« 思考のポイエーシス1991年12月 | トップページ | 思考のポイエーシス1992年4/5月 »

2008年3月12日 (水)

思考のポイエーシス1992年1月

69
〈構想力〉imagination について深い洞察をめぐらしたのは三木清である。「思想」一九九一年九月号の「構想力」特集号では三木の『構想力の論理』に言及したものがいくつかあったが、そのうちのたとえば木前利秋の「構想力・神話・形の論理」によれば、三木はハイデガーの存在論を参照しながら、歴史をつくる行為としての〈事実としての歴史〉という概念をつくられた歴史としての〈存在としての歴史〉と対置している。三木はハイデガー流の〈存在への超越〉よりも歴史をつくるものとしての〈事実への超越〉をより根源的なものとみていたらしい。
《〈存在者と存在との存在論的差異〉に変わる〈存在に対する事実への人間学的超越〉、三木がハイデガーに対置した超越の地平は、この事実の地平である。そして事実への超越において、たんに「人間は世界のうちにある」(人間存在の状況性)のみならず「人間は世界を作る」(人間存在の表現性)。 なぜなら事実としての歴史は、歴史を作る行為そのものにほかならないからだ。構想力が本来の機能を発揮するとみなされるのも実はこの超越の地平である。すなわち〈人間存在の状況性〉が〈人間存在の表現性〉へと架橋される地点、世界のうちにある(危機の最中にある)人間が新しい世界を作る(事実として歴史を作り出す)プロセスに参与する時点こそ、構想力の登場する場なのである。_¨構想力はこの意味で超越の問題にほかならない¨_。》(木前前掲論文、傍点―原文通り)
 ここで〈構想力〉とはハイデガー的な存在論の規定性を超えようとする運動としての存在の志向性(指向性)であると言っておこう。こうした〈構想力〉という概念が、いまなら通常〈想像力〉と訳されるimagination の訳語のひとつとしていつごろ日本に定着したかは詳らかにしないが、哲学の問題としてはカントの『純粋理性批判』あたりに遡ることができるということに注目しておきたい。そして木前によれば、三木清の『構想力の論理』はカントの「体系性を犠牲にしてでも、具体的な素材の豊かさを救おう」とするものであった。ここで問題にしたいのは、カントからハイデガー、三木清を経由して発展させられた哲学固有のディスクールの分析ではなく、また木前利秋がこれらについて論じている一文の哲学的ディスクールとしての当否でもない。ここではやや唐突ながら、〈構想力〉という概念を詩のエクリチュールの問題と重ねて考えることはできないかということである。
 言うまでもなく、詩人という存在もまたハイデガー的な意味で〈世界内存在〉であり、またある意味ではそのことをもっともよく(つまりもっとも痛切に)知っている存在であるのではないか。もしそうであるならば、三木の〈構想力〉は、そうした受苦的な存在規定性を超えてみずからの表現の世界においてこの世界を超越しようとする詩人的な感受性にとって、もっとも根源的な欲望のありかたを語るものだと言っていい。詩人はみずからの存在規定性にどれだけ自覚的であろうと無自覚であろうと、みずからの生きている時代にどこまでも深く規定されており、そのことをじつは詩的表現の根源に刷りこまれているのである。詩的表現というものに哲学的な意味づけを与えるとすれば、どうしてもこれだけは押さえておく必要があることだろう。(1992. 1. 15)

