1992年

2008年3月12日 (水)

思考のポイエーシス1992年4/5月

72
 エマニュエル・レヴィナスの思考は脈絡がとてもたどりにくい。リトアニア出身のユダヤ人という出自がそうさせるのか、さらにはハイデガーの現象学的存在論から出発しそれを否定的にのり越えようとする独特の形而上学への志向がそうさせるのか、にもかかわらず、レヴィナスの思考がヨーロッパの戦後思想の流れにおける今日的な結節点をかたちづくっていることはまちがいない。その〈他者〉をめぐる思考、〈顔〉という表出、〈無限〉への志向といったものがレヴィナス思想の核心を占めている。ここでは主著『全体性と無限』のなかからいくつかのポイントを抽出してみよう。
「形而上学的欲望は充たしうる欲望とは別の志向を有している。形而上学的欲望はそれを充足させうるだけのものすべての彼方を欲望する。形而上学的欲望は善良さのごときものである。」(第一部A―1)
 ──まずここで多くの人はつまづくかもしれない。いともあっさりと言われている〈形而上学的欲望〉とか〈善良さ〉ということばがどれほど近代西欧哲学の主流から排除されつづけてきたものであるか、あらためて言うまでもないほどだ。ここで形而上学とは哲学の克服すべき課題であるのではなく、逆に哲学のほうを根底のところで支える根源的欲望としてたちあらわれている。
 レヴィナスは「善良さとは、〈他者〉が自分自身よりも重視されるような仕方で、存在内に自己を定立すること」だと言い、「哲学はつねに他人をめざす言説」なのだとも言っている。つまりレヴィナスにとって哲学とは〈他者〉にかかわり、〈他者〉の存在の絶対性を明らかにする言説なのであって、〈善良さ〉とはこうした哲学にとっての前提となっているものだと言える。ともかく、こういう独特な哲学の方法をとるレヴィナスにとっては、これまでの西欧哲学の全体はあまりにも自己中心的であると思わないわけにはいかなかっただろう。レヴィナスがつぎのような帰結を引きだしているのは当然だ。
「被造物の_¨実存すること¨_そのものとして知をたてること、根拠づける者たる〈他人〉へとみずからの条件を越えて遡行する動きとして知をたてること、それは哲学のある伝統全体と絶縁することである。被造物の_¨実存すること¨_そのものとして知をたてることで、われわれは、自分とは異質な臆見を除外して自己のうちに自分の根拠を求めようとした哲学の伝統全体と絶縁するのだ。」(第一部C―2、傍点―邦訳原文通り、以下同じ)
 レヴィナスの思考はたえず行きつ戻りつしながら基本的なモチーフを徐々にふくらませていく。ここでつぎに〈他者〉というキイワードについて見ていこう。
「〈同〉の審問が〈同〉の自我中心的自発性においてなされることはありえない。〈同〉の審問は〈他〉によってなされるのだ。他者の現前によって私の自発性がこのように審問されること、われわれはこれを倫理と呼ぶ。〈他者〉の異邦性とは〈他者〉を〈自我〉、私の思考、私の所有物に還元することの不可能性であり、それゆえ〈他者〉の異邦性はほかでもない私の自発性の審問として、倫理として成就される。」(第一部A―4)
 ──「絶対的〈他〉、それが〈他者〉である」とレヴィナスは別のところで言っている。柄谷行人ふうに言えば、他者とは「自分と言語ゲームを共有しない者」(『探究I』)ということになろうか。ともかく、みずからの自己同一性の彼方からやってくる異貌の者、あるいはコミュニケーションをもつことの不可能な者が〈他者〉であって、その他者のまえでは自己同一性というものはかぎりなく相対化されざるをえない。なぜならみずからにとって他者がそうであるように、他者にとってはこの自己同一性が他者と化しているからである。だからここで見出されるのは相互の審問であり、それを〈わたし〉の側から言えば要請されるのは〈倫理〉ということになる。レヴィナスの思考がもっとも有効な力を発揮するのは、こうした倫理的関係を介して知の批判的本質が成就される局面を引きだしているからである。この知が形而上学の別名であることはもはや言うまでもあるまい。(1992. 4. 20, 5. 5)

