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2017年2月 5日 (日)

読書日録2017/2/5

この記録を始めるやいなや親しいひとから興味をもたれてしまった。これまで日録では書かなかったところまでオープンにしようというのだから問題発言も出てくるだろうし、あきれられてしまうかもしれない。そこがおもしろいと言われればそれまでだが、始めた以上はつづけなければならないとさっそく覚悟を新たにしているところ。

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西村勝詩集『シチリアの少女』通読。105日間で世界を船旅でまわりながら書かれた紀行詩。62歳での第一詩集。船中朗読会などもあり、詩(ことば)が束の間の共有のなかで消費されていくむなしさがこのひとにはわかっているのかな。
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《どんな芸術作品も社会の仕組みの中では文化に帰属せざるを得ない。しかしたんなる工芸品の域をこえたもので拒絶的なジェスチャーを文化に対して示していない作品は一つもないと言っていいので、そうした拒絶的なジェスチャーは芸術作品の成立に必然的につきまとうものなのである。芸術も、それに携わる芸術家も、世にいわゆる芸術に対しては敵対的な関係にあるのだ。》(テーオドル・W・アドルノ『ミニマ・モラリア――傷ついた生活裡の省察』336ページ)これは「露出狂患者」という断章の一部。本物の芸術家は露出狂患者たらざるをえないということか。
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日本の民話73『若狭・越前の民話 第二集』の初校通読、つづける。pp. 78-120. 嶺南地方の部11話37ページ+わらべうた6ページ。嶺南地方の部、スミ。
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Gustave Flaubert: Madame Bovary pp. 241-243. Emma Bovaryの復調。
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『北川透 現代詩論集成2――戦後詩論 変容する多面体』で「沈黙の韻律――戦後詩における中村稔という逆説」を読みはじめるとすぐ、現代詩文庫版『続・中村稔詩集』でのわたしの解説「存在の詩学」が入沢康夫とともに言及され、参考にされているのに驚く。北川の中村稔への関心は意外なほど古くまた深いものがあったことを知る。

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