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2012年8月

2012年8月28日 (火)

思考のポイエーシス167 詩歌における「われ」の表出について

 高橋睦郎さんによれば、日本の詩歌史を通じての「三大巨人の第一等に挙げられる天才」*とされる柿本人麿は「作品の上で人間存在における愛と死の深い関わりに到達していたから」であると言う。《人麿の「われ」は人麿個人の「われ」に即しつつ、無限の拡がりを持つ「われ」なるものへと開かれていた》《その実感は人麿個人の「われ」なるものの実感から、非個性の「われ」なるものの実感へと拡がっている。あるいは逆に非個性の「われ」なるものの実感から個人の「われ」の実感へと収斂する。その拡大と収斂の相関関係において、愛と死とは一つになって読む者の心を打つ》と睦郎さんは述べている。そこに斎藤茂吉の『赤光』における「虚実入り混じった相聞」と呼ぶべき「おひろ」連作の「われ」は人麿と繋がるのではないか、という睦郎さんの意見はうなづける。
〈あはれなる女【をみな】の瞼【まぶた】恋ひ撫でてその夜ほとほとわれは死にけり〉という茂吉の歌など、どこまで事実なのかはともかく、死にいたるまでの恋の思いの表出はみごとと言うほかない。個性の表出は非個性化という拡大を通じてより豊かな膨らみのなかにあらためて回収されるのである。

*ここでの引用はすべて「図書」2009年7月号の高橋睦郎「相聞対挽歌――〈詩の授業〉十一」より。なお、ここで「三大巨人」とは、睦郎さんによれば、人麿のほかに世阿弥と芭蕉を指す。(2012/8/28)
(この文章は「西谷の本気でトーク」で掲載した同文の転載です。)

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2012年8月26日 (日)

思考のポイエーシス166 カントの独裁批判

 カントは論文「理論と実践」のなかで、政治的緊急時にあたって主権者と国民とはどういう関係になるのかをカール・シュミットに先駆けて言及している。
《緊急権 (ius in casu neccessitatis) は、最悪の物理的_¨緊急状態¨_において_¨違法行為¨_を敢えてする_¨権利¨_と称せられるものであり、かかるものとしていずれにせよ不合理な権能である、それだから緊急権のようなものがかかる場合に介入して、国民自身の権利を制限する関木【せきぎ】を撤去するための鍵を提供することはできないのである。実際、国家の主権者は、国民が反抗した場合や、或いはまた彼等の不当な受苦に対する不平によって彼等の蜂起を正当化し得ると思いなすような場合には、厳しい態度をもって彼等に臨むことができるのである。ところでこのような場合には、何びとが是非の決定を下すべきであろうか、このことをなし得るのは、公的な最高の司法権を占有する者――とりもなおさず国家主権者にほかならないのである。》(岩波文庫『啓蒙とは何か 他四篇』159-160ページ、傍点は原文)
 周知のように、シュミットは『独裁』(1921年)のなかで〈独裁〉のありかたを〈委任独裁〉と〈主権独裁〉に分けてくわしく分析している。そのなかにカントへの言及は註において2箇所ほど簡単に言及しているにとどまるが、ここでカントが述べているのは、まさに委任独裁が緊急時において主権独裁に転化する場面である。平時における裁量権を独占的に与えられた政治形態が〈委任独裁〉だとすれば、緊急時に主権者の独自の判断で、たとえ国民にとってあるいは外国にとって不利益ないし不当性が認められようと、緊急時の名において主権者が独裁権をふるうのが〈主権独裁〉である。言うまでもなく、第二次世界大戦におけるナチ政権がその典型であり、シュミットはそのお先棒を担いだわけだが、カントはその問題をすでにイギリス革命の推移のうちに、主権者が違反しても国民はそれにたいする「反乱を企てる権能」が規定されていないこと、実際に国民は沈黙していた歴史的事実をあげて、イギリス人がみずからの憲法を世界にたいする良き模範として顕彰しているのを否定している。すなわち、主権者の憲法違反があったとしても、「憲法がかかる場合を予期して政治組織――すなわち、いっさいの特殊な法を発生せしめる根源であるところの組織を(たとえ契約が侵害されたと仮定しても)覆すような法を含むことは、明らかに矛盾である」(同前166ページ)とカントは言う。ここでカントの念頭におかれているのはトマス・ホッブズであるが、ホッブズの主張するような、憲法違反を犯す国家主権者を国民との契約違反のかどで強制的に退去させる強制権なるものの非現実性をカントは指摘しているのである。《国家主権者に対する強制権(言葉或いは行動による反抗)は決して国民には帰属しないのである。》(同前165ページ)と。
 カントは〈独裁〉ということばこそ使っていないが、当時の国家形態の多くが君主制や封建制にもとづいた独裁国家であったところから民主政への展開がまだ望めない段階で、はやくも〈主権独裁〉の本質を見抜いていたことになる。慧眼と言うしかない。もちろんその問題をどう解決していくのかは、シュミットとは異なる見解が必要になるのであり、いまだに現代の課題であることは言うまでもない。(2012/8/26)