73(承前)
 ここでいま引用した部分が『全体性と無限』の「形而上学は存在論に先行する」という項のなかの一節であることに注目したい。なぜならここでは明らかにハイデガー存在論への批判をつうじてみずからの哲学的立場の表明があるからだ。事実、レヴィナスはこう書いている。
《ハイデガー存在論の優位性を基礎づけている言葉、すなわち「_¨存在者¨_を認識するためには、存在者の存在を了解していなければならない」は自明の理ではない。_¨存在者¨_に対する_¨存在¨_の優越を肯定すること自体、哲学の本質についてある選択をすることである。つまり、それは一個の存在者である_¨誰か¨_との関係(倫理的関係)を_¨存在者の存在¨_との関係(知の関係)に従属させることであり、存在者のこの存在が、非人称的存在として、存在者の把持、支配を許すのである。」(第一部A―4)
 ──ここでレヴィナスはおそらくハイデガー哲学の暴力性、支配志向性を指摘しながら、この哲学のナチズムへの傾斜の理路を想定していたにちがいない。レヴィナスの思考が、ハイデガー的存在論──存在と存在者の存在論的差異の設定と前者の後者にたいする優位性の確認──にたいする転倒を〈他者〉とその〈実存〉という概念を介しておこなうことができたのは、ハイデガーの存在論が、結局はアーリア民族のなかにしか〈存在〉を見出そうとしなかったという苦い経験を経てきたからである。レヴィナスから見れば、ハイデガー哲学こそが〈全体性〉という暴力とその社会的歴史的帰結を導いたのであって、そこから脱出するには〈同〉の自己同一性と自己反復を切断しうる契機が必要だった。それが〈他者〉と〈無限〉という概念だったのである。
 ところで、レヴィナスは〈他者〉という概念に具体的イメージを与えるにあたって〈顔〉という独特の概念を提示する。
「_¨私の内なる¨_〈_¨他人¨_〉_¨の観念¨_をはみ出しつつ〈他人〉が現前する仕方、この仕方をわれわれはここで顔と呼称する。(中略)顔は_¨自分を表出する¨_。顔が現代存在論に抗してもたらす真理の概念、それは非人称的〈中立態〉の開示とは異なる真理の概念、_¨表出¨_としての真理の概念である。」(第一部A―5)
 ──〈顔〉(visage)とはなにか。「顔は語る。顔の表出はすでにして言説である」とレヴィナスは言う。哲学の歴史のなかで〈顔〉という概念がこれほどまで深く論究されたことはなかったであろう。なぜなら顔とは人間の表層であり、本質的なものを背後に隠してしまう表面的な現象にすぎなかったのであり、哲学とはいつも表層のうしろに隠れている本質を暴きだそうとする衝迫のことだったから、顔などというものは非本質的な、問うに値しない場所にすぎなかったのである。レヴィナスはしかしこの顔のもつ意味に誰よりも注目した。それは〈他者〉という〈無限〉の存在、容易に解読することのできない存在との接点なのであり、おそらくは〈他者〉の存在開示の唯一の場所なのである。顔のもつ〈他者〉性の開示という意味がそれぞれの自我の相互性として把握されるときには〈対面〉face-a`-face という関係が生じることになる。
 この〈顔〉という概念がもつ身体性についてレヴィナスはさまざまに語ってみせる。たとえば顔の裸出性(nudite+')について。
「顔の裸出性は、私によって開示され、この開示によって私に供されるものではない。顔の裸出性は、私にとって外的な光のなかで、私に、私の権能に、私の眼に、私の知覚に供されるものではない。顔が私のほうを振り向いたということ、それが顔の裸出性にほかならない。顔は体系に決して準拠することなくそれ自身で_¨存在する¨_のだ。」(第一部B―5)
 ──ところで、レヴィナスによれば、「事物にとっての裸出性とは、この事物の存在がその目的性に対して有する剰余のことである。不条理でかつ無用な事物、それが裸の事物である」というふうに把握されていた。それが「体系を喪失した事物の不条理性」という〈裸出性〉の第一の意味である。しかしこれに、それ自体肯定的な価値をもち、どんな形態をも貫いていく顔の裸出性という意味(第二の意味)が付け加わる。そしてこの意味は必然的に第三の意味、すなわち「恥じらいをつうじて感得される身体の裸出性、嫌悪の情や欲望を惹起しつつ他者に対して現われる身体の裸出性」をも招きよせる。この最後の二つの裸出性こそ、レヴィナスが〈他者〉の問題を肯定的に構成するときにつねに念頭においているにちがいないものなのだ。
〈他者〉は顔あるいは身体の裸出性として十全にあらわれるかぎりにおいて、〈他者〉であり、〈他者〉の他性alte+'rite+'として顕現する。そしてそのとき自我の審問が生起するのだが、レヴィナスはこの審問をさして〈言語〉と呼んでいる。〈他者〉の顕現において審問される自我は、言語のなかに突き落とされる。「言説において私は〈他者〉の問いかけにさらされており、この問いかけに即答しなければならないという切迫感が鋭くとがった現在の切っ先のように私を突きさす。かくして、私は有責者として産み出されるのだ」(第二部E―2)というわけである。哲学とは〈他者〉のこの問いかけに答えるべく、もっとも強力に意識化されねばならない言説体系なのだ。レヴィナスの思考は、この〈他者〉をけっして知解可能な〈表象〉へと転移させることなく、この〈他者〉との対面を引き受けつづけようとする実存の思考なのである。
「人間の実存は、それが内面性でありつづける限りにおいて、現象的なものにとどまる。言語によって、ある存在は別の存在のために実存する。人間の実存がその内面的実存以上の実存によって実存しうるための唯一の可能性、それが言語である。」(第二部E―3)
 ──ここで〈内面性〉とはすでにつぎのように規定されていたこともここで想起しておこう。
「全体性ではなく自己と関わり、全体から撤退し、全体への統合を延期する余地を、生は思考する存在に対して残す。この撤退、この延期こそ内面性にほかならない。」(第一部B―1)
 ──〈内面性〉とはみずからを「存在の全体性とみなすことのない」存在であり、したがって「外部性と関係することのできる存在」である、とレヴィナスは言う。別のことばで言えば、〈無限〉から分離された存在としてしかしその次元で〈無限〉を手放すことなく、現象的な実存として〈他者〉存在と対面し、その対面をつうじて言語化をみずからの責務とする実存──これがレヴィナスがみずからの方法としてとりだした形而上学の形式なのだ。『全体性と無限』が「主観性擁護の書」として書かれたとするレヴィナスのことばを裏づけるとすれば、この〈主観性〉には自我の思考と〈他者〉の存在とが渾然一体化して、ひとつの全体性(客観性)の暴力に対抗しようというモチーフがこめられているからではないだろうか。(1992. 5. 5)

