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2017年3月15日 (水)

読み書き日録2017/3/15

「春秋」2/3月号の島薗進論考を読む。乃木希典という将軍は愚直なまでに明治天皇に殉じたという意味では同情すべきかもしれないが、たんなる傀儡軍国主義者を盲信し、のちの軍国主義を鼓舞するのに利用されたという意味では憐れむべき存在でしかない。
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中国新聞社・荒木さんよりtel。先日E-mailで話のあった、出版からみた『中国山地 過疎50年』についての原稿の件。過疎とInternetの関係などの新しい展開が見えること、など。調整をしてあらためて連絡くれる由。~のち、telあり。原稿依頼。12字×120行を目安に。早ければ早いほどいい、とのこと。連休明けに送ることに。
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中島吉弘『梯明秀の物質哲学』の原稿読み+テキスト修正、つづける。「第四章 全自然史の同一性と物質の構想力」スミ。詳細な議論だが、梯哲学に疎い者にとっては難解だ。
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『リルケ全集3 詩集III』の「ドゥイノの悲歌」の「第七の悲歌」の第3節~第7節の註解を読む。
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星野太『崇高の修辞学』の第二部「第四章 崇高論の『発明』――ボワロー『崇高論』翻訳と新旧論争」読む。《一八世紀の西欧で生じたのは、「崇高」の衰退ではなく、むしろその興隆であると言ってよい。しかしその中心を占めていたのは、すでにロンギノスの「修辞的崇高」ではなく、バークやカントの手によって近代化された「美学的崇高」であった。》(124ページ)ボワローの翻訳によって歪められた『崇高論』がフランスでなく、イギリスとドイツで美学的に近代化された解釈を与えられたことによって本来の価値を見いだされるのが遅れたことになる。

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