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2012年7月10日 (火)

思考のポイエーシス161 芸術作品の自立性とニーチェの先見性

《私の意見はこうである。ある芸術家をその作品から切り離し、芸術家自身をその作品と同程度の真面目さをもって扱わないということは、確かに最もよい態度である。作者は結局その作品の予備条件であるにすぎない。母胎であり、土壌であり、場合によっては、その上に、またその中から作品が成長する糞土や肥料であるにすぎない。したがって大概の場合には、作品そのものを楽しもうと思えば、作者のことは忘れてしまわなくてはならない。》(ニーチェ『道徳の系譜』岩波文庫123ページ)
 ニーチェはその時代ではいちはやく芸術作品の自立性を、その作者とは独立した価値である作品の構造的自立性を説いていたことになる。ここにもニーチェの現代的洞察力の先見性を見るべきであろう。(2012/7/9)

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