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思考のポイエーシス1992年1月

69
〈構想力〉imagination について深い洞察をめぐらしたのは三木清である。「思想」一九九一年九月号の「構想力」特集号では三木の『構想力の論理』に言及したものがいくつかあったが、そのうちのたとえば木前利秋の「構想力・神話・形の論理」によれば、三木はハイデガーの存在論を参照しながら、歴史をつくる行為としての〈事実としての歴史〉という概念をつくられた歴史としての〈存在としての歴史〉と対置している。三木はハイデガー流の〈存在への超越〉よりも歴史をつくるものとしての〈事実への超越〉をより根源的なものとみていたらしい。
《〈存在者と存在との存在論的差異〉に変わる〈存在に対する事実への人間学的超越〉、三木がハイデガーに対置した超越の地平は、この事実の地平である。そして事実への超越において、たんに「人間は世界のうちにある」(人間存在の状況性)のみならず「人間は世界を作る」(人間存在の表現性)。 なぜなら事実としての歴史は、歴史を作る行為そのものにほかならないからだ。構想力が本来の機能を発揮するとみなされるのも実はこの超越の地平である。すなわち〈人間存在の状況性〉が〈人間存在の表現性〉へと架橋される地点、世界のうちにある(危機の最中にある)人間が新しい世界を作る(事実として歴史を作り出す)プロセスに参与する時点こそ、構想力の登場する場なのである。_¨構想力はこの意味で超越の問題にほかならない¨_。》(木前前掲論文、傍点―原文通り)
 ここで〈構想力〉とはハイデガー的な存在論の規定性を超えようとする運動としての存在の志向性(指向性)であると言っておこう。こうした〈構想力〉という概念が、いまなら通常〈想像力〉と訳されるimagination の訳語のひとつとしていつごろ日本に定着したかは詳らかにしないが、哲学の問題としてはカントの『純粋理性批判』あたりに遡ることができるということに注目しておきたい。そして木前によれば、三木清の『構想力の論理』はカントの「体系性を犠牲にしてでも、具体的な素材の豊かさを救おう」とするものであった。ここで問題にしたいのは、カントからハイデガー、三木清を経由して発展させられた哲学固有のディスクールの分析ではなく、また木前利秋がこれらについて論じている一文の哲学的ディスクールとしての当否でもない。ここではやや唐突ながら、〈構想力〉という概念を詩のエクリチュールの問題と重ねて考えることはできないかということである。
 言うまでもなく、詩人という存在もまたハイデガー的な意味で〈世界内存在〉であり、またある意味ではそのことをもっともよく(つまりもっとも痛切に)知っている存在であるのではないか。もしそうであるならば、三木の〈構想力〉は、そうした受苦的な存在規定性を超えてみずからの表現の世界においてこの世界を超越しようとする詩人的な感受性にとって、もっとも根源的な欲望のありかたを語るものだと言っていい。詩人はみずからの存在規定性にどれだけ自覚的であろうと無自覚であろうと、みずからの生きている時代にどこまでも深く規定されており、そのことをじつは詩的表現の根源に刷りこまれているのである。詩的表現というものに哲学的な意味づけを与えるとすれば、どうしてもこれだけは押さえておく必要があることだろう。(1992. 1. 15)

70
