1997年

2008年3月14日 (金)

思考のポイエーシス1997年11/12月

95
《「現在」という概念は昔も今も人を困惑させる。把え様とすれば指の間からすり抜けるし把えたと思うと似ても似つかぬものだったという苦い思いをさせる。私はこうしためくらましが生れるからくりを何とか同定できたと思う。それは「現在経験」と「境界現在」との混同である。過去と未来とからなる時間軸上に何とか定位される「境界現在」は現在経験の影武者にさえなれない程に貧困なしろものであって「現在経験」という生の豊かさに満々としての「現在」を近似することもできない。》(大森荘蔵「時は流れず」、「現代思想」1996年4月号)
 要するに、「現在経験」とは過去と未来をふくんだ経験の現在性であり、たんなる時間の線分的な流れのうえに位置する瞬間的な現在の連続とは異質な生の充実と緊張のことなのだ。そこでは過去も未来も時間として流れることはなく、現在的な意識のなかにたえず反復されて出現する。またそうした出現する過去と未来以外に時間は存在しないのである。(1997. 11. 6)

96
カントの『判断力批判』の二種類の〈判断力〉=〈規定的判断力〉と〈反省的判断力〉。「普遍的なもの(規制、原理、法則)が与えられているならば、特殊的なものをその下に包摂する判断力は規定的である。しかし特殊的なものだけが与えられていて、それに対して判断力が普遍的なものを発見せねばならないならば、判断力はたんに反省的である。」
このカントの〈反省的判断力〉こそ詩論の立場である。(1997. 11. 24)

97
「ヘーゲルはどこかで、すべての偉大な世界史的な事件と人物は、いわば二度現われると言っている。ただ彼は、一度目は悲劇として、二度目は_^道化芝居ファルス【】^_として、とつけ加えるのを忘れたのである。」(カール・マルクス「ルイ・ボナパルトのブリュメール18日」)
    ◆
「そして、生き物のうちで笑うのは、ただ人間だけである。」(アリストテレス『動物部分論』673a8)(1997. 12. 4)

98
「だが私たちは必ずやよみがえる
よみがえったあとどうなるのかは知らないが」(安藤元雄「夏の想い」部分)(1997. 12. 20)

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「伴侶とは真夏の栓の抜ける音」(倉本朝世句集『硝子を運ぶ』より)(1997. 12. 29)

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思考のポイエーシス1997年10月

86
「精神のない専門人、心情のない享楽人、この_^無のもの【ニヒツ】^_は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに登りつめた、と自惚れるだろう」(マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』末尾)――この「精神のない専門人」とは「文化発展の最後に現われる『_^末人たち【レツッテ・メンシェン】^_』」のことであり、近代主義の最悪の存在である。山之内靖『マックス・ヴェーバー入門』(岩波新書)34ページほかで言及。
    ◆
「認識の対象となる人間は、自然と歴史によってつくられている。しかし、自然と歴史をつくるのは認識を行なう人間である」(ゲオルク・ジンメル『歴史哲学の諸問題[第2版]』)。北川東子『ジンメル』160-161ページによる。
    ◆
「現在とは、現在を超越するものだ」「生の現在とは、それが現在を超越するという点にある」。(ゲオルク・ジンメル「生の超越」)
    ◆
芸術の本質についての洞察は、民衆にではなく、「個性的法」 の担い手たる天才的な人々にのみ許されている。これこそ、芸術がもつ反社会的な性格であり、その「社会的な悲劇性」である。芸術は一般大衆のものではない。(北川東子『ジンメル』245ページ)(1997. 10. 10)

87
カルチュラル・スタディーズにおける「移動」というここ最近のテーマの重要性について姜尚中は「二〇世紀の文化を考えると二〇世紀の世界は実は『移動』から成り立っているということが、最近ではますますハッキリとあらわれるようになったと思う」と述べている。それを受けて、吉見俊哉もつぎのように補足している。「移動というのは空間の移動、あるいは空間における人や情報、文化の移動ということはもちろん第一義的にあるわけですけれど、同時にそれはジェンダー間の移動、あるいはエスニシティ間の移動ということも伴っています」と述べて、「移動性の広がり」がカルチュラル・スタディーズの変容をもたらしたと指摘している。いずれにせよ、〈移動〉というテーマは現代の世界同時代性からみても本質的な問題を提起する概念、キーワードなのだ。cf.「現代思想」1996年3月号の姜尚中・成田龍一・吉見俊哉の鼎談「カルチュラル・スタディーズへの招待」。(1997. 10. 13)

