« 2―2 鮎川信夫という方法:〈内面〉という倫理(4) | トップページ | 読書日録2017/2/28 »

2017年2月28日 (火)

読書日録2017/2/27

ジョルジョ・アガンベン[上村忠男訳]『哲学とはなにか』の「言い表しうるものとイデアについて」を読了。プラトンのイデア(エイドスとも)とは、可感的な事物と同名異義的関係にあるが、それは先行的にそういうものとして名づけられ、ついで事後的に「前方参照【アナフォラ】的代名詞それ自体をつうじて言語のなかで言語によって再取得すること」(117ページ)とされる。このアガンベンのイデア論は徹底的に言語論的であり、こう解釈すると、イデアがたんなる抽象ではなく、言語運動的なダイナミズムをもつように思えてくる。これは卓見であると言っていいのではないか。
   *
「タルタ」40号に目を通す。堅実な詩誌で季刊を守って10年になったという。最初から読ませてもらってきたが、魅力的な詩風をもつベテランの女性詩人が多い。
   *
『鮎川信夫全集IV 評論III』の再読つづける。海外詩人論。「地獄の発見」で「現代の地獄である『荒地』」とエリオットの『荒地』を評している。

|

« 2―2 鮎川信夫という方法:〈内面〉という倫理(4) | トップページ | 読書日録2017/2/28 »

読書日録」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1007862/69751133

この記事へのトラックバック一覧です: 読書日録2017/2/27:

« 2―2 鮎川信夫という方法:〈内面〉という倫理(4) | トップページ | 読書日録2017/2/28 »