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2017年3月 4日 (土)

読書日録2017/3/4

この読書日録をつけはじめてちょうどひと月になった。あっという間のことだった。いつまで続けられるかな。

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T・S・エリオット『文芸批評論』(岩波文庫) の「批評の実験」再読。そんなにおもしろくはなかったが。
《どの世代もそれぞれに新しい見解をもつというだけでなく、世代は批評家によって自己を意識するということがはっきりわかっているのだから、批評家の仕事は二重になる、つまり現在に対して過去を説明し、過去に照らして現在を判断することである。》(57ページ)
 世代の自己意識は批評家がつくりだすというのはごく稀にだが、たしかに現実に起こる。
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『リルケ全集3 詩集III』の.「ドゥイノの悲歌」の「第四の悲歌」第3節、第4節の註解。
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日本の民話75『奈良の民話』の初校通読、はじめる。pp. 1-4, 15-49. まえがき4ページ、国中【くんなか】(北和・中和)の部15話33ページ。
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「現代詩手帖」3月号、読みつぐ。塚原史・朝吹亮二対談「ツァラの〈無意味〉、ブルトンの〈驚異〉」をおもしろく読む。朝吹が、シュールレアリスム的自動記述の主体は言語そのものないし言語活動である、と言うのは正解である。マラルメ以後の詩的言語の根本には言語に主導権を明け渡すという原理が働いていることへの自覚があるが、自動記述のそれはこの原理をさらに強調したものである。

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