88
マイナー文学としての詩。ひとつの国語に依拠した国民文学という幻想のなかに仕かけられたエイズのような存在として、詩は存在すべきだ。唾棄されるべきものとして、ラングを内側から破砕するものとして詩は存在することを選択しなければならない。誰からも理解され愛唱される(まさか!)ことは現代詩がけっして望んではならないことだ。みずからがマイノリティであることを宣言し、異語として外国語のように存在する言語。翻訳されなければならず、またそれ自身がなにものかの翻訳であるような言語。そうしてひそかにラングのなかに侵入し、そのラングをみずから崩壊に導くこと以外にその存在理由がないということを自己への至上命題として所有するような言語こそが、逆説的に詩が生き残る唯一の可能性なのだ。
    ◆
「そこ〔ミュージアム〕には他者がいる。時間的にも空間的にも隔たった存在としての他者が。そこには個別性が確保されている。他者の産物が、その個別性を失うことなく展示されている。と同時に、その個別性は、すでにいつも一般化され抽象化されている。オリジナルの時と場所から切り離されたそれら展示品や展示そのものは、すでにいつも収奪された抽象的事物である。それは他者に開かれた場所である。と同時に、他者を殺している場所である。生きながらの死。個別的な全体化。全体化される個性。流動的文化変容と、固定された文化的権威。現代の文化はミュージアムのように構造化されている。」(大橋洋一「断片と全体」、「現代思想」1996年3月号)――この「ミュージアムのように構造化され」た現代文化こそ、全体化されようとする個別性の一側面であるというアンチノミーをわれわれは自覚しなければならない。全体化・統合化志向へ抵抗する個別性であろうとするためには。(1997. 10. 14)

89
([未来の窓9]のための下原稿あるいはメモ)
 今回は学術出版の可能性と各種出版助成金の関係について考えてみたい。昨今の学術専門書出版の厳しい現状についてはいまさら強調することもないだろうが、今日ほどそれぞれの専門領域において専門分化がはなはだしく、どの領域においても専門研究がひとしなみに閉塞状況にあるような時代はこれまでにはなかったといってよい。それぞれの研究領域だけでは出版が成り立つだけの読者を擁しえなくなり、必然的に学術出版の非活性化、研究発表のチャンスの喪失という現象が生じてきているのである。そうした現実をふまえていまや多くの大学では教員の出版行為にたいして各種の出版助成金を出すのがふつうになってきている。文部省の助成金制度もあらためて見なおされてきたようだ。
 もちろんこうした制度の発展が手放しで喜べるわけのものでもない。むしろ制度によってしか支えられなくなっている学術出版の非自立性こそが問題なのだ。(1997. 10. 15)

90
《社会科学のディスクールの基本は、当事者(自我、私)は、自分がなにをしているのか知らない、というものである。「私」の無知。「私」は「自己」について知らない。「自己」に関しては、それについて語る非人称のディスクール、すなわち社会科学のディスクールだけが正しく語ることができるというものである。そこには、社会科学のディスクールによる「私」のディスクールの置き換えがある。「私」に対する憎しみがある。》(田崎英明「私/自己――ディスクール、反復、認識論的暴力」、「現代思想」1996年3月号)
    ◆
([未来の窓9]のための下原稿あるいはメモ・つづき)
 学問研究とはそもそも社会や制度とは独立した次元をもつものであり、社会や制度にたいする相対的な自立性を獲得してきた。大学とはそのような独自の役割をもったものとして成立してきたはずである。そこには実学的な側面もあろうが、多くは社会や歴史の構造を批評的に解読し分析する視点を保持することにその存在理由があったわけである。わたしがかつて大学に入学した一九六〇年代後半という時代にはそうした認識は自明の前提であり、大学の「自治」なるものはたとえ幻想にすぎなかったにせよ、大学人たちの意識をある程度は拘束していたのではなかったろうか。そこでは学問は体制に奉仕すべきものではなく、体制に抵抗し批判的に関与するものとして存在していた。いまから見れば信じられないことであるが、学問研究には社会や制度との接点でまさに生きた学問としてみずからの存在自体を問うという自己言及性というか自己批評性が必要とされたのである。学問は象牙の塔に閉じこもることは許されなかった。
 その意味からすれば、いまほど学問研究のアクチュアリティが失なわれている時代はないのかもしれない。あるいは個別の学問領域が十全に発展しうるには、今日の高度に発達した情報化社会はあまりにひとりの研究者に過剰な負担がかかりすぎるようになってしまったのかもしれない。真に専門家でありつづけるためにはその専門領域だけでもじつに膨大な資料が渉猟されなければならない。読んでみなければその価値もわからないような資料が山積しているのである。これはむろん通常の出版物だけにかぎらない。必要な情報が入手されるためにはおそろしく無駄なエネルギーが消費されざるをえないのである。なにしろ有象無象あわせて年間六万点の新刊が刊行され、流通している出版物だけでも五十万点を超えて横行している時代なのである。
 学術的な専門書出版が困難になってきた背景にはこうした学問自体の存在の困難さがあることはだれも否定できないだろう。情報はそれこそ活字化されたものばかりではない。(1997. 10. 16)

