« 思考のポイエーシス189:佐々木力の核科学批判 | トップページ | 思考のポイエーシス190:自然の生態系から学ぶこと――レイチェル・カーソンの思想 »

2015年3月 8日 (日)

断章23

《背中を丸め、指をかたくにぎったまま前足は胸のあたりをかきむしり……頭と首をのけぞらせ口はあいたままで、泥がつまっていた。苦しみのあまり土をかみまわったと考えられる。》*
これはアメリカでジリスという鳥がDDTという殺虫剤散布の影響で死に追いやられたときのおそるべき事態の描写だ
人間のつまらない利益と欲望と無知と傲慢のために
犠牲にされる動物たちの哀れさを
怒りをこめて糾弾したものだ
どんな苦しみに見舞われようとも
その苦しみを甘受して死に臨む
動物たちのけなげさには
ひたすら崇高さを感じてしまう
人間たちの勝手で放置され餓死させられた
フクシマの牛たち
犬や猫たち
その末期の眼に映った世界の風景は
どんな色がしていただろう
どんな匂いが
どんな風が吹いていただろう
叫んでも吠えても誰も応えないその虚無の深さは
ひとの想像を超える
その虚無にはもはや人間の姿は映っていまい
自分たちを放置していった人間たちを怨むことなく
みずからの苦しみを苦しみぬいて
死ぬだけだ
その深さはひとのことばではもはや届かない
だからこそ凝視しなければならない
ひとの眼にはもう見えない生のただならぬ気配に
みずからの動物としての死の予感に
顫えるしかないのだ
*レイチェル・カーソン『沈黙の春』新潮文庫136ページ
(2015/3/8)

|

« 思考のポイエーシス189:佐々木力の核科学批判 | トップページ | 思考のポイエーシス190:自然の生態系から学ぶこと――レイチェル・カーソンの思想 »

断章」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 断章23:

« 思考のポイエーシス189:佐々木力の核科学批判 | トップページ | 思考のポイエーシス190:自然の生態系から学ぶこと――レイチェル・カーソンの思想 »