70
 前田英樹のソシュール読解はきわめて刺戟的な仕事である。瞠目すべき書『沈黙するソシュール』にひきつづいて刊行された『ソシュール講義録注解』は前著の「不可欠の追補、ありうべき最終章」(「あとがき」)とも言われているだけあって、ソシュールのテクストを綿密に読み解きながらソシュール以上にソシュール的な言語把握をいたるところで示し、いわばソシュールを超えるソシュールを披瀝している。ソシュールが展開しようとした方法をより遠くにまで導こうとする前田の力業は、ときに驚くべき断言となって提示される。その読解がソシュール学にとってどれほど斬新なものか、残念ながら不明だが、しかしかれがソシュールのなかに読みとろうとしている問題がどれほど今日的な問題意識にかかわるものであるかは理解できる。たとえば「語」と「文」のちがいにかんして前田はつぎのように書いている。
《「語」が無際限でないのはなぜか。言語が有限個の単位でなる体系だから、と言うのはあべこべな説明だろう。言語が一種のシステム性を持つように見えるのは、「語」が無際限ではありえない、そのありかたのせいなのだ。「語」とはひとつの純粋な反復、それ自身が他の「語」とのあいだに質の差異を(あるいは差異の質を)生みだすような純粋な反復である。(中略)「文」が「巨大な多様性」において〈ある〉のは、それらの差異のありかたが「語」の場合のような反復によっていないからだ。あるいは、こう言ってもいい。「文」の反復は差異を前提とするが、「語」の差異は反復を前提とすると。「語」が「文」へ上昇するには、差異のありかたを分けるこの深淵が飛び越されなくてはならないのだ。いわゆる言語学とは、この深淵を隠蔽するひとつの手段でなくて何だろう。》
 ここではすごいことが言われていると言うべきだ。すくなくともソシュールの論理を延長すると言語学の否定にゆきつくということがひとつと、「語」の有限性=反復性こそが「文」の多様性を生みだすということがここでのもうひとつの重大な確認であろう。さらにはこうも言われている。 《「文」は「語」の質的転換においてしか語られることも考えられることも不可能》であり、《「文」それじたいを扱う方法はない》と。
 ソシュールがパロールの言語学をあらかじめ排除したことは言うまでもないが、ここではその根拠が明快に示されている。ソシュールが排除したパロールの言語学とは、エミール・バンヴェニストが試みたような閉鎖的な次元の問題ではなく、いわば絶対的な不可能性としてのパロール(=「文」)なのであって、それはその「巨大な多様性」によって「一般言語学」というソシュールがみずからに課した学問的な構築の対象とはなりえないのだ。言うまでもなくその先は文学の領域であり、「言語には、言語自身による異質性の産出以外、どんな分離を生みだす基盤もない」(前田)ということに言語学は接近を禁じられているからである。
 同じことはたとえばこんなふうにも言うことができる。
《ソシュールの「一般言語学」が終始する問いは「単位」の画定だった。(中略)「単位」とは、「語られるかたまり」のなかに発生する反復的な質の「度合」である。この「度合」のなかに従来のあらゆる区分は消滅する。むろん、「単位」の質的「度合」という発想は〈使用〉に関する何の説明でもない。というよりも、そうした説明に赴くことを拒否することが彼の「一般言語学」なのだ。》
 ここで〈単位〉とはいちおう「文」の意と解釈しておこう。すると、そこに含まれる「語」(「反復的な質」)の関係の密度こそが「単位」を形成するものであり、「文」の強度ともなるのである。これこそソシュールがどれだけ排除しようとしていても、不可避的に犯してしまう反・言語学的言語への逸脱なのであり、その関心のボーダーがつねに「単位」の画定というところにあらわれるのも考えてみれば当然なのだ。(1992. 1. 20)

71
 詩における外国語。そもそも詩とは固有の国語(ラング)にたいして外国語なのではないか。あるいは外国語のように機能する難解かつ奇怪な言語、それが詩の言語なのではないか。
 鈴村和成はジャベスの詩についてつぎのように書いている。
《ジャベスがフランス詩にもたらした寄与にははかりしれないものがあるが、ジャベス自身もいうように、彼はもっとも「純粋な」フランス語を使いながら、それとはことなる異質な言語、「外国人」の言語をそこに導入して、『問いの書』を始めとする彼の書物を書いた。それはフランス詩の伝統には組み込まれることのできない異邦性をもっている。だがこの異邦性はフランス詩を転倒しながら、逆説的なかたちでフランス詩の尖端を切り開いた。フランスの現代詩はこのカイロ生まれのユダヤ人詩人によって再生を体験したのである。》(「百年の歩みについて、あるいは白い炸裂」、『ランボー101年』所収)
 このエッセイは、ランボーとジャベスを交錯させたところで現代フランス詩にいたりつくランボーの今日性を引きだそうとしたものだが、ここではとりあえずそのことではなく、引用した部分に見られる、ジャベスのような外国人──ただしフランス語系の外国人だが──の詩の言語によって、フランス詩の言語が活性化されたという事態を考えてみたいのである。つまり、異邦性をかかえているがゆえに固有言語(ラング)の停滞を打ち破ることができるという逆説。いや、すこし先走りをしすぎたようだ。フランス詩の伝統がはたしてフランス語というひとつの強力な固有言語とパラレルに考えられていいのかどうか問いなおす必要があるからである。日本の詩的言語ないし詩的伝統が日本語と同一ではないように、フランス詩の伝統といえども、フランス語というラングとは同一ではないからである。むしろ、こう言うべきだ。詩的言語とはどこの国のことばでもないような特異な言語、どこの国にとっても外国語であるような体系化されていない言語、その意味でのみ逆説的に普遍的な言語のことではないか、と。たとえば短歌や俳句のように一見形式化されているかのように見える言語形式も、じつは各種の約束事や技法といった側面においてのみ形式化された言語なのであって、詩の言語がたえず新しい形式の創出そのものであるとするならば、伝統的な形式と本来的に矛盾するのが詩の言語の本質なのである。ここでは言語は通常の文法とも言いまわしともちがう別個の範疇にあると考えねばならない。わたしは詩の言語を修辞学的な意味での隠喩ではなく、いわば隠喩の隠喩、あるいは隠喩としての隠喩、つまりひとつ位相のずれたところにある〈隠喩〉というふうに考えたいのである。この論点をより精密に解明していかねばならない。(1992. 1. 23)

|

« 思考のポイエーシス1991年12月 | トップページ | 思考のポイエーシス1992年4/5月 »

1992年」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 思考のポイエーシス1992年1月:

« 思考のポイエーシス1991年12月 | トップページ | 思考のポイエーシス1992年4/5月 »