91
「ヘーゲルは近代に属する最初の哲学者というわけではないが、近代を問題化した最初の哲学者であった。彼の理論によって、近代、時間意識、そして合理性が、相互にどのような位置関係を作り上げているかというとことが、はじめて概念的に捉えられるようになった。ヘーゲル自身は結局のところ、合理性を絶対精神にまで膨れ上がらせることによって、近代がようやく自分自身についての意識を獲得していた諸条件を中和し、無効化したために、この布置関係を打ち壊してしまった。このためヘーゲルは、近代の自己確認の問題を解決するまでには至らなかった。」(ユルゲン・ハーバーマス『近代の哲学的ディスクルスI』66ページ)。(1997. 10. 18)

92
(原稿依頼の話原稿の下書き)
 出版社にいて原稿を依頼する立場にありながら一方では原稿を書く仕事もしていると、しばしば矛盾することがおこってくる。ひとに依頼するときは締切りにやたらと厳格になりがちなのに、自分にたいしてはなんとも甘くなってしまうのである。自社のものはもちろん、他社からの依頼原稿についてもなまじ出版の現場の実情を知っているだけにどのぐらいで原稿を渡せば間に合うか、およそ判断できてしまうのである。しかもすこし前からはフロッピーディスクおよびファックス、そしていまや電子メールと遅い原稿でもなんとかなってしまうようなツールが揃ってきたものだから、ますます締切りがぎりぎりになってきてしまう。印刷所にも最近はインターネットが使えるところがふえてきたから、編集者にいやがられるのも承知で出張校正の当日にメール原稿入稿などという無茶を平気でするようになってしまったのだからなおさら始末が悪い。なにを隠そう、この原稿も締切りを大幅に遅れたあげくあわてて帰りの電車のなかでノートパソコンを叩いている始末なのである。(1997. 10. 20)

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(原稿依頼の話原稿の下書き・つづき)
 とはいうものの、最近は忙しくなる一方で著者とゆっくり会うゆとりがないためもあって、それでも急ぎの原稿の必要性はますます増すばかりなので、なんといっても電子メールによる送稿はありがたい。こんなことをいうと、古いタイプの編集者にはしかられそうであるが、背に腹は代えられないのだから仕方ない。
 FAXが普及しはじめたときに、編集者が著者(執筆者)と会うことが減って、お互いの情報交換が少なくなってしまうことが憂慮されたことがあった。たしかに著者の顔を知らないままで本(雑誌)をつくる編集者、編集者のなんらかの検閲を経ないで原稿を渡してしまう著者がふえたことは事実であり、そのことによる弊害がどのようなかたちでか現われはじめているのではないだろうか。編集者はその著者にとって最初の読者である。著者は編集者に原稿を渡すときには大なり小なり遠慮がちに、あるいは恥ずかしそうにしながら、編集者がその原稿をどう読むのか、その表情をそれとなく探り、不安とともに編集者の感想のひとことを待つ。どれほどのキャリアの持主であっても、若い編集者の「おもしろいですね」のひとことを聞くまでは安心できないものなのである。これはやはりものを書くことがなにがしか個人の想像世界のうちで空中楼閣を築くようなものであるからかもしれない。ものを書く行為とは、その意味で絶対的に個の世界への引きこもりであり、いぜんとして他人に自分の恥部をさらすような行為であって、そうであればこそ書きたての原稿を他者に読んでもらうことを不安に感じるのは、書き手にとってはきわめて生理的な反応なのかもしれない。
 いずれにせよ、著者であることは誰にも手の届かない世界へのたえざる移動であって、そこから首尾よく帰還するとき最初に出会うのは編集者なのである。そのとき、編集者は共同体の側からこの独自の世界への接近を企てるものであり、その世界の独自性を測定し、既存の共同性のなかでの位置づけを与えようとする。世に「編集の時代」と呼ばれて久しいが、それはこうした〈編集〉という行為の相対的な独自性を強調したにすぎない。この場合、編集者に特権的に与えられた特性は、個々の著者のあらかじめ設定された独自性を素材にして一冊の本あるいは雑誌を構成してみせることがすなわちひとつの時代性に明確な輪郭を与えることができるその自在性、多様性および即効性のことなのである。それがうまく機能した場合には、たしかに単独の著者では実現不可能な世界の広がりと深まりが得られるのである。そうした優れた編集本はけっして少なくない。
 編集者としてはこうした優れた編集本の編集はひとつの夢であり、優れた著者と数多くつきあうことができて初めて可能なのである。もちろん、原稿依頼は全体的なプランニングのなかでおこなわれる。このプランニングが良くないと、せっかくの優れた著者も期待通りの原稿で応えてくれることができない。原稿はただ依頼すればいいだけのものではないのである。
 かく言うわたしにしたところで、こうした主体的な編集本を手がけた経験はまだほとんどないのが現状である。むしろいままでのところでは、こうした雑誌感覚の編集本ほど即効性があるわけではないが、一冊一冊の単行本の集合によって、なんらかの自分の夢想の実現をはかってきた。「ポイエーシス叢書」というのがそれである。小林康夫、桑野隆、湯浅博雄、上村忠男、石光泰夫といった実力派の思想家ないし研究者の仕事を中心に、ハーバーマスやアドルノ、リオタール、ポパー、ガーダマー、ラクー=ラバルトといった現代の哲学・思想から文学・芸術批評にいたる翻訳本をかなりいきあたりばったりに出している感のあるシリーズだが、むしろこうした多様性を意識的にねらったものであり、それぞれの単行本がリゾーム状の関係を形成しポイエーシス(生成)の関係をもってたえず再編成され直すような可能性を期待しているのである。このプランがどこまで成功しているか、残念ながらもうひとつ自信をもっていえないが、すこしずつでも現代の思想・文学・批評の進展に役立てれば喜ばしいのである。
 出版不況のいちじるしい昨今、どのような原稿依頼をすべきなのか、ますます判断がむずかしくなってきつつある。規制緩和論者の経済学者などはなにかと「読者のニーズ」にあわせた本を出せばよいと言ってすませているが、はたしてそんなものがほんとうにあるのか、あるとすればどうやってそれを見つけるのか、どうすれば現実的に実現できるのか、教えていただきたい。読者のニーズはそれが発見されてからこそはじめて見えてくるのであり、それを探求するのが編集者の役目なのである。小林康夫氏が編集してベストセラーになった『知の技法』シリーズに象徴されるように、時代はあらたな「編集の時代」の到来を待望しているのかもしれない。(1997. 10. 21)
[のち、前項とともに修正して西谷能英「編集の時代へむけて」として高橋輝次編『原稿を依頼する人、される人──著者と編集者の出逢い』(1998年5月刊)に発表]

