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2017年2月23日 (木)

読書日録2017/2/22

もう夜中を過ぎてしまった。でもまだきょうのうち。

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「孔雀船」89号に目を通す。望月苑巳がまだ頑張っている。「眠れぬ夜の百歌仙夢語り」を愛読している。家族ネタと自虐ネタを交えながらも、かれの和歌の知識はなかなかのもの。昨年の山口眞理子出版記念会のことにふれて最近は出版記念会が少なくなったと書いているが、たしかにそうかも。ずっとこの雑誌を送ってもらっているが、ゲストに呼ばれたことは一度しかない(冗談です)。
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《言葉は音声の「分節化」をつうじて生み出される。そして「分節化」とは音声のなかに文字【グランマタ】が記入されるということ以外のなにものでもない、文字には音声の象徴であると同時に要素【ストイケイア】であるという特権的な身分が属している……》(ジョルジョ・アガンベン[上村忠男訳]『哲学とはなにか』33ページ)というアリストテレスの定義が西洋形而上学の基礎となった。アガンベンによれば、デリダが『グラマトロジー』でおこなった形而上学批判は「アリストテレスの不十分な読解にもとづいている」(35ページ)とされる。形而上学はグラマトロジーだからである、と。
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『リルケ全集3 詩集III』の「ドゥイノの悲歌」第二の悲歌とその註解のつづき。

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