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2017年3月19日 (日)

読み書き日録2017/3/19

「ガーネット」81号、読了。同人詩誌のなかでは群を抜いて読みどころの多いもの。犬派(高階杞一)と猫派(大橋政人)が同居しているのもおかしい。
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『リルケ全集3 詩集III』の「ドゥイノの悲歌」の「第八の悲歌」第2節~第5節の註解を読む。
〈……彼等〔動物たち〕の存在は
無限で 意識に捉えられもせず また おのれの状態を
見るということもない ちょうど外を見つめる彼等の眼ざしのように それは純粋なのだ
そして私たちが未来を見るところに 彼等は一切を見ている
一切のうちに自己を 永遠にまったき存在である自己を見ているのだ〉
 このリルケの動物観はすばらしい。動物の純粋さを見ていると人間の浅ましさがときにいやになる。
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中島吉弘『梯明秀の物質哲学』の原稿読み+テキスト修正、つづける。「第六章 西田哲学批判と戦時下の抵抗」スミ。
《梯〔明秀〕にあっては、非合理な歴史的事件はその合理化に向けて、疎外された文化的事実から社会的事実へ、社会的事実から制度的事実へ、制度的事実から階級的事実へ、階級的事実から歴史的事実へと、自己否定的実践を媒介として疎外されざる生産的自己としてある歴史的自己の自覚を探求すべき必然性にあるものなのである。》
 戦時中のバカげた軍国主義的盲動妄説をたんに排撃するのでなく、その拠ってきたるところの合理的解釈が可能であり、根拠づける必要を説く視点は今日にも通用する。
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日本の民話別巻2『みちのくの長者たち』の初校通読、つづける。第一部青森県3話9ページ。第一部、スミ。つづけて第二部12話42ページ。この巻も読了。
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テオドール・W・アドルノ『否定弁証法』読みはじめる。
《矛盾とは同一性の視点のもとで見られた非同一的なもののことである。弁証法における矛盾原理の優位は、異質なものを統一性の思考によって計る。統一性の思考がその限界につき当たる時に、その思考はおのれを乗り超えるのである。》(序論、11ページ)
 これじゃ弁証法は負けるわけがない。
《哲学が本質というものをその有限な諸規定のうちに呪縛しうるという幻想は廃棄されねばならない。》(20ページ)
《芸術を模倣し、みずから芸術作品たろうとするような哲学は、自分自身を抹殺することになろう。》(23ページ)
《概念によって概念を超え出ようとする努力こそが、哲学の仕事なのである。》(24ページ)
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中国新聞社から依頼されている『中国山地 過疎50年』にかんする原稿をとりあえず書いてみる。1500字弱。細かいところはあとで確認する必要がある。タイトルはひとまず「『中国山地 過疎50年』刊行によせて」とする。

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