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「大衆の考え、ないしは社会通念なるものはことごとく愚劣事と考えて間違いない、なぜならばそれらは大多数の人間に適合したものであるから。」(シャンフォール『箴言集』より、ギュスターヴ・フロベール『紋切型辞典』のエピグラフ)(1997. 10. 29)

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思考のポイエーシス1997年8月

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([未来の窓7]のための下原稿あるいはメモ)
 佐伯啓思「信頼の崩壊」(「季刊アステイオン」39号)より引用。「リヴィジョニストによる改革の思想は、基本的にグローバルな市場経済にすべてをゆだねようとするものである。グローバルな市場競争が個人の自由と消費者の利益を実現するという。/しかし、このように定義された個人の自由、消費者の利益とは一体、何であろうか。グローバルな市場競争が、社会の信頼関係をますます崩してゆくことはまず確かであろう。では、安定した社会の、あるいは人間の間の信頼関係に基づかない個人の自由などというものが存在するのであろうか。放埒の自由、止まるところのない自己利益の追求の自由、共同社会に対する義務を負わない自由、などというものは自由ではない。個人の自由は、彼が依存する社会の土台やルールを進んで受け入れるところからしかでてこないだろう。」
 あらためて紹介するまでもなく、佐伯啓思氏はいくらか保守的な立場から論陣を張っているリベラルな経済学者である。佐伯氏はここで消費者利益という錦の御旗のもとに社会的な営為すべてを市場競争原理に委ねてしまおうとする規制緩和論者を「リヴィジョニスト」(修正主義者)と適切にも呼んでいる。ここで「リヴィジョニスト」とは、社会的な現実的諸関係が歴史的に成立してきたプロセスをいっさい無視し、社会をみずからの思い込みに強引にしたがわせようとする論法をもつもののことである。こういう論者が危険なのは、ドイツにおける歴史修正主義者がアウシュヴィッツにはガス室などなかったと主張するのと同じように、また最近の日本のある種のレヴィジョニストが従軍慰安婦の存在を否定しようとするのと同じように、日本の社会がこれまでつくりあげてきたあらゆる制度や仕組みをみずからの経済学的論理一本やりで裁断しようとすることであって、そこには歴史や文化の生成というものにまったく無理解であるとともに、そうした無理解を恥じることなく、むしろ歴史や文化を捨象しうるところにこそ、経済学の本領があるとでも思っているところにある。(1997. 8. 16)