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2012年8月18日 (土)

思考のポイエーシス165 理論は何の役に立つか

 カントは「理論と実践」(正式のタイトルは「理論では正しいかもしれないが、しかし実践には役に立たないという通説について」)という論文の冒頭で、理論と実践をつぎのように定義している。
《実践的規則を総括して、この総括そのものを_¨理論¨_と呼ぶのは、これらの規則が或る程度の普遍性をもつ原理と見なされるような場合である。なおこの場合には、かかる規則の使用に必然的影響を及ぼすような多くの条件は無視されるのである。これに対して_¨実践¨_というのは、何によらずただ仕事をしさえすればよいというのではなくて、なんらかの目的を実現するための行為を指すが、しかしその場合にもこの行為は、目的実現の仕方に関してなんらかの一般的原理に従うのである。》(岩波文庫『啓蒙とは何か 他四篇』111ページ、傍点は原文)
 カントはこの理論と実践のあいだを媒介する中間項として規則をもふくむ「悟性概念」と、「判断力」の働きをあげている。実践するにあたっては「何か或るものが与えられた規則の適用を受けるか否かを判別する能力」(『純粋理性批判』第二版)である判断力が必要で、この判断力は独特の才能でもあるので、「こういう天性の能力が欠けている場合には、どんな規則でも誤用されないとは限らない」(同前)とクギをさしている。つまり、理論を知っていても判断力が適切に働かない専門家は実践家として役に立たないと言っているのである。また、その逆もある。「判断力という天賦の能力」をもちながらも、判断の前提である理論や知識がまだ不完全であるというような場合である。問題は実践だけあればよく、理論などは不要だとする「通説」を主張する傲岸不遜な輩である。こうしたひとたちに向けたカントの批判は痛烈である。
《何びとといえども、みずから一個の学に通達していると称しながら、理論を蔑視することはできない、そのようなことをしたら、彼は自分の専門において無知であることを自白するようなものである。彼は実験や経験において模索するにとどまり、およそなんらかの原理を収集して(これらの原理こそ、理論と名づけられるところのものの本体をなすのである)、これに纏まりを与えるでもなく、また彼の研究の成果を全体として(これに方法的な手続きを施したものが、すなわち体系にほかならない)考察することをしないにもかかわらず、理論によって達成せられ得るところのもの以上に到達できると信じているからである。》(岩波文庫『啓蒙とは何か 他四篇』113ページ)
 いかにも哲学を最高の学と信じているカントならではの理屈だが、ことを哲学や理論とまで敷衍しなくとも、日常のレヴェルでも個々の実践をたえず理論や知識の成果と照らし合わせて確認していく姿勢は大事である。理論や知識はいつでも誰でも不足しているのは当然なので、これらの補充や増設を日常化させていくことも必要で、こうしたまわりくどい努力が実践において即効性はなくともいつかは役に立つ。現代詩などには、詩人は詩論や詩史など知らなくてもよい、という横着な考えを述べるひとをときに見かけるが、――それはせいぜい詩を書くのに理論や知識はいらないと言っているつもりだろうが、――いずれにせよ、そんな程度で書いたものなどはたかが知れているのである。理論や知識のそれ自体のおもしろさ、それが相互につながっていくことの豊饒さを知ることは生きていくことの歓びでもあり、それが書く場合のおのずからなる豊かさにつながるのではないだろうか。(2012/8/18)

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2012年8月14日 (火)