 前田英樹のソシュール読解はきわめて刺戟的な仕事である。瞠目すべき書『沈黙するソシュール』にひきつづいて刊行された『ソシュール講義録注解』は前著の「不可欠の追補、ありうべき最終章」(「あとがき」)とも言われているだけあって、ソシュールのテクストを綿密に読み解きながらソシュール以上にソシュール的な言語把握をいたるところで示し、いわばソシュールを超えるソシュールを披瀝している。ソシュールが展開しようとした方法をより遠くにまで導こうとする前田の力業は、ときに驚くべき断言となって提示される。その読解がソシュール学にとってどれほど斬新なものか、残念ながら不明だが、しかしかれがソシュールのなかに読みとろうとしている問題がどれほど今日的な問題意識にかかわるものであるかは理解できる。たとえば「語」と「文」のちがいにかんして前田はつぎのように書いている。
《「語」が無際限でないのはなぜか。言語が有限個の単位でなる体系だから、と言うのはあべこべな説明だろう。言語が一種のシステム性を持つように見えるのは、「語」が無際限ではありえない、そのありかたのせいなのだ。「語」とはひとつの純粋な反復、それ自身が他の「語」とのあいだに質の差異を(あるいは差異の質を)生みだすような純粋な反復である。(中略)「文」が「巨大な多様性」において〈ある〉のは、それらの差異のありかたが「語」の場合のような反復によっていないからだ。あるいは、こう言ってもいい。「文」の反復は差異を前提とするが、「語」の差異は反復を前提とすると。「語」が「文」へ上昇するには、差異のありかたを分けるこの深淵が飛び越されなくてはならないのだ。いわゆる言語学とは、この深淵を隠蔽するひとつの手段でなくて何だろう。》
 ここではすごいことが言われていると言うべきだ。すくなくともソシュールの論理を延長すると言語学の否定にゆきつくということがひとつと、「語」の有限性=反復性こそが「文」の多様性を生みだすということがここでのもうひとつの重大な確認であろう。さらにはこうも言われている。 《「文」は「語」の質的転換においてしか語られることも考えられることも不可能》であり、《「文」それじたいを扱う方法はない》と。
 ソシュールがパロールの言語学をあらかじめ排除したことは言うまでもないが、ここではその根拠が明快に示されている。ソシュールが排除したパロールの言語学とは、エミール・バンヴェニストが試みたような閉鎖的な次元の問題ではなく、いわば絶対的な不可能性としてのパロール(=「文」)なのであって、それはその「巨大な多様性」によって「一般言語学」というソシュールがみずからに課した学問的な構築の対象とはなりえないのだ。言うまでもなくその先は文学の領域であり、「言語には、言語自身による異質性の産出以外、どんな分離を生みだす基盤もない」(前田)ということに言語学は接近を禁じられているからである。
 同じことはたとえばこんなふうにも言うことができる。
《ソシュールの「一般言語学」が終始する問いは「単位」の画定だった。(中略)「単位」とは、「語られるかたまり」のなかに発生する反復的な質の「度合」である。この「度合」のなかに従来のあらゆる区分は消滅する。むろん、「単位」の質的「度合」という発想は〈使用〉に関する何の説明でもない。というよりも、そうした説明に赴くことを拒否することが彼の「一般言語学」なのだ。》
 ここで〈単位〉とはいちおう「文」の意と解釈しておこう。すると、そこに含まれる「語」(「反復的な質」)の関係の密度こそが「単位」を形成するものであり、「文」の強度ともなるのである。これこそソシュールがどれだけ排除しようとしていても、不可避的に犯してしまう反・言語学的言語への逸脱なのであり、その関心のボーダーがつねに「単位」の画定というところにあらわれるのも考えてみれば当然なのだ。(1992. 1. 20)