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([未来の窓7]のための下原稿あるいはメモ・つづき)
 こうした懸念は先日七月二十九日に行なわれた「再販問題シンポジウム」においてやはり現実のものとなったと言わざるをえない。今回はその報告をかねて、主としてパネラーのひとり中条潮氏の発言について検討してみたい。
 木下修氏の問題提起をうけた中条氏の発言はいきなり「再販制はなくなっても大丈夫」という暴言から始まった。政府系の規制緩和小委員会と再販規制研のメンバーでありそのもっとも強硬な再販つぶし論者として知られている中条氏は、聞くところによると、出席者は再販擁護の立場の者が多いだろう今回の再販問題シンポジウムに単身で乗り込んで日頃の再販反対論をぶち上げ、擁護論を粉砕してみせるつもりだったらしい。今回の一連の中条発言を聞いたかぎりではとんだ猿芝居である。そこには論理性もなければ、説得力もない発言に終始したと言ってよく、こんな程度の議論が規制緩和小委員会と再販規制研で一定の発言力をもっているのだとすれば、おおいなる茶番だと言わざるをえない。当人によれば、規制緩和小委員会と再販規制研は民間人の集まりで、むしろ反政府的だそうである。それならなんで政府の行革にそった結論を出そうとするのか。これも笑止のきわみである。こんな子供だましの意見表明が随所にみられたのには正直言ってあきれるしかない。
 ほかにもいくつかの人格を疑わせるような発言についてはこのさい目をつぶっておくとして、問題の性格上どうしても黙認できないものについてだけ触れておこう。
 一、さきほど述べた冒頭発言、「再販制はなくなっても大丈夫」という問題については中条氏はスウェーデンの例を挙げていたが、はたしてそれだけで文化的にも歴史的にも、そして物量的にも事情のおおきく異なる日本社会に適用できる保障がどこにあるのだろうか。その程度の根拠にもとづいて現実的に機能している制度を簡単に覆そうとするのはアカデミズムに禄を食む者の気楽さからなのだろうが、それで生活を営んでいる人びとがいることを忘れているか、見くびっているのだろう。経営努力もしていないような書店などはつぶれてもしかたがないなどと平気で発言しているそうだが、どこにそんな傲慢な考え方を述べる理由がこのひとにはあるのだろう。
 二、再販制度は形骸化しており、ほっておいても崩壊すると中条氏は予言する。それならなにも声を大にして多くのひとを敵にまわしてまで再販つぶしにはしる理由があるのだろうか。自分の長年主張してきたという規制緩和の理論を際立たせたいためだけのつまらぬパフォーマンスならやめたほうがいい。冒頭に述べたように、規制緩和などというものは理論でもなんでもなく、たんなる単純化であり、歴史的なるものへの全面的な清算主義にすぎないのだから。こういうひとが文化という歴史的な生成物にたいする意見を述べるとなると、とたんに馬脚をあらわすことになる。
 三、中条氏によれば、文化的に価値はあるが売れない本がなぜ再販制で守られているのか疑問だという。そういう本は価格を下げるか、もっと売る努力をすべきだというのである。そのためには再販制がじゃまになるというわけだ。本は安くすれば売れるというものではないと一方では言っておきながら、どうもこのひとにかかっては前後の矛盾もなにも気にならないようである。売れない専門書を出しつづけている小社のようなところからすれば、聞き捨てならない問題である。残念ながら価格をなるべく低くおさえる努力やそれなりの売る努力は、中条氏が想像されている以上に中小以下の出版社はやっているはずであり、そんな簡単な処方箋で片づけられる問題ではない。
 四、中条氏はなにかとマーケット・メカニズムとか読者のニーズということで出版物を考えているようである。つまりニーズにあわせて出版をすればいいという話になるのだが、これもきわめて単純な理屈で、ある種の出版物には妥当するかもしれないが、個々の出版物はありきたりな読者のニーズを超えたところに成立するのであって、むしろ出版物それぞれが読者の新たなニーズとやらを発見し、生み出すのである。すくなくともそういう本でなければ、オリジナリティなどは存在しないし、いつまでも読まれうる本になることもできない。専門書とはまさにそういう種類の文化的生産物なのであり、当座は大部数が出なくてもいずれ価値を見出されてくるものなのではなかろうか。中条氏のように、「文化、文化と思い上がるな」ということばは肝に銘じておくとしても、出版社が文化という観念をぬきにしたらただの出版産業にすぎなくなるだろう。文化をなめてはいけない。(1997. 8. 17)
[前項とともに改稿のうえ、「未来」1997年9月号掲載の西谷能英「[未来の窓7]文化をなめてはいけない――『再販問題シンポジウム』での中条発言をめぐって」として発表]

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「ところで、多分いつの日にか、時代はドゥルーズの世紀ということになるだろう。」(ミシェル・フーコー「劇場としての哲学」)(1997. 8. 19)

