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2015年3月19日 (木)

思考のポイエーシス190:自然の生態系から学ぶこと――レイチェル・カーソンの思想

 遅まきながらレイチェル・カーソン『沈黙の春』を読んで、この1962年――すでに半世紀以上前だ――に刊行されたこの書物の思想に感銘を受けた。その自然にたいする慈しみの精神とともに、どんな微小な虫類や微生物にも種族保存の強い意志のようなものがあることにあらためて驚かされる。地球の生態系はとても微妙なバランスで成り立っていて、それを人間が自己本位に変更しようとすることはこの自然の原理を壊そうとすることであり、無謀で傲慢な考えなのであることをとことん指弾している書なのだ。生物学者としての英知と経験から人間の科学盲進と金もうけ主義からくる非人間的、非自然的振る舞いにたいして静かな怒りを表明している。
 この警世の書が書かれるには、戦後まもなくのアメリカで害虫駆除のためにDDTなどの無差別な農薬撒布をすることによってもともとの目的の害虫駆除ばかりか益虫、樹木や鳥や魚類などまで深刻なダメージを与えてしまったことにたいする痛切な反省があった。事態は小さな異変への対応から発覚していき、しまいには牛馬、犬猫そして人間にまで被害が及ぶにいたって、ようやく政府も動き出さざるをえなくなるのだが、そこにいたるまでのカーソンたちの批判は金の力や凡庸な精神によって押しつぶされようとしてきた。
 害虫駆除も当面はうまくいったとみえても、それと同時に地球の生態系のバランスをとることに貢献してきた虫たちをも死滅させてしまうことによって、新しい害虫の発生あるいは天敵の死滅による異常な復活ぶりがみられるようになる。われわれにも経験的にわかることだが、強い薬でも飲みつづけると効き目かなくなってくるように、殺虫剤でも除草剤でも相手がそれにたいする抵抗力をつけてくることによって、より強力な化学薬品を作って対応していかなければならなくなる。麻薬と同じだ。この科学への盲信のために、地球の生態系は深いところまで破壊されてきてしまったのである。化学薬品は食べ物や環境のなかに蓄積されつづけ、ガンの発症率の上昇など人間の生命にとっても危険な兆候をどんどん見せはじめている。
「とにかく、どちらの道をとるか、きめなければならないのは私たちなのだ。長いあいだ我慢したあげく、とにかく《知る権利》が私たちにもあることを認めさせ、人類が意味のないおそるべき危険にのりだしていることがわかったからには、一刻もぐずぐずすべきでない。」
 これは直接的には殺虫剤などの化学薬品について言われていることばだが、原子力にもそっくりあてはまるだろう。カーソンはすでにこの時代に原子力の危険についても言及しているが、化学薬品はその原子力に優るとも劣らぬ危険な害悪だと見たのである。カーソンは本書の最後をこんなふうに結んでいる。
《応用昆虫学者のものの考え方ややり方を見ると、まるで科学の石器時代を思わせる。およそ学問とも呼べないような単純な科学の手中に最新の武器があるとは、何とそらおそろしい災難であろうか。おそろしい武器を考え出してはその鉾先を昆虫に向けていたが、それは、ほかならぬ私たち人間の住む地球そのものに向けられていたのだ。》
 このことばはそっくり核科学(核兵器開発・原子力工学)についてもあてはまる。自然の生態系と相反するこのエセ科学を終わらせるために「一刻もぐずぐずすべきでない」のである。(2015/3/19)

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