思考のポイエーシス164 〈啓蒙〉の成熟度

 カントは『啓蒙とは何か』の冒頭で〈啓蒙〉についてこんなことを書いている。
《_¨啓蒙とは¨_、_¨人間が自分の未成年状態から抜けでることである¨_。_¨ところでこの状態は¨_、_¨人間がみずから招いたものであるから¨_、_¨彼自身にその責めがある¨_。_¨未成年¨_とは、他人の指導がなければ、自分自身の悟性を使用し得ない状態である。ところでかかる未成年状態にとどまっているのは_¨彼自身に責めがある¨_。というのは、この状態にある原因は、悟性が欠けているためではなくて、むしろ他人の指導がなくても自分自身の悟性を敢えて使用しようとする決意と勇気とを欠くところにあるからである。》(岩波文庫版7ページ、傍点原文)
 つまりは啓蒙されていない状態からみずからの意志で悟性を使用することによって未成年状態を克服することである、ということになる。この克服を〈啓蒙〉と呼ぶのである。
 カントはこのすこしあとで、さらにこう書いている。
《ところでこのような啓蒙を成就するに必要なものは、実に_¨自由¨_にほかならない。しかもおよそ自由と称せられる限りのもののうちで最も無害な自由――すなわち自分の理性をあらゆる点で_¨公的に使用する¨_自由である。(中略)自分の理性を_¨公的に使用する¨_ことは、いつでも自由でなければならない、これに反して自分の理性を_¨私的に使用する¨_ことは、時として著しく制限されてよい、そうしたからとて啓蒙の進歩はかくべつ妨げられるものでない》(岩波文庫版10ページ、傍点原文)
 ここで理性の公的使用とは、カントによれば、「或る人が_¨学者として¨_、一般の_¨読者¨_全体の前で彼自身の理性を使用すること」(同前11ページ)と定義され、理性の私的使用とは「_¨公民¨_として或る_¨地位¨_もしくは公職に任ぜられている人は、その立場においてのみ彼自身の理性を使用することが許される」(同前)とされている。すべてのひとがカントのように学者でないのだから、理性のこの公的使用の限定はやや狭すぎるかとも思うが、カントの時代にあってはこうした理性の公的使用をつうじての自由の実現が許容されうるぎりぎりの主張だったとも考えられる。人間はこうした自由を最大に使用することによってみずからの未成年状態を克服し、啓蒙されるべく努めなければならないのである。
 とはいえ、この未成年状態は、各人において自分が思うほどには生のあらゆる局面で抜け出ているわけではない。人間は生のさまざまな局面においてこの〈未成年状態〉を残存させているのではないかと思われるからである。一見〈大人〉になるということは〈未成年状態〉を克服したものと思われがちであるが、じつはそんなことはなく、理性の日常的惰性的使用にとどまっている人間がいかに多いことかはあらためて証明する必要もないだろう。別に「学者として、一般の読者全体の前で彼自身の理性を使用する」ことではなくても、現代では主観的でなく客観的に説得力をもちうる議論を展開できることが理性の公的使用と呼べるのではないかと思えるので、この自由の実現がどこまでできているかが啓蒙された大人であることの条件となる。ただし特定の利害やたんなる風評にすぎない臆断にまどわされずに人類普遍の視点から議論を展開する力をもつひとがどれだけいるかがほんとうは問題なのである。そういうひとの存在がどれだけ多いかが当該社会の〈啓蒙〉の成熟度なのかもしれない。(2012/8/14)

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2012年8月 4日 (土)

思考のポイエーシス163 脱原発の〈倫理〉

 高知の詩人たちが発行している同人誌「兆」154号で発行人の林嗣夫が「3・11、そして山尾三省――後記にかえて」のなかで、脱産業社会を意図して屋久島に移住した山尾三省について言及しながら、脱原発を主張するひとたちの〈倫理〉をつぎのように要約している。《人類の歴史の中では1%にもならない現代人が、これほどまで地球資源を使い、幾万年も消えることのない放射能によって環境を汚染し、これから生まれてくる未来世代の生存の可能性を奪っていいのか、現在の生活のみを考え、未来への想像力を欠いた生き方に幸せはあるのか》と。
 これはある意味ではすでに言い古された感のある論点だが、こういう見方がいぜんとして繰り返し主張されなければならないこの国の政府の愚かさ、原発関係者の利権まみれの自己本位がいっこうに改まらないことが問題なのである。〈未来への想像力〉という視点がこの連中には根本的に欠けている。自分の生きているあいださえ自分にとって都合がよければ、あとは野となれ山となれ、という夜郎自大なのである。
 ニーチェはこういうひとを指して〈末人〉と呼んだ。――かれらは「_¨真理¨_を犠牲にし、また_¨未来¨_を犠牲にして、おのれの生存をつらぬくからである」(『この人を見よ』岩波文庫版186ページ)。
 文明社会を経たあとで、原始に戻れと主張することは山尾三省のような個人の生き方としてはともかく、社会全体がそのように逆戻りすることはたしかにむずかしい。しかし科学者の自助能力を超えてしまった原子力のように、「もともと地上の生態圏には存在しない、_¨外部¨_の、太陽や銀河系の現象をいきなり(無媒介的に)生態圏に持ち込んだ、異質で過激なエネルギー」は「人間の技術を超えたものとみなければいけない」(中沢新一『日本の大転換』、林からの孫引き)のである。
 原子力科学者がおしなべて〈科学〉の名のもとに〈末人〉的学者化している以上、吉本隆明のように、いちど始めた原子力産業は科学の力で問題をそのつど乗り越える以外に進む道はないなどと考えるのではなく、原子力という未知の野蛮な暴力をいったん全面解除してそこからリスタートする以外に人類が生き延びる方途はありえない。もちろん、この野蛮なエネルギーを放射能汚染というかたちで地球上に蔓延させてしまった以上、これを完全に一掃するにはそのための専門科学の進化や技術の開発、そして幾万年に及ぶ時間がかかるだろうが、いまから現世代が次世代以降に遺し伝えていくための、せめてもの罪滅ぼしとしてやるべき仕事ではないか。原発推進をなお進めようとする〈末人〉たちの跳梁を許さず、責任を一部のひとたちの暴走に限定するのではなく、そうした〈末人〉たちの跳梁を許してきたし、いまもまだこれらの〈末人〉たちを退場させることのできないわれわれすべての共同責任として考えていかなければならないのである。(2012/8/4)

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