71
 詩における外国語。そもそも詩とは固有の国語(ラング)にたいして外国語なのではないか。あるいは外国語のように機能する難解かつ奇怪な言語、それが詩の言語なのではないか。
 鈴村和成はジャベスの詩についてつぎのように書いている。
《ジャベスがフランス詩にもたらした寄与にははかりしれないものがあるが、ジャベス自身もいうように、彼はもっとも「純粋な」フランス語を使いながら、それとはことなる異質な言語、「外国人」の言語をそこに導入して、『問いの書』を始めとする彼の書物を書いた。それはフランス詩の伝統には組み込まれることのできない異邦性をもっている。だがこの異邦性はフランス詩を転倒しながら、逆説的なかたちでフランス詩の尖端を切り開いた。フランスの現代詩はこのカイロ生まれのユダヤ人詩人によって再生を体験したのである。》(「百年の歩みについて、あるいは白い炸裂」、『ランボー101年』所収)
 このエッセイは、ランボーとジャベスを交錯させたところで現代フランス詩にいたりつくランボーの今日性を引きだそうとしたものだが、ここではとりあえずそのことではなく、引用した部分に見られる、ジャベスのような外国人──ただしフランス語系の外国人だが──の詩の言語によって、フランス詩の言語が活性化されたという事態を考えてみたいのである。つまり、異邦性をかかえているがゆえに固有言語(ラング)の停滞を打ち破ることができるという逆説。いや、すこし先走りをしすぎたようだ。フランス詩の伝統がはたしてフランス語というひとつの強力な固有言語とパラレルに考えられていいのかどうか問いなおす必要があるからである。日本の詩的言語ないし詩的伝統が日本語と同一ではないように、フランス詩の伝統といえども、フランス語というラングとは同一ではないからである。むしろ、こう言うべきだ。詩的言語とはどこの国のことばでもないような特異な言語、どこの国にとっても外国語であるような体系化されていない言語、その意味でのみ逆説的に普遍的な言語のことではないか、と。たとえば短歌や俳句のように一見形式化されているかのように見える言語形式も、じつは各種の約束事や技法といった側面においてのみ形式化された言語なのであって、詩の言語がたえず新しい形式の創出そのものであるとするならば、伝統的な形式と本来的に矛盾するのが詩の言語の本質なのである。ここでは言語は通常の文法とも言いまわしともちがう別個の範疇にあると考えねばならない。わたしは詩の言語を修辞学的な意味での隠喩ではなく、いわば隠喩の隠喩、あるいは隠喩としての隠喩、つまりひとつ位相のずれたところにある〈隠喩〉というふうに考えたいのである。この論点をより精密に解明していかねばならない。(1992. 1. 23)

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