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(『討議戦後詩』をめぐる公開討論会のためのメモ)
*「現代詩手帖」9月号のイベント紹介欄で城戸朱理、野村喜和夫が「詩的ルネサンス」派という名を与えられていたこと、この討論会で野沢が「批判する側」に設定されていたこと、この討論会が注目されていたことには驚いた。
*野沢の『討議戦後詩』についての見解:「新たな火種の効果」(「現代詩手帖」4月号)、「野沢啓が読む」(「北海道新聞」4月6日号)→それにたいする言及:北川透「梯子を編んだら、それを伝わって降りましょうか」(「九」6号)、横木徳久「詩論のエチカ」(「現代詩手帖」5月号)。
*野沢の基本的見解1
本書の特長は、野村喜和夫と城戸朱理という二人の詩人をレギュラーとする座談形式をとり、十回にわたってひとりずつ代表的な詩人をとりあげ、しかもそのさい毎回べつの詩人や批評家をゲストとして招くというかたちで二人の議論に幅をもたせるよう工夫してあるという点にある。これまでのようにひとりの詩人あるいは批評家がそれぞれの方法にしたがって書き上げる詩史論的考察とはちがって、それぞれの批評的視座から思いがけない展開がうまれることもしばしばあるということからも、この試みはひとまずは成功したものと言っていいだろう。
*野沢の基本的見解2
本書の特長はたんに書物の構成における形式上の特異性ばかりではない。これまでの戦後詩史にたいするさまざまなレベルでの考察とくらべて一風変わっているのは、一九九〇年代という時代状況をうけて、狭義の〈戦後詩〉の枠をとりはらい、戦後五〇年という時間の経過のなかで現在からみて、そして今後の現代詩にとって重要であると認定される詩人やその方法を脱構築的に論じていくという姿勢である。ここからいわゆる戦後詩史の平板でローカルなクロニクルはしりぞけられ、その時代ごとの状況におうじた動きを読み込んだ解釈学的地平もあえて無視するという方法がとられている。いま戦後詩を読みなおすということは、当然ながらそうした視座から戦後詩的成果にたいして思いきった大ナタを振るうことにほかならない。
*野沢の基本的見解3
(「ひとことで言うと戦後詩というものを一方ではトランス・モダンな視野のなかに位置づけ、他方では世紀末をむかえつつある世界文学のなかに解き放ちつつ位置づける、そういう意図のもとに討議を行ってきた」ということだ。)たしかにこういう気宇壮大な戦後詩史論はこれまでの詩史論的試みにはなかったものであり、その射程の届き具合はともかく、かれらの意気込みは買うことができる。
*野沢の基本的見解4
まず本書の見やすい主張は、これまでの「荒地」グループ偏重路線を捨てて、それとはほとんどかさなりあわない詩人たちを評価の機軸にすえたことである。それが吉岡実であり、入沢康夫であり、吉増剛造であり、その背景を支える存在として西脇順三郎があげられている。議論の初回に、ハンで押したように鮎川信夫からはじめるのでなく、吉岡実をもってきたことの挑発性は、ゲストの守中高明がその「大胆な選択」と「困難なやり方」に驚きを表明しているほどのものである。
*野沢の基本的見解5
(吉岡実が戦後詩のなかでこれまで遇されてきたのは、同世代の詩人たちとは最初からいきはぐれた徹底的に特異な詩人という評価であり、その詩史論的評価が吉岡の詩人としての達成にくらべるとあまりにも周縁的な低いものでしかなかったというのは事実である。)単独の詩人としての高い評価が詩史論という通時性のなかにおかれるとかならずしも同じだけの評価とつながらないのはよくあることである。本書がそうした従来の詩史論的視座自体の更新をめざすものであり、詩史を根本的に書きかえようとする意図をもっていることはこのことだけからでも証明できる。
