« 2013年9月 | トップページ | 2014年3月 »

2014年1月

2014年1月 4日 (土)

思考のポイエーシス185:自発的隷従から自由になること

 エティエンヌ・ド・ラ・ボエシの『自発的隷従論』(Discours de la Servitude volontaire) (*) が今回、ちくま学芸文庫版で刊行された。現代日本の政治状況をみるにつけ、この論が示唆するところはきわめて大きい。そこでこの本について簡単に紹介とコメントをしておきたい。
 ラ・ボエシの論は、一般に多数者が少数者または一者にたいして隷従すること、それも自発的に隷従することの愚と心理を人間の自由の問題と関連して明らかにしたものであって、これはラ・ボエシが生きた時代(1530-1563年)の現実にたいする具体的な批判として書かれたものではなく、抽象的な一般論として専制支配と隷属の関係を分析したものとされている。この、モンテーニュと同時代の、そしてモンテーニュの若き友人として知られるラ・ボエシがこの短い論文を書いたのは、なんと十六歳から十八歳ごろとされている。だから、ここではかれのギリシア・ローマの古典の知識などから得られた素養にもとづいて、人間存在の自由が隷従的関係におかれることによっていかに損なわれているかを論じたものと考えてよい。この時代にこうしたテーマを考察すること自体、きわめて先見性にあふれたもので自由論としても先駆的な仕事と言わざるをえない。たとえば、ラ・ボエシはこんなふうに書いている。
《ここで私は、これほど多くの人、村、町、そして国が、しばしばただひとりの圧政者を耐え忍ぶなどということがありうるのはどのようなわけか、ということを理解したいだけである。その者の力は人々がみずから与えている力にほかならないのであり、その者が人々を害することができるのは、みながそれを好んで耐え忍んでいるからにほかならない。その者に反抗するよりも苦しめられることを望むのでないかぎり、その者は人々にいかなる悪をなすこともできないだろう。》(11ページ)
 この問題設定にもとづき、ラ・ボエシはさらにこう書く。
《信じられないことに、民衆は、隷従するやいなや、自由をあまりにも突然に、あまりにもはなはだしく忘却してしまうので、もはやふたたび目ざめてそれを取りもどすことなどできなくなってしまう。なにしろ、あたかも自由であるかのように、あまりにも自発的に隷従するので、見たところ彼らは、自由を失ったのではなく、隷従状態を勝ち得たのだ、とさえ言いたくなるほどである。》(34-35ページ)
 こうした問題意識からこのラ・ボエシの論は展開されている。そしてこの隷従者の心理はまったくもって今日的な支配―隷従関係においてもそっくりあてはまるのがおそろしいところである。そこにこの数世紀もまえに書かれた論の透徹した洞察力がいまも読み返される必然があると言えるのだ。
《圧政者のまわりにいるのは、こびへつらい、気を引こうとする連中である。この者たちは、圧政者の言いつけを守るばかりでなく、彼の望む通りにものを考えなければならないし、さらには、彼を満足させるために、その意向をあらかじめくみとらなければならない。彼の命に従って働くために、自分の意志を捨て、自分をいじめ、自分を殺さねばならない。》(70ページ)
 ここから圧政者は何人かの取り巻きを作り上げ、その連中に餌を撒くことによってかれらを支配し、その連中がまたさらにその下位に同じような取り巻きを作り、隷従しながらより下位の者を支配するという何重もの構造を作り上げる。これは一種の官僚組織のようなもので、末端までこうした隷従と支配の二重性を生きる者たちの層を生み出す。こうして圧政者はひとりの独裁者でありながら、こうした支配構造の頂点にいて、いながらにして被支配者の自発的隷従を引き出すことができるのである。そこから以下のような必然とそれに代わる人間のありかたが導かれる。
《たしかなのは、圧政者は決して愛されることも、愛することもないということだ。友愛とは神聖な名であり、聖なるものである。それは善人同士の間にしか存在しないし、互いの尊敬によってしか生まれない。それは利益によってではなく、むしろよき生きかたによって保たれる。》(76ページ)
 こうしてラ・ボエシの論は支配と隷従の関係から離れたところに初めて友愛にもとづいた自由な人間関係の成立をみようとするのである。モンテーニュとラ・ボエシの関係がそうであったように。凡庸でなんの見識もない政治家があたかも独裁者のように君臨し、官僚やマスコミがそれに隷従する現代の日本社会の政治的ありかたをみるとき、このラ・ボエシの論はわれわれの生きかたへのおおいなる問題提起となっているのではなかろうか。
(*) エティエンヌ・ド・ラ・ボエシ『自発的隷従論』西谷修監修、山上浩嗣訳、ちくま学芸文庫、2013年。以下の引用はこの書物より。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年9月 | トップページ | 2014年3月 »