年4月10日 (月)

読み書き日録2017/4/10

中国新聞社の荒木さんよりE-mailで先日の原稿「『中国山地 過疎50年』刊行によせて」掲載の紙面PDFを送ってくれる。掲載紙は本日発送の由。
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アドルフ・ヒトラー『わが闘争(上)I 民族主義的世界観』(角川文庫) より。
《自分の責任であるという意識の陰影につきまとわれなくなったときにはじめて、内心の落ちつきとともに、野草の芽を残酷に、断固として刈りとり、雑草を引き抜く外面的な力を持つようになるのだ。》(58ページ)
 ここにヒトラーの本性が現われている。野草の芽、雑草をユダヤ人や社会的弱者と読み替えれば、その本音が出ていることがわかる。そして自己が空洞化した人間は悪を平然とおこなえるようになることもヒトラーは知り抜いていたのだ。
《際限もなく多く「読む」人、一冊一冊、一字一字読む人々をわたしは知っている。けれどもわたしはかれらを「博識」ということはできない。かれらはもちろん多量の「知識」を持っている。だがかれらの頭脳は、自分にとり入れたこの材料を分類したり、整理したりすることを知らない。かれらには、本の中から自分にとって価値あるものと価値なきものを選別する技術が欠け、さらにあるものはいつも頭の中に保持し、あるものはできるなら無視するというように、どんな場合にも無用なやっかい物を引きずっていくことをしないという技術が、欠けている。》(65ページ)
 「読書法」という項目のこの文は、ろくな本も読まなかったと言われている(まともな書名があげられたことがない)ヒトラーごときに言われたくないことである、わたしもそのひとりだろうから。
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ジャック・ラング/コラン・ルモワーヌ『ミケランジェロ』の仮ゲラを原書のPDFを確認しながら通読+チェック、つづける。第9章「未完成の妙味」スミ。
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きのう書いた「現代詩手帖」6月号のための大岡信追悼文「〈孤心〉の軌跡――大岡信さんへの感謝」を読み直し、すこし刈り込みと修正。~思潮社の藤井さんにE-mailで送付。
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Gustave Flaubert: Madame Bovaryの第III部VI章、読みつぐ。EmmaのLe+'onへの愛想づかし。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』の第一部「存在論との関係」のII「存在と実存」1節~2節を読む。
《ハイデガーの存在は、その対極である精神とほとんど区別しがたいものであり、精神に劣らず抑圧的である。ただ、その原理が透明性にある精神よりも、不透明だというだけのことである。》(122ページ)
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『リルケ全集3 詩集III』で「オルフォイスへのソネット」の註解の第一部17節~19節を読む。

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