*野沢の基本的見解6
こうしたさまざまな問題をはらみながら、本書の最大の功績は戦後詩の問題を否定性の媒介をへずにあたうかぎり肯定的な視点から語ることの愉悦をもって語っている点である。唯一この愉悦が苦渋の色をにじませるのは、最終回の荒川洋治をはじめとする七〇年代詩人を対象としたときである。じつはこの回が一番切実でおもしろいのは、論ずる対象が時代的にもっとも近接しているからであり、批評の言語行為論的なアクチュアリティがもっとも過敏に反応するからである。世代が近くなればなるほど、対象との関係は闘争的にならざるをえない。
*北川透の野沢ほか批判
「この討議で面白いのが、たとえば彼らと発想をことにするゲストである瀬尾育生や、藤井貞和、福間健二が参加した『鮎川信夫』と『谷川俊太郎』、『荒川洋治』であり、いちばん解りにくく面白くないのが、自分たちだけで舞い上がっている『吉岡実』のパートである……いったい《正統的な戦後詩史》(守中高明)というものがあるのか、あるとしたら具体的に、何を指すのか教えてほしいが、そこでは常に編年体で整理がなされ、最初に必ず鮎川信夫や、『荒地』の詩人が持ってこられるのだそうである。この戦後詩史の常識に対して、吉岡実を第一回にもってくるのは、かなり大胆で困難な選択だ、ということになっている。/わたしが驚いたのは、野沢啓までが『新たな火種の効果』で、本書をこれまでの『荒地』偏重路線を捨てて、それと重なり合わない詩人たちを評価の基軸に据えたこと、《ハンで押したように鮎川信夫からはじめ》ていないことを讚えていることである。(野沢の基本的見解5の引用)/もっとも、野沢は手放しで誉めているのではなく、その《更新の手続き》については、批判的な検討を加えている。しかし、ここで具体的な名指しもせずに、《正統的な戦後詩史》とか、詩史の常識とか、野村の言う《戦後詩のなか》とは何を指すのか。いちばんことばを大事に扱わねばならない詩人たちが、こともあろうに、《詩史を根本的に書きかえようとする意図》をもって、こんなデマゴギーに頼っていていいのだろうか。/同じことを言うが、あなたたちは、初めから知らないか、忘れてしまっただろうが、戦後詩史論的領域で、これまでも地の上に図を入れようとする、多くの試みがあったことは言うまでもない。そこでは決してあなたたちが言うような〈正統〉も〈常識〉も存在しないのである。(中略)わたしは『荒地』の限界も含めて、正当な評価をもとめるが、それはこれまであげた詩史論を見ても明らかなように、彼らの評価は低いか、無視されるか、ともかく定まっていないからである。それに比べて、ここにあげたすべての詩史論において、過大評価をも含んで、正当な評価を与えられている、ただ一人の詩人が吉岡実である。それを踏襲しているに過ぎない『討議戦後詩』が、なぜ、《従来の詩史論的視座自体の更新をめざすもの》と言えるのか……(以下、次回へと予告)
*横木徳久の野沢啓批判(?)
また転身という点から見れば、もっと信じがたい例、たとえばついこの間まで「隠喩的思考」を唱えていた野沢啓が「隠喩の方法」を批判した『討議戦後詩』を平気で評価する政治的行為……
*『討議戦後詩』に対する批判としては北川透のものがもっとも執拗かつ根本的と思われるが、そこに世代的なギャップがあることは否定できない。横木の批判はためにする批判であって論外。(1997. 8. 31)

