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2011年12月 2日 (金)

思考のポイエーシス137

「書物の良否の本来の基準は(……)純粋であるか否か、根源的であるか否か、精神があるか否かというところに存するのである。もしそれが単に役に立つか否かということであるとすれば、書物の良否というものは相対的であって、絶対に良いといい得るものもなく、絶対に悪いといい得るものもない。或る人にとっては良書であるものも、他の人にとっては悪書であり得る。全く役に立たぬように見える書物から、才能がある人なら、役に立つものを見出してくることができるであろう。読書の楽しみは、このように発見的であることによって高まるのである。」(三木清「哲学はどう学んでゆくか」、初出は「図書」一九四一年三月号)
 書物の価値はこういう根源的にものを見る立場から初めてはっきり認識できることがわかる。七〇年前の三木の視点は現在でも通用する。(2011. 12. 2)

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