思考のポイエーシス・日録篇2020/9/23

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第十一回「永劫回帰と非回帰――ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』」仮ゲラ通読+ファイル修正7ページ分。

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2020年9月22日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/22

『みすず』9月号に目を通す。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』の「17」を読む。
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ガストン・バシュラール『火の精神分析』の「第三章」~「第四章」の途中。

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2020年9月21日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/21

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第十回「国家管理と暴力の行方――アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』」仮ゲラ通読+ファイル修正つづき12ページ分。これでこの回もスミ。残りはあと1回。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』の「15」~「16」を読む。
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ガストン・バシュラール『火の精神分析』読みはじめる。「序論」~「第二章」を読む。哲学的エッセイ。エンペドクレス・コンプレックスという、灼熱の火口に魅入られた精神というのはおもしろい。エンペドクレスはたしかエトナ山の火口に身を投げた哲学者だ。

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2020年9月20日 (日)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/20

『一冊の本』9月号に目を通す。
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菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第十回「国家管理と暴力の行方――アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』」仮ゲラ通読+ファイル修正つづき12ページ分。
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『現代詩手帖』9月号、読了。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』の「10」の途中~「14」まで。このひとたちの隠喩論は死んだ隠喩を生きた隠喩として生活のなかに溶け込んでいるというあまりにも凡庸な発想でまったくの期待外れ。言語隠喩論では批判的に言及するしかない。
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「言語隠喩論7」の原稿のつづき。「言語隠喩論の中間総括」という節を4枚ほど書き足す。

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2020年9月19日 (土)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/19

『UP』9月号に目を通す。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』「4」の途中~「10」の途中。
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『現代詩手帖』9月号、読みつぐ。大岡信夫人のインタビューがおもしろい。
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「言語隠喩論7」の原稿を書きはじめる。とりあえずジェイムソンの引用をきっかけに2枚ほどの問題提起。

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2020年9月18日 (金)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/18

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第十回「国家管理と暴力の行方――アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』」仮ゲラ通読+ファイル修正7ページ分。
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森文子詩集『野あざみの栞』通読。未知の福井の詩人。花や野菜といった土に育つものを個別に丁寧に詠う。ケレン味のない率直さがほほえましい。
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フレドリック・ジェイムソン『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』の「III 構造主義の冒険」の5節の途中~7節。本文、読了。さらに訳者あとがきも読む。ジェイムソンのこの本は1972年に刊行されている。いわば構造主義の全盛期、サルトルの実存主義もまだ勢いを失っていなかったころで、そのせいか著者のマルクス主義的立場からの構造主義の批判的紹介といった趣きがあり、デリダへの言及も初期のものが対象。その意味でやや古びた印象は拭えない。
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ジョージ・レイコフ/マーク・ジョンソン『レトリックと人生』読みはじめる。恥ずかしいタイトルだが、原題は「われわれがそれによって生きているメタファー」である。「人生」というのは決定的な誤り。名著なのに台なしにしている。横組みも邪道だ。とりあえず「まえがき」「謝辞」と「1」~「4」の途中。例文がやたら多い。

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2020年9月17日 (木)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/17

『[新訳]桜の園』初校のチェック。1箇所、脱落あり。細かい修正も確認し、ファイルも修正。~メッセージを付けてレターパックライトで送付。
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菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第九回「平和の功罪――グレアム・グリーン『第三の男』」仮ゲラ通読28ページ。この回もスミ。ファイル修正は高橋君へ。~第五回以降の修正分、受取り。
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伊良波盛男小説集『神歌【カンヌアーグ】が聴こえる』の「明けの明星」を読む。宮古島の人頭税廃止を訴えた白木武恵という先駆者の悲劇的物語。鈴木比左雄の解説も。読了。

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2020年9月16日 (水)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/16

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第八回「不条理との遭遇――アルベール・カミュ『異邦人』」のファイル整備のあと仮ゲラ印刷28ページ。一気に通読、スミ。さらに残り3本のファイル整備のあと仮ゲラ印刷。第九回「平和の功罪――グレアム・グリーン『第三の男』」28ページ、第十回「国家管理と暴力の行方――アントニイ・バージェス『時計じかけのオレンジ』」31ページ、第十一回「永劫回帰と非回帰――ミラン・クンデラ『存在の耐えられない軽さ』」34ページ。
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伊良波盛男小説集『神歌【カンヌアーグ】が聴こえる』の「酋長」を読む。宮古島の若者が沖縄の中山王の配下に入る話。
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萩原印刷・金子さんよりtel。『[新訳]桜の園』初校が出たので、帰りに届けてくれる由。~夕方、来社。初校、持参。奥付までで153ページ。
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『PO』178号に目を通す。
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フレドリック・ジェイムソン『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』の「III 構造主義の冒険」の3節の途中~4節の途中。

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2020年9月15日 (火)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/15

菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第七回「メコン河を遠く離れて――マルグリット・デュラス『愛人』」の通読22ページ。この回もスミ。
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伊良波盛男小説集『神歌【カンヌアーグ】が聴こえる』の「海を越えて」のつづき~終り。
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『アリゼ』198号に目を通す。
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フレドリック・ジェイムソン『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』の「III 構造主義の冒険」の3節の途中~。

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2020年9月14日 (月)

思考のポイエーシス・日録篇2020/9/14

濱浦恵美子さんにE-mailで『季刊 未来』秋号の表4の『遊撃とボーダー――沖縄・まつろわぬ群島の思想的地峡』の内容説明をもともとの改行形式にしてもらいたい、と連絡。~濱浦さんより返信E-mail。校正はあす出るとのことも伝える。~再E-mailでPDFとどく。確認してOKの連絡E-mail。~濱浦さんからE-mailでデータ入校の連絡。~金子さんに転送E-mail。
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萩原印刷・金子さんよりtel。『季刊 未来』秋号の再校が出校したとのことで、1時に行くことに。~12時40分すぎ、萩原印刷へ。『季刊 未来』秋号の出張校正、スミ。責了に。
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菅野昭正先生の『小説と映画の世紀』連載第第七回「メコン河を遠く離れて――マルグリット・デュラス『愛人』」の通読10ページ。
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『図書』9月号に目を通す。
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伊良波盛男小説集『神歌【カンヌアーグ】が聴こえる』の「海を越えて」のはじめ~。補陀落渡海の話。
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フレドリック・ジェイムソン『言語の牢獄――構造主義とロシア・フォルマリズム』の「III 構造主義の冒険」の2節の途中~3節の途中。

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