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2008年3月12日 (水)

思考のポイエーシス1997年1月

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「私はその後[一九四五年の日本敗戦にともなうさまざまな復興の時期]現在に至るまで、現代詩の重要な存在理由が、この世界的同時性の感覚の表現にあることを信じ、その信念のもとに詩を書き、批評を書き続けてきた。/そして私は、この事実こそ、日本の戦前の詩と戦後の詩をわかつ最も重要な点であろうと思っている。逆説的なことのようだが、日本の敗戦と被占領時代こそ、日本の現代詩人たちに国際的視野への窓を開かせたのである。」(大岡信「日本近代詩の風景」、『ことのは草』一二二ページ)
 この「世界的同時性」という認識は今日ますます重要になってきている。戦前の詩と戦後詩をわける差異線としての「世界的同時(代)性」は、いまや現代詩と現代哲学の差異線ともなりつつあるばかりか、現代世界をまえにして思考する者と過去にしがみつく思考停止した者との決定的な差異線ともなっている。この線をまえにして踏みとどまること、けっして線の向こうへ行ってしまわないことが現代に生きることの意味のすべてである。(1997. 1. 2)

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 ハンナ・アーレントとマルティン・ハイデガー──この二人の哲学者が産み出した愛憎と思想のドラマは激しい。この二人にカール・ヤスパース、エルフリーデ・ハイデガー(ハイデガーの妻)、ハインリッヒ・ブリュッヒャー(アーレントの二番目の夫)をくわえた葛藤はそれぞれの個性もあいまってきわめて屈折した物語になっている。エルジビェータ・エティンガーの『アーレントとハイデガー』は、暴露的で、ややうがちすぎの解釈もないわけではないが、こうしたアーレントとハイデガーの恋愛と交流をめぐる無類におもしろい物語となっている。いまさら言うまでもなく、アーレントが若いころハイデガーの恋人であったのではないかという風評はひろく知られていることだが、エティンガーの本はその事実を実証的に裏づけているばかりでなく、その関係が両者の生涯にわたっていることを明らかにしたのである。アーレントのハイデガーあて書簡およびブリュッヒャーとの往復書簡を中心として組み立てられた二人の恋愛関係は、ハイデガーによるアーレントへの支配的な関係、師弟関係の強要といった要素をはらんでいたとはいえ、アーレントのそこからの離反そして妻のエルフリーデをはさんでの三角関係といったややこしいドラマを経て、それでもこの二人ならではのスケールをともなった思想的事件になっている。二人の恋愛が、ハイデガーのナチズムとのかかわりに端を発するいわゆる〈ハイデガー問題〉の一エピソードにすぎないかもしれないにせよ、アーレントがユダヤ人であることによって、それだけでも複雑な問題を提起しているのである。
 エティンガーの議論は、ハイデガーとエルフリーデの夫婦の反ユダヤ思想の一貫性と徹底性を明らかにすることで、アーレントやヤスパースをはじめとするハイデガーの思想的責任を擁護しようとする、戦後のひとつの流れに決定的な批判をくわえようとするものである。これはフーゴ・オットの大著『マルティン・ハイデガー──伝記への途上で』でも論証されているポイントであって、げんにエティンガーはオットの本にかなりの部分を依拠しているのである。いずれにせよ、こうした一連のハイデガー研究の成果によって、ハイデガーという哲学者の存在がいよいよ明るみに出されてきたという感は否めない。たとえば、エティンガーはつぎのようなひとつの結論を導いている。
《アーレントに言わせれば、夫にかんする一切のことに決定をくだし、同僚や学生との彼の関係についてまで采配をふるったのはエルフリーデ・ハイデガーであり、彼女のせいで、彼と「文字どおりすべての人」とのあいだには敵意しかなくなってしまったのだった。あるいはそのとおりかもしれない。夫を孤立させて味方は一人きり──妻だけ──という状態をつくりだすことで、彼女はかつてなかったほど彼を制御することができただろう。だがそれにしても、ハイデガーほどの意志強固な男がそこまで彼女の意のままになったとは、にわかには信じがたい。おそらくこのときの彼は、非ナチ化の五年間によって精魂尽きはててしまって、ただただ欲しいものは仕事のできる平穏だけ、そのためならアーレントもふくめて友人を失ってもかまわない、という気分だったのだろう。》(一二三ページ)
 エティンガーの方法は、ハイデガーをいくらか卑小化しすぎるような気がするし、アーレントにたいしては、男に呪縛された性としての女性という通俗的な理解を強調しすぎるきらいがあるとはいえ、このひと筋縄ではいかない二人の思想家の内面心理によく踏み込んでおり、したがって、かれらもまたむずかしい時代状況のなかで生き抜かざるをえなかった人間たちでもあったことをあざやかに示しているとも言えるのである。こういうことを知ってしまったあとで、ハイデガーやアーレントを読むことはまた新たな発見を見出すことになるのだろう。思想でも文学でも、その肉体存在としての現存性の深みからしか理解しえないことも確かなのだ。(1997. 1. 18, 19)

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 石田英敬によれば、〈リズム〉のギリシャ語源〈リュトモス〉には、もともと「波動、周期的反復、同一性の回帰」といったいわゆる近代的意味での〈リズム〉の方向とは別に、動詞〈流れる〉から派生した〈流れ方〉といった抽象的意味あいをもった〈かたちの形成運動〉という含意があった。石田は、ここから個々の言説がかたちづくられていくにあたってこの〈リュトモス〉が言語に能動的にかかわっていく働きを言語にとって本質的なものとしている。
「リュトモスなしの言説は有り得ない。言説の生起はつねにリュトモスとして起こる。言説はリュトモスの襞にそって繰り拡げられるのである」(「襞にそって襞を…pli selon pli──詩学のモナドロジー序説」、「ルプレザンタシオン」3号)と石田は書いている。「個々の言語的事件としての言説は必ずリュトモスとして起こる」(同前)のである。こういう観点にたてば、ことばの微細な差異として存在する襞にそってリュトモスとともに生起する言説とは、「同じ二枚の葉はない」とするライプニッツのように、それぞれ異質なモナドとして単独に成立することを認めることになる。その意味でラングの共同体とは、「同一性なきシステム」であり、「言語のパラドックスとは、それがつねに『私にとっての言語』としてしか存在しない」ところにあるということになる。「言語活動は個々の実現の単独性ゆえに無限なのである。そして、言語の襞の無限を通して、世界はその無限を明かすのである。」──この石田のとらえかたは、これをとりわけ詩的ディスクールにあてはめてみるとき、よく納得できるのである。
 詩がなぜ詩となるのか。そしてまた詩はなぜ書きつがれるのか。それは詩を書くことにおいて、ことばがまさにそのときかぎりの襞をのぞかせるからであり、その襞にそってことばがあらたに生起しようとするからなのである。書くということはこのことばの一瞬かいまみせる襞にそって突き進むことであり、そこに貫入し、織り込まれ、そこで果てることなのだ。この言語的事件の不可逆性、一回性こそが詩の存在の根拠であり、世界の無限性に抗して詩が存立しうる理由なのである。(1997. 